19話:クラウン金貨
「肌と髪の艶率35фウープを確認」
35ミニトほどして、ようやく部屋から出てきたレオナを見て、ラフラカーンがいつにも増して無感情な声でボソッと告げる。
確かにレオナの肌はツヤツヤ・テカテカしていて髪も手入れしたばかりのような艶が出ており、表情がとても穏やかだ。
逆にリオンは魂をガッツリ削られたかのような無表情で、存在感がいつにも増して薄まっている。
「ぐぬぬぬ、魔力回復だけでなく美肌までとは…」
「なにワケの分からないこといってんの?さあ、行くよ」
レオナは悔しそうな顔をするディセリーヌに気も止めず、荷物を担ぐと「あ、お姉ちゃんまって」と小さく叫ぶリオンの手を取りさっさと歩き始めた。
時間ギリギリだったが、せっかく前払いした朝食を食べなかったことと引き換えに、宿の延長料金を支払わず2人は宿を引き払った。ちなみにディセリーヌとラフラカーンは隠形スキルを展開していたため、宿の従業員や他の客にまったく気づかれることもなくレオナとリオンの後をついてきた。
外に出るとまだ朝早い時間にも関わらず、いくつかの商店がもう店を開いている。
これから宿場町を発つ商人や旅人を狙っているのだ。
レオナは手持ちの携帯食の残りを確認しつつ、後ろにいるラフラカーンに聞いてみた。
「次のゴッゴの町まで2日かかると思う。節約しても1人5食は食べるけど、キミたちはどうするの?」
「ではレオナ殿たちの分と合わせて、携帯食を買いに行きましょう。我々も食事は普通に取りますので。あとディセリーヌ様用の蜂蜜焼きに必要な材料も買いましょう」
「…お金は持っているの?」
「多少の手持ちはあります」
「まさか魔族のお金じゃないよね?」
「こちらをお使いください」
ラフラカーンは、そういうなり1枚の大ぶりな金貨を空中から取り出し、レオナに渡してみせた。
「…ひょっとして、『収納』のスキルを持ってる?」
「はい、ディセリーヌ様の従者には必須ですので。野営の道具なども最低限の用意はあります」
ラフラカーンもきっと苦労しているんだろうなあ…と思いつつ、レオナは渡された金貨を見て顔をしかめた。
見たことのない金貨なのだ。
ずっしりと重たいので金で出来ているのは間違いなさそうだけど、普通に流通しているものではない。
ハンゾナス王国の紋章が入っているので、魔族の金貨という訳でもなさそうだが…。
「これ、いつの金貨?最近使ったことある?」
ラフラカーンは静かに首を横に振った。
「…300年ほど前のものです。私がまだ人族だった時に持っておりました。魔族となってからは人族の町には縁がなかったゆえ、使ったことはありません」
「買取屋に持って行って、今のお金に交換できるか聞いてみるよ」
レオナは若干不安に感じながらも、どんなに小さな町でも1件はある買取屋を探した。
買取屋はその名の通り、森獄で採取された素材などを買い取ってくれる。
鑑定のスキルをもった店員が常駐しており、砂金や鉱物・宝石の原石なども買い取るほか、貨幣の交換を行う両替商も兼ねていた。
「あそこで聞いてみよう」
レオナは商店の並びに見つけた、間口の狭い小さな買取屋に足を運んだ。
少し先に立派な店構えの買取屋も見かけたが、多少買取が低くても無用なトラブルを避けたい気持ちがあったからだ。
レオナが選んだ買取屋に入ると、店内は思った以上に狭かった。
小さな机と椅子の向こうに、痩せた大人しそうな老人が座っているだけだ。
「いらっしゃい。何か売ってくれるかね?」
「これは買取できますか?」
レオナは恐る恐るラフラカーンが持っていた大ぶりの金貨を老人に渡した。
老人はそれをどこからか出してきたトレイに載せて受け取り、しげしげと眺めた。
「…あんた、これどこで手に入れた?」
大人しそうに見えた老人がギロリ、とレオナをにらみつけている。
頭の隅にチクンとした刺激が走った。おそらく目の前の老人がをレオナに対して鑑定のスキルを使ったのだろう。
通常、鑑定スキルは他人に同意なく使うことはマナー違反どころか犯罪行為とされ、騎士や貴族相手に無断で鑑定スキルを使うと重い処罰の対象となる。犯罪奴隷落ちや、その場で処刑されることも珍しくない。
だが買取屋の店内では業務として認められている。
おそらく今も金貨の真贋に加えて、レオナの犯罪履歴などを調べたのだろう。
「…えっとそれは…」
「まあ、いい。この金貨を持ってきたものに由来は聞くことができん。お前はこの金貨が何か知っているのか?」
「…いいえ」
レオナは素直に答えると、買取屋の老人はやれやれといった顔つきになった。
「これはハンゾナス・クラウン金貨という。ハンゾナス王国が戦費調達のために発行したものだ。要するに軍事行動中の王の部隊がかさばる金貨を持ち歩けないため、高額決済をこの金貨で代用するための特別な金貨だ。クラウン金貨の扱いは法律で決まっていてな。特にこの金貨を儂らのような両替商に持ち込んだものには由来を聞くことは禁じられており、そして…」
老人は古びた机の引き出しを開けると、無造作に金貨を積み上げ始めた。
慣れた手つきで、10枚単位の小山が並んでいく。
「1万ジピー金貨100枚との無条件交換が義務付けられている」
「ひゃ、ひゃくまい!?」
「王宮の出先機関に持っていけば、105枚と交換できる。よって儂らには損がない。だがな、長年戦争のない平和な昨今では、クラウン金貨そのものが希少でな。もしこれを好事家の貴族が見つければ、おそらくは金貨300枚で買い上げてくれるだろう。儂ですら両替商を始めてこの方、初めて拝むものだからの」
「さ、さんびゃくまい??」
値踏みするような老店主の視線。
レオナはその視線の隠された意味に、幸運にも気づくことができた。
「…説明なしで金貨100枚と交換してくれるなら、それでいいよ。いろいろ教えてくれてありがとう」
レオナは肩から下げたバッグの中に100枚の金貨を急いで入れ始めた。
この国では1万ジピー金貨1枚で1週間は暮らせる。大金過ぎるので、とりあえず2枚ほどもらってあとはラフラカーンに返そう…とレオナは考えていた。なにしろ重たいし。
「他にもクラウン金貨があれば、ぜひ買い取らせてくれんかの?」
買取屋の老人が真剣な顔をして引き留めようとする。
ラフラカーンは持ってそうだなーと思いつつ、レオナはあいまいな笑みを浮かべて買取屋を出た。
「レオナ殿、いかがでした?」
「うん、普通の金貨100枚で買い取ってくれた。多すぎるから、98枚は返すよ」
「分かりました。必要になればお知らせください」
ラフラカーンが無表情に返事をした後、レオナは自分の肩下げバッグがフッと軽くなるのがわかった。
収納スキルで金貨98枚を移動させたらしい。
「あと必要なのは…携帯食とリオンの蜂蜜焼きの材料だね」
食品店はすぐに見つかった。
何人かの旅装の男が値段の確認をしていたり、買い物をしている。
レオナはその店で燻製肉と焼き固めた黒パンの携帯食を30食分、それに日持ちする果物と野菜も少し購入した。
かなりの量になったが、ラフラカーンの収納スキルがあったのでまとめ買いをする事にした。
蜂蜜は店で売っているものは少し質が悪かったし、リオンが「僕が探すから大丈夫だよ」と言ってくれたので蜂蜜以外の小麦粉や油の実などを買うことにした。
小麦粉は店でリオンおススメのものを2キルグくらい量り売りしてもらうと思ったら、ラフラカーンが60キルグ入りの大袋で買って金貨で支払ったのでビックリした。油の実も40個入りの大籠ごと買った。
そのほかは卵やバターミルクなども「えっ?」と思うぐらい大量に買い込んでいた。
『まるでお店でも開けるくらいの量を買ってる…。どれだけディセリーヌに食べさせるつもりなんだろう?たかが5日程度の旅なのに』
レオナはラフラカーンの大量買いにちょっとだけ不安を感じだ。量的なものはラフラカーンの収納スキルを使えば全く問題ないらしい。
レオナは10食分の携帯食はこっそりと自分のリュックに確保していた。
まだラフラカーンを全面的に信用してはいないのだ。




