17話:特異体質
「魔力の回復?」
ボクの目の前で正座したままリオンに抱き着いて耳たぶをしゃぶっていたディセリーヌは、再びボクの踵落としを食らって「うごごぉぉ」とか変な唸り声をあげ、頭を抱えて床に突っ伏した。
「そ、そうだ。なぜかリオンにはオレの魔力を回復させる特異な体質の持ち主でな。オレが耳たぶをなめてしまうのも、そのせいなのだ。あの美味しい耳たぶをなめていると、ジワジワと魔力が回復して、オレはとても気持ちいいのだ」
…ググレーン、それ本当?
『ディセリーヌが言っていることは正しいようだ。1分で1ф程度だが、確かに魔力が回復している。ディセリーヌは長い間魔力の枯渇に苦しんできたので、リオンのそばにいると突発的に奇妙な行動を起こすのだろう』
そ、そうなの?
でも、それってすごくマズイことになるような…。
ググレーン、ひょっとして他の魔将にも?
『推測だが、ディセリーヌ以外の魔将、例えばノベリアの魔力もリオンが回復させられる可能性が高い』
つまりそれは、ディセリーヌ以外にも飢えた魔族にリオンが狙われる可能性があって、しかも味を覚えたディセリーヌは絶対にリオンから離れない…ってこと?
『その可能性が非常に高い』
「何だったら、リオンがオレの尻を触ってくれてもいいのだぞ?出逢った最初の夜も、尻を触られてオレの魔力が回復したからな」
ディセリーヌが床に這いつくばったままお尻だけを高く上げて、「さあ触れ」と言わんばかりにリオンの方を見ながらペチペチ叩いて見せる。
だがボクが睨むと「ひっ」と変な声を出して、すうぅーっと普通の正座に戻った。
「リオンが作る、あの茶色くて甘い魔核でもいいのだ。だがオレにはくれないのだろう?この町で似たようなものを探して食ったが、ぜんぜんダメだった。だからついリオンの耳をしゃぶってしまうのだ」
ディセリーヌが物わかりの悪い子供に辛抱強く教えてますよ、と言わんばかりに優しい目をしてボクにゆっくり語りかける。
その顔をみるととてもムカつくが、ボクは心を落ち着けて考える。
魔族と一緒に行動するなんて、天災級のトラブルになることが明白。
でもこのままだと魔将同士のイザコザに巻き込まれてしまう。
たぶん、ググレーンの言う事も正しい。
「僕の蜂蜜焼き、美味しかった?」
「うむ。大変おいしかったぞ。なにしろ『頬が落ちる』という現象を始めて体験したくらいだからな」
「いっしょに来るなら、レオナ姉ちゃんを困らせちゃダメだよ?レオナ姉ちゃんも一緒だからね」
「それは約束しよう。約束するのは簡単なことだからな!」
「ちゃんと言う事聞いてね?」
「ちゃんと聞くぞ!耳があるからな」
僕が悩んでいる間に、ディセリーヌが勝手にリオンと話を進めている。
…仕方ないな。
「…1日2個よ。材料がなくてリオンが作れなかったときはナシね」
「1日6個だ!ノベリアが襲ってきても、ちゃんと守ってやるからな」
「じゃあ1日3個。これ以上リオンの耳をしゃぶったら、3日間蜂蜜焼きはナシにするからね」
「うう、1日4個だ。人族の領域では大人しくするから、せめて1日4個は欲しい…」
「わかった。じゃあゴレーの町までなら一緒に来ていいよ。蜂蜜焼きは1日4個で交渉成立ね」
「うむ、分かった1日4個だな。約束は守る。レオナ殿も違えるなよ?」
「レオナでいいよ、その代わりボクもキミのことはディセリーヌって呼ぶから」
「わかったレオナ、よろしくナ!」
ディセリーヌはニコニコしながらそう言うと正座したままパカンと口を開き、両手で自分の太腿をペチペチ、ペチペチ、とリズムカルに叩き始めた。
…ウザい。とてつもなくウザい。
ボクは約束してから10秒後にすでに後悔していた。
「…レオナ殿。早速ではありますが、契約の成立ということでまずは本日の分として蜂蜜焼きを4個いただけないでしょうか?」
仮面男が正座したまま、恐る恐るという感じでボクに頼んできた。
あ、そうだーこいつもいたんだ。
まだ人族に見えるディセリーヌだけならともかく、こんな怪しく悪目立ちする仮面男を連れて平和に旅する自信がないよ、ボクには!
「ねえディセリーヌ。キミはまだ何とかなるけど、この人は無理だから。こんなアヤシイ魔族丸出しの恰好の人を連れて歩けないから!」
「ん?ラフラカーンの格好が気に入らないのか。仕方ないな。ラフラカーン、ローブを脱いで仮面を外せ」
え?それってアリなの?簡単に脱いじゃっていいの?
ボクがビックリしていると、仮面男はさっと立ち上がってバサリ、とローブを脱いだ。
そして金属製の仮面を普通に外した。
「「ええええっーー?」」
ボクとリオンはローブの中からでてきた姿に驚いて思わず大声を出してしまった。
仮面を取りこちらを向いたのは、流れるような長い金髪の若い美女だった。
いつの間にか、あの長いローブはどこかに消えている。
気味の悪い魔族が美女に化けたので、ボクはリオンと顔を見合わせて驚きのあまり口をパクパクさせた。
顔はとても整っている。目がパッチしていてまつ毛がバサバサで、眉もキリッとしてカッコイイ。年は人族だと20歳過ぎくらいに見える。ハッキリいってすごい美人だ。服は騎士が着るような白っぽい上下を着ている。
腰丈の短い上着に白のシャツ、そして騎乗用のズボンに踵のある革長靴。上着とズボンにはところどころ金の刺繍飾りが入っていて、とても高そうな服に見える。
服装まで変えられるなんて、便利な魔法だ。変装系のスキルかな?
「…す、すごいね。どんな姿にもなれるの?」
ボクがディセリーヌにそう尋ねると、ディセリーヌは「ん?」という顔をした。
「いや、ラフラカーンは今のが本来の姿だ。元は人族だからオレの城では悪目立ちしてな。諜報も担当させていたので、ローブと仮面で正体を隠していたのだ」
元は人族?
ボクはその言葉に引っかかりながらも、美女ラフラカーンを改めて見た。
身長は175セメルくらいかな?人族の女性と比べると背は少し高めだ。
そして悔しいことに、服の上からでも美女になったラフラカーンの胸がとても大きくて腰が細いことがわかる。脚も細くて長い。正直言って、とてもスタイルがいい。
でもこんなに美人なのに、なぜかずっと見ていたい--という感じがしない。
青い瞳はガラス玉のようで、感情が伝わってこない。整った目鼻立ちをしているのに、目にも表情にも感情が感じられないせいで、とても冷たい感じがする。
仮面を外したはずなのに、まるでまだ仮面をつけている--そんな感じだ。それに…極めつけは額から緑色の宝石のようなのが生えている。ひょっとしてこれが隷属の水晶というやつだろうか?
「どうだ、美形だろう?ラフラカーンはその昔、真夜中にオレの庭をフラフラ歩いていてな。美形で気に入ったから魔玉を与えて眷属にしたのだ。さあ、この姿なら文句あるまい?」
美女ラフラカーンの背中をパンパン叩くディセリーヌのドヤ顔が神経に触る。
ぐぬぬぬ。
リオンがビックリしてボクの方を見ている。
どうやら、今聞こえている「ぐぬぬぬ」と変な声はボクが出しているらしい。エホンッ。
「レオナ殿。改めてご挨拶しよう。魔将ディセリーヌ様の従者、ラフラカーンと申します。この度は旅への同行を許可していただき、感謝します。道中の護衛は私にお任せください」
おお、なんか普通にしゃべってる!
しかも仮面を被っているときとはぜんぜん違う、キレイな声だ。
護衛?
そう言われてラフラカーンが腰から下げている剣を見た。
剣帯からは鞘に納められた細身の片手剣と、もっと短い剣の2本が下げられている。
あんまり見かけない装備だけど、女性用なのかな?
そしてその立ち姿を見ただけで、ボクはこの人はとても強そう…というのがなんとなく分かった。
なんというか、隙が無い感じがする。
残念ながら剣術を学んでいないボクにはうまく説明できないけど、少なくとも酒場でケンカしている冒険者よりは強そうな感じがする。
「ラフラカーン…さんって、強いの?」
「ラフラカーンとお呼びください、レオナ殿。はい、剣術と格闘にはいささか自信があります」
ディセリーナが気に入って従者にするくらいなんだから、その強さは本物なんだろう。
それによく考えたらボクたちはディセリーヌを含めて子供か、成人ギリギリに見える。悪い大人が近寄ってこないよう、引率役としてしっかりした大人が一人いてもいいかもしれない…魔族だけど。
「…分かったよ。ラフラカーンも付いてきていいから。でもその額、ちょっと目立つね。隠せないの?」
ディセリーヌが頷くと、ラフラカーンは上着のポケットから細い鉢金を出してきて、額に巻いた。鉢金には真ん中に穴が開いていて、水晶が小さく見えている。まるで鉢金に最初から付いてる宝石みたいでカッコイイ。
「これなら文句ないだろう?さあ、今日の分の蜂蜜焼き5個をいただこうか?」
「1日に4個でしょ!さっそく誤魔化さないで」
ボクはムカつきながらベッドの脇に置いてあったバッグからリオンが焼いてくれた蜂蜜焼きを4個取り出すと、両手を出してハァハァしているディセリーヌに渡した。
ディセリーヌは「ウヒャヒャ」と小さく笑ってその一つを口に入れると、すぐにリオンの耳をしゃぶっていた時みたいなイッちゃった目をして静かになった。口は動いていないので、どうやら噛まずにしゃぶっているらしい。




