↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が壁を抜けるので、魔王城の施工をやり直します  作者: こーひーまめ
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/16

第2話 壁の中のお客様


「何か食べる物はありませんか」



壁の中から、勇者が言った。


昨夜、魔王様を討った男である。

今日、俺たちが侵入経路を塞いだ男でもある。


ゴルド監督が職人たちを見た。


「食い物はあるか」

「干し肉なら」


年配のゴブリンが、腰袋から包みを出した。

壁へ近づき、石の継ぎ目を見る。


「……どこから入れる?」

「先に本人を出しましょう」


俺は手帳を開いた。


初出勤の仕事が、侵入対策から侵入者の救出に変わった。

さっき書いた『施工完了』の下に、線を一本引いた。


*


「まず、今どんな状態ですか?」

「暗いです」

「体の状態をお願いします」

「腹が減っています」


俺は顔を上げた。


監督が隣に立っていた。


「シュウ。質問を絞れ」

「立てますか?」

「はい」

「手足は動きますか?」

「動きます。肩は少し当たりますけど」

「足元に床は?」

「あります。全部ではないですが」


俺は、床あり、と書きかけた手を止めた。


「全部ではない?」

「隙間があります。さっき携帯食を落としました」

「下まで落ちたんですか?」


壁の向こうが静かになった。


少しして、声がした。


「まだ音がします」


俺は監督を見た。


監督はすでに、立入禁止の札を取り出していた。


「動かずに待て」


*


若いゴブリンが警備兵を呼びに走った。


その間に、俺は壁に手を当て、声の聞こえる位置を確かめた。


「ここから聞こえますか?」

「もう少し右です」

「ここは?」

「その辺です」


印を付けようとしたところで、襟首を引かれた。


監督だった。


「先に武装を確認する」


俺は壁から離れた。


相手は困っているが、昨日この城を襲った勇者だ。

干し肉を探している場合ではなかった。


「剣は抜いているか」

「いえ」

「抜くな」

「はい」

「こちらへ突き出すな」

「……出ますかね?」

「試すな」


俺は手帳に書いた。


――思いつきを与えない。


警備兵が二人、駆けつけてきた。

片方が壁へ耳を当てようとして、監督に止められる。


「近づくな。抜けるかもしれん」

「はっ!」


警備兵は壁から大きく離れた。


「お前、昨日ここを担当していたな」

「はっ」

「勇者を見たか」

「跳んでいるところを」

「止めなかったのか」


警備兵は、俺たちを見た。


それから、壁を見た。


「……最後の方は、少し息が上がっておられたので」


俺は手帳をめくった。


門番の研修。

内容が増えそうだった。


*


「帰りも、入ったときと同じ動きをしたんですか?」


壁に声をかける。


「はい。ただ、内側からだとうまくいかなくて」

「何が引っかかります?」

「左の靴です。後ろへ下がると、つま先が止まります」

「では、靴を脱いでみてください」


衣擦れのあと、金属が石をこする音がした。


「脱げました」

「ゆっくり下がれますか?」


ごそ、と壁の中で何かが動いた。


「下がれます」

「どれくらい?」

「三歩ほど」


俺は監督を見た。

監督もうなずいた。


「その靴、普通の靴ですか?」

「少し速く走れます」

「少し?」

「普通の人の三倍くらい」



「それを履いて、狭い場所で後ろ歩きを?」

「行きはうまくいったので」


ゲームでも、移動速度の変化で地形をすり抜けることがある。


画面の中なら、場所と手順を記録して報告する。

今は中の人間が、食事を要求している。


監督が静かに言った。


「履物も預かる」

「裸足で帰るんですか?」

「帰れたらの話だ」


壁の向こうで、何かを置く音がした。


*


声の位置を追っていくと、年配のゴブリンが壁の一角で手を止めた。


工具で叩く。

隣の石と、音が違った。


「昔の受け渡し窓だ。ここだけ塞いである」

「開けられますか?」

「支えを入れればな」


職人たちが木材を運び、監督が位置を確かめた。


俺は離れた場所から勇者に声をかける。


「石の粉が落ちます。顔を伏せてください」

「はい」

「剣は抜かないでください」

「分かっています」

「靴も履かないでください」


少し間があった。


「……はい」


俺は手帳に、注意は具体的に、と書いた。


石が一つ外れた。


穴の向こうで、男がまぶしそうに目を細めた。

金色の髪は埃まみれ。白い鎧には、灰色の筋が何本も付いている。


思っていたより若かった。


その肩を見て、俺はしゃがんだ。


肩当ての端が、首元に食い込んでいた。


「痛くないんですか?」

「結構」

「いつから?」

「入るときから」

「言ってくださいよ」

「靴を履かないように言われたので、そちらを先に」


俺は手帳を閉じた。


聞く順番も、考えなければならなかった。


「監督。肩の防具も外せますか」

「ああ。まず剣を寄越せ」


勇者が剣を差し出す。


監督は受け取ると、すぐに警備兵へ渡した。

続いて靴と荷物を預かり、肩当ての留め具を外す。


勇者が、ようやく首を伸ばした。


職人たちが開口部を広げ、俺は外へ誘導する。


「ゆっくり。右肩からお願いします」


男が穴から這い出し、両手を石畳についた。


背中が大きく上下する。

しばらくして、深い息が吐き出された。


「……ありがとうございます」


ゴルド監督は、その体が壁から離れたことを確かめた。


「立てるか」

「はい」

「では、壁から離れろ」


勇者は素直に、もう一歩前へ出た。


*


「勇者を確保したと伺いました」


工具を片づけ始めたところで、女性の声がした。


黒い服に、整えられた襟元。

片腕には書類を抱えている。


彼女は木箱に座る勇者を見た。


警備兵が預かる剣。

並べられた靴。

外された肩当て。


順に確かめ、書類を一枚めくる。


「御本人で間違いありませんか?」

「昨夜、魔王を討伐しました」

「確認が取れました」


確認方法が自己申告だった。


「魔王様直属の秘書、リゼと申します」


俺も慌てて頭を下げた。


「今日から勤務しています、シュウです」

「救出対応、ありがとうございました」


その言葉で、少し肩の力が抜けた。


リゼさんは勇者へ向き直る。


「今後、許可のない場所への立ち入りはお控えください」

「はい」

「移動には、扉をお使いください」


勇者が顔を上げた。


「全部ですか?」


リゼさんは一度、ゆっくり瞬きをした。


「全部です」


俺は手帳を開いた。


大事なことなので、記録しておいた。


*


ノルさんが、予備の作業靴を持ってきた。


「これなら履けるだろ」

「ありがとうございます」


勇者が足を入れる。

少し大きいらしく、足首の紐を締め直した。


「これは、速く走れますか?」

「走ると脱げる。締めろ」


勇者はもう一度、紐を引いた。


警備兵に付き添われ、今度こそ普通に歩いていく。


その背中を見送り、俺は手帳に『救出完了』と書いた。


リゼさんが、別の用紙を差し出す。


「作業内容のご記入をお願いします」


侵入対策工事。

勇者救出。

開口部の復旧。


書くことが増えている。


俺は記入を終え、用紙をリゼさんへ返した。


*


「今日は、これで終わりですか?」


監督に尋ねる。


「ああ」


空を見上げた。

日は傾いているが、夕飯には間に合いそうだった。


「こちらは明朝の作業依頼です」


リゼさんが封筒を差し出した。


俺は受け取った。

明日の話なら、今は怖くない。


施工場所――玉座の間。


「魔王様がお戻りになる前に、安全を確保したく」

「床下からの侵入対策、ですか」

「はい。なお、現在は玉座にお座りいただけません」

「壊れているんですか?」

「いいえ」


リゼさんは、変わらない声で答えた。


「今朝から、座面に人の足が二本出ています」


俺は、連れていかれる勇者を見た。


作業靴を履いた足が二本。


ちゃんと、ある。


「……監督」

「何だ」

「勇者って、一人ですよね?」


監督は少し考えた。


「報告ではな」


俺は依頼書を裏返した。


足の持ち主については、何も書かれていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。