20話:ラフラカーンの忠義
「では、まずゴッゴの宿場町に向けて出発!」
レオナは自分に言い聞かせるように掛け声をかけて、ゴッハーの町を後にした。
血のつながっていない弟分と、2人の魔族を道連れにして。
ゴッハーの宿場町からは3本の道が分かれている。
1本は森獄へと続く道。これは主に冒険者や猟師などが使う。
もう2本は森獄を中心とした環状の街道で片方はゼロゼへ、他方はゴッゴへと続く。
こちらは商人や旅人が使う道だ。
この各都市をつなぐ街道はもう数百年以上使われており、整備も進んでいる。
一定距離ごとに衛兵の詰め所や休憩所などもあり、魔物や盗賊が出る可能性がゼロではないものの、比較的安全な街道として知られている。
乗合の馬車や、裕福な商人が所有する専用馬車や運搬馬車なども行きかっているが、金銭的な余裕が少ない旅人にとっては、まだ足で歩くのが普通だった。
その街道を歩く旅人に混じって、いささか目立つ4人の姿があった。
1人は目を惹く金髪・長身の美女だ。白い騎士服のような上下を着ており腰には細剣も下げている。
後ろに子供や未成年者がいることから、護衛として雇われた冒険者か元騎士である可能性が高い。
2人目は別の意味で人目を惹く紅髪の美少女だ。勝気そうな紅い瞳に白い肌。服装からもどこかの貴族令嬢と思われる高級なものを身に着けているが、侍女も連れず馬車も使っていないのが奇妙だ。
3人目は紅髪の少女より年上の少女だが、まだ成人していないようにも見える。
服装は街道を徒歩で旅する冒険者がするような服装だ。草色の長袖シャツに革のベスト、そしてショートパンツに革ブーツ。先の二人が手ぶらなのに対して、大きな荷物を背負いバッグを肩から下げている。紅髪の少女の侍女には見えないので、荷物運びにやとわれた若い冒険者なのかもしれない。
4人目は痩せた男の子だ。こちらも大きめの荷物を頑張って背負っており、街道ではよく見かける服装をしている。
黒髪はこの国では珍しいが、特に印象に残らない見た目をしている。おそらく荷物運びにやとわれたのか、あるいは貴族風の少女の下男か奴隷かもしれない--4人の姿を見た街道を行き交う旅人たちの感想は、ざっとこのようなものだった。
レオナも自分たちが目立つことは承知していた。目立つのは主にラフラカーンとディセリーヌだが。
そして感じる視線の中に、ときおり剣呑なものが混じっていることもレオナは感じていた。
だがその剣呑な視線を突き止める前に、レオナの注意は分散された。
歩いて10分もしないうちにディセリーヌがぐずり始めたからだ。
「ただ歩くのは退屈すぎないか?」
「景色が全く変わらない。こんな調子で2日も歩くのは嫌だ」
「埃っぽくて服が汚れてイヤだ。ほら見ろオレのブーツも砂まみれだ」
そんな調子でグチグチグチグチ文句ばかり言うので、レオナもイライラしてきた。
「ちょっと!ボクたちと一緒に旅をしたいなら、文句言わずに黙ってついてきなさい!」
そもそもボクたちが魔族2人と行動を共にしているのは、ディセリーヌがリオンを巻き込んで他の魔将・ノベリアとトラブルを起こしたからだ。
逆恨みしたノベリアは必ず復讐に来るらしく、離れていると個別に襲われて危険らしい。
しかもディセリーヌは『オレはリオンの助けを借りて、なんとかノベリアを撃退できた』と言ってたし。
どんな風にリオンが助けたのか聞いても、ディセリーヌは目をそらすだけで教えてくれない。
きっとリオンがディセリーヌの魔力を回復させることができる特殊体質なのが原因なのだろう。
「なあレオナ殿。本当に歩くしかないのか?ラフラカーンの移動魔法をつかえば楽できるぞ?」
ディセリーヌはキラキラした目でボクに話しかけてくる。
それはもう確認した。
ラフラカーンの移動魔法は人数制限と体重制限がある。
一度にラフラカーンを合わせて3人までしか移動できないし、ボクだけは体重が重たくて移動できないらしい。
「なんだったら、オレとリオン殿がラフラカーンと移動魔法で先にゴッハーで待ち、レオナ殿は1人のんびり快適な馬車の旅を楽しむというのはどうだ?オレとノベリアとの戦いにレオナ殿を巻き込むのは申し訳ないのでな」
ディセリーヌは「オレはいま名案を言った!拍手が起きるはずだ」とばかりにカッコつけた顔をしているが、本心が分かってるボクが睨むと少しの間だけ大人しくなった。
要するにディセリーヌが確保したいのはリオンだけで、ボクは邪魔なのだ。
出発する前にリオンが『レオナ姉ちゃんも一緒だからね?』と約束させたので、魔族の2人はしぶしぶボクと一緒にいるけど、ボクが油断すると3人でどこかに消えちゃうだろう。
だから移動魔法は使わせることができない。
実は4人で乗合馬車を使うことも考えたけど、一人金貨2枚もする上に狭くて揺れる。
他のお客さんもいるので、ディセリーヌが暴れ始めると悪夢でしかない。
しかも乗合馬車の利用はラフラカーンも反対した。
周囲が確認できなかったり、他の客にまぎれて刺客が居た場合に対処が難しいのが理由らしい。
だから歩くしかない。
なのにディセリーヌは文句タラタラだ。こっちも負けずに腹が立ってくる。
いっそ、ディセリーヌを縄でグルグルに縛り上げて、ノベリアとかいう魔将のところに届けたい気分だ。「好きにしてください」って書いた紙をおでこに貼って!
その間抜けな姿のディセリーヌを想像すると、少しだけ気が晴れた。
「ん?レオナ殿、今何か良からぬことを考えたのではないか?」
再び不機嫌になったディセリーヌがボクに突っかかってくる。
何とかしてよラフラカーン!…そう思って、ボクが振り返るとラフラカーンはさっと目をそらした。
「レオナ殿。左の茂みの向こうに花蜂の気配がします。おそらく近くに巣があると推測されます」
「あ、そうなんだ。レオナ姉ちゃん、僕ちょっと見てくるよ。蜂蜜もっとほしいんだ」
そしてラフラカーンはレオナを見て一礼すると、背中を向けて駆け出すリオンの腰を抱くようにして姿を消した。おそらくリオンともども転移魔法を使ったのだろう。
つまり、ぐずるディセリーヌの事が面倒で、ボクに押し付けて逃げた…ってことだね?
ラ、ラフラカーーンン!おぼえてろぉぉぉぉ!!
◇◇◇ ◇◇◇
街道から少し脇に入った、木々に囲まれた場所。
大樹の枝には大きな蜂の巣がぶら下がっており、花蜂たちがブンブンと周りを飛び交っている。
「おお、本当だ!花蜂の巣があったね」
リオンは久しぶりの大物だと興奮を隠しきれず、ここへと転移魔法でつれてきてくれたラフラカーンの顔をみてニコニコしている。
これほどの大きさの蜂の巣であれば、少なくとも壺に3杯分の蜜が取れそうだ。
「リオン殿、お気を付けください。巣は少々高い位置にありますので。よろしければ鑑定の魔法を使っても良いでしょうか?」
ラフラカーンがいつものように無表情にリオンに問いかける。
「うん、いいよ。どれくらい蜜がたまってるか、楽しみだね!」
大きな蜂の巣を見て興奮を隠しきれないリオンがそう答えると、胸にチクンと小さな痛みが走った。
鑑定のスキルを僕に使ったんだ…でもなんで?そう思ってラフラカーンを振り返ったリオンの胸に、細剣が鍔あたりまで埋まっていた。
「…えっ?なんで…?」
驚いた顔でそう素直に問いかけるリオンの目線から逸らし、ラフラカーンはもう一撃をリオンへと見舞った。
心臓へはこれで3撃目。人族には過剰だが、ラフラカーンにはそうせざるを得ない事情があった。
「…お許しを。せめて苦しみが少ない急所を突かせていただきました、リオン殿。…あなたがまだ魔族であればよかった。種族とスキルを隠蔽し、私の知らない魔術でディセリーヌ様に近寄っていたなら、それはそれででよかった。だが改めて鑑定しても、あなたは何の変哲もない人族。逆にそんな得体のしれないあなたを、ディセリーヌ様のおそばに置くわけにはいかない。責めは甘んじて受けますゆえ我が剣にてお消えください、リオン殿」
グフッと口から血を吐いたリオンが弱い足取りで2・3歩よろめく。
「ら、ラフラカーンさん…」
ラフラカーンが「もう十分」と細剣をリオンの身体から引き抜くと、軽い身体はストンと地に落ちた。
そのまま操り人形の糸が切れたように、地に伏してしまう。
ラフラカーンの胸に鈍い痛みが走る。
剣をふるう前、ラフラカーンは念のためにリオンを「鑑定」した。例え魔人と言えど同意なしに相手のスキルまで丸裸にする鑑定スキルを使うことはできない。
だからラフラカーンは蜂の巣の話をしながら、巧妙にリオンへの鑑定スキルの行使を本人に了承させた。
ちなみにラフラカーンが見た鑑定の結果は、
リオン(仮名)
人族・12歳 男
スキル:生活魔法(小)・蜂蜜焼き・刃物研磨・料理・運搬(小)+1・採取(小)+1
つまりリオンは特殊なスキルも魔力もない、本当にただの人族の子供だった。
こんな子供がノベリアの幻術をどうして破り、ディセリーヌの魔力を回復させることができるのか、ラフラカーンには理解できない。
だからこそ排除することを決断した。リベリアとの闘いの前に理解できないモノをディセリーヌの身近に置く危険を冒すことはできないからだ。
自分の魔力を回復することができるリオンを手にかけたことでディセリーヌはおそらく激昂し、自分を責めるだろう。その怒りは甘んじて受けるしかない。
だが本当に間違いではなかったのか?
あまりにもあっさり倒れたリオンの小さな身体が、ラフラカーンの武の心を苛む。300年以上鍛錬してきた誇りを自分で汚した気がする。
だがこれも大儀のため。
ディセリーヌ様へ勝利を導くため。
そのためなら卑怯もしよう、騙し討ちも厭わぬ。
ラフラカーンはそう自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えた。




