18話:超回復の儀式
「あなたも蜂蜜焼き、いる?」
「ディセリーヌ様だけで結構です。私はディセリーヌ様の眷属であり、魔力はディセリーヌ様からいただいておりますので」
「そ、そうなんだ。ところでラフラカーンさん…ラフラカーンは昔は人族だったの?」
「はい、少々記憶にあいまいな部分もありますが、300年ほど前は人族でした。貴族の家に生まれ、剣士を志して騎士団に所属したものの、故あってディセリーヌ様の眷属にしていただきました」
「故あってって…なにがあったの?」
「それは私もよく覚えていないのです。人族だった頃の私の最後の記憶は、とても深い絶望でした。死を願うほどの」
「そ、そっか。何かイヤなことがあったのかもね。ところでけんぞくってなに?」
「直接ディセリーヌ様から魔玉を賜った、特別な従者のことです」
「額に埋め込まれてる、何とかの水晶とは違うの?」
「違います。隷属の水晶は忠誠の証。ディセリーヌ様の配下であれば、誰でも持っております。しかし魔玉を賜るのは選ばれたごく少数の者だけ。眷属にして頂くのはとても光栄なことなのです」
ググレーン、魔玉ってなにさ?
『魔玉とは、ロンゴーロッドの開門術の副産物で生まれるものだ。魔玉が空気中の魔素に触れて多数の魔石に分裂し、それが生物の体内に入って魔核となる。そして魔核を体内にもった生物は魔物となる』
ふーん、魔玉って貴重なものらしい。
でも見たことないからどうでもいいや。
それに。
ボクはちらっとディセリーナを見てみた。
相変わらずイッちゃった目をしてボーっとしている。あんなのに選ばれるのが光栄…?
ボクがラフラカーンに視線を戻すと、さっと目をそらされた。
「まあ、いいや。それでラフラカーン。それでノベリアとかいう魔将とは仲良くできないの?」
「はい。ノベリア様はとてもプライドが高く、執念深い方です。今回はディセリーヌ様とリオン殿に退けられましたが、深手は負っておりません。数日以内に体勢を整えて我らを襲撃する機会をうかがうでしょう。襲撃地点は宿場町ゴッゴの手前、山越えの道かと思われます。時間は午前5時から9時までか、午後4時から午後8時までです」
んん、なんかすごく具体的な話が出て来たぞ。
なんでそんなにハッキリわかるんだろう?
「ノベリア様は幻術と水のエレメンタルの魔術をお使いになります。よって霧の出やすい場所と時間帯を好まれます。また規約を厳密に守られるため、仕掛けてくるのはノベリア様の支配地域に限られます。これらを同時に満たすのが、ゴッゴの手前の山越えの道です」
そ、そうなんだ。
『ラフラカーンの推測は75ф正しい。あとの25фは雨の日や湿度が異常に高い日もノベリアは襲撃の機会として好むだろう。だが天候は不確定要素が高いため、それほど考慮する必要はない。人族の町での襲撃がないとラフラカーンが予想していることも正しい。魔王軍の軍規違反となるからだ』
ボクは考える。
ボクたちがいるゴッハーの宿場町からゴッゴまでは宿場町がない。
歩くと2日はかかる。途中の山越えが大変そうだけど、霧が出る時間をさけてゴッゴまで入っちゃうとケンカに巻き込まれなくて済みそう。
「ラフラカーンは移動魔法が使えるの?」
「はい、使えます。ただし同行者は2人までで、かつ1人当たりの重量制限があります。残念ながら、レオナ殿は重量の問題で私の移動魔法で運ぶことができません。あと6キルグ体重を減らしていただく必要があります」
ぐっ…。
ディセリーヌもリオンもラフラカーンの移動魔法が利用できるのに…。
ボクが一番背が高いとはいえ、なんかボクだけ重いんだぞ宣言を受けたようで心が辛い。しかも人数制限あるし。
「全員が魔法でアッサリ移動作戦」は使えないかあ。
じゃあ取るべき手段は2つだ。
旅行をあきらめてゼロゼに戻るか、それとも魔族のケンカに巻き込まれるのを覚悟で、先に進むか。
ボクの脳裏には、ボクたちをゼロゼから追い出したあのヒドイ大人たちが魔族にメチャクチャにされちゃう黒い絵が一瞬浮かんだけど、それなりに楽しかった思入れもある町だ。
たまにオマケしてくれた串焼き屋のおじさん、励ましあいながら水汲みをした裏の家のセリン。字と計算を教えてくれた教会の先生たち。
あの町に魔族を連れて戻って、そのまま平和に暮らす事なんかできるわけがない。
やっぱりボクとリオンは前に進むしかない。
「ラフラカーン、そのディセリーヌとノベリアって実力はどれくらい違うの?」
「今までの演習では258戦257敗でディセリーヌ様が連敗中でした。今回が初めての勝利です」
そうなんだ。258回も戦ってるってことは、子供のじゃれあいみたいなものなのかな?
魔族だから、本格的に殺しあってるのかと思ってたけど違うんだね。
ボクから目をそらせるラフラカーンの態度が気になったけど、ボクはこのまま旅を続けることを決断した。
「わかった。じゃあこれから30ミニト後に宿を出ます。町で必要なものを買いそろえてから、ゴッゴに向けて出発するよ。とりあえずコレ連れてボクたちの部屋から出て行って!」
ボクはイッちゃった目をしてるディセリーヌをラフラカーンに押し付けると、二人とも部屋から追い出した。
部屋の中でリオンと2人っきりになると、ボクはようやく一息つくことができた。
そうだ!
ボクは水で濡らした手拭いを取り出し、リオンをベッドの端に座らせる。
ディセリーヌがしゃぶっていたのは左の耳だ。ボクはそれを清めるべく無言でゴシゴシと手拭いを使う。
「…ん、いたい。お姉ちゃん、いたいよ」
そんなに力を入れていないはずなのに、リオンが痛がって逃げようとする。
「我慢しなさい」
自分でもビックリするような低い声が出た。
リオンがびくん、として無言になる。
…む、いけない。悪いのはリオンじゃない。
ボクは手拭いを片付けると、リオンをギュッと抱っこした。
「お、お姉ちゃん?」
「…リオンが帰ってきてくれて、よかった。本当に良かった」
ギュッと抱いてリオンの髪の香りをかいでいると、ボクの気持ちは段々と落ち着いてきた。
そして昨夜の泣きたくなるような不安な気持ちを急に思い出して、ボクはしばらく嗚咽した。
リオンがいなくなったのは魔族のせいだとボクは直感していた。
そしてそのことを予感していたのに防げなかった自分を責め続けた。
このまま2度とリオンとは会えない気がして、ボクは不安でたまらなかった。
でも今、リオンはここにいてくれている。
さあ、気持ちを切り替えて前に進まなきゃ。
その前に気合を入れないとね。
ボクはギュッと抱いていたリオンをパッと放し、自分のバッグの中からリオンが焼いてくれた蜂蜜焼きの残りを取り出した。ディセリーヌに4個取られてしまったけど、まだ8個ある。
ボクはベッドの端におっとり座っているリオンに蜂蜜焼きの残りを渡して、無言で枕のあたりをバンバン叩いた。
リオンは一瞬びくっとしたが、大人しくベッドに上がって枕のところに脚を開いて座った。そう、それでいい。
ボクも同じベッドに転がるとリオンの脚の間に入り込み、頭をリオンの太腿に載せた。
…なんだか落ち着きが悪い。やっぱりまだリオンの左耳が汚れているせいかもしれない。
ボクは頭の位置を変えて仰向けになると、リオンの細い両脚をギュッと両手で抱き込んだままパクンと口を開けた。
「4個たべさせてちょうだい」
「う、うん。4個だね」
リオンが恐る恐る、といった感じで蜂蜜焼きをボクの口に入れてくれる。
ボクはそれを目を閉じて受け入れ、ゆっくりと口を動かす。
じんわりと、重いような温かいような甘さがボクの口に広がる。
「くぅ~甘いのが染みわたる!」
ふーー。これでいい。
ボクは口の中で蕩けてゆく蜂蜜焼きの甘さに、無心で浸っていた。
◇◇◇ ◇◇◇
部屋から追い出されたディセリーヌとラフラカーンは、宿の廊下で立ち尽くしていた。
5ミニトほど経って4個の蜂蜜焼きを口の中で溶かし切ったディセリーヌが我に返って「オ、オレの蜂蜜焼きがどこにもないぞ!」と騒ぎ始めたが、ラフラカーンが合図を寄越して会話を念話に切り替えた。
『それでオレの蜂蜜焼きがないのだが』
『ディセリーヌ様はすでに今日の分をすべてお食べになりました』
『何だと?まったく食った気がしない。やはりレオナ殿に頼んで、もう少しもらうことにするか。レオナ殿はどこだ?』
『ディセリーヌ様、レオナ殿は室内ですが、いま扉を開けるのは悪手です』
『それはどういう意味だ?』
ラフラカーンがクレアボヤンスの術式を展開し、ディセリーヌと無言のまま部屋の扉をにらみつけた。それは分厚い木製の扉に一方通行の魔法の穴をうがち、室内を透視する魔法である。
『むむむ!?』
目の前の光景をもっと良く見ようとディセリーヌはラフラカーンの背によじ登り、そこでショックを受けたような念話を出した。
『…あれはなんの儀式だ、ラフラカーン?』
目前には、数百年を生きている魔将とその従者でさえ理解できない光景が繰り広げられていた。
ベッドの上でリオンの両脚で首を絞められているように見えるレオナ。
レオナはリオンの両脚を両腕でしっかりと抱きこみ、胸の上で抱えている。
レオナ殿は苦しいのではないか?とディセリーヌは思ったのだが、推測に反して蕩けそうな表情をしている。
逆にレオナ困ったような、あきらめたような顔をしている。
「ね、ねえお姉ちゃん。そこちょっと痛いからどっちかにずれて」
「あ~ん!」
レオナが口を開きながら出した声に、ディセリーヌがびくんと震える。
自分の切実なお願いの返事が「あ~ん」だったので、さらにあきらめを深くした表情のリオンがレオナの口に蜂蜜焼きを運ぶ。
『…通常の蜂蜜焼き摂取と比較して、レオナ殿の魔力と気力が約3倍の速度で急激に回復しています』
『さ、3倍もか!…おい、ラフラカーン。今すぐ室内に立ち入って、儀式の詳細をレオナ殿に問いただしてこい』
『それがディセリーヌ様…恥ずかしながら足がすくんで一歩も前に出れません。何やら結界のようなものが張られているようです』
『お前もか!実はオレも怖くて動けんのだ。これはレオナ殿の魔術か?魔力の駆動はまったく感じられないのだが…。真言系結界か獣魔術。いや、神代降臨術に類するものだろうか?いずれにせよ、もし今この扉を押し開くと、そこに待っているのは確実な死だ。オレの危険感知がそう告げている。レオナ殿はいったい何者なのだ??』
2人は脚をガクガク震わせながらもぐぬぬぬ、と声に出せないうなりを上げ、レオナがゆっくりまったり30ミニトかけて甘味を堪能するまでその場に立ち尽くしていた。




