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第6話 恋が実るとき

第6夏の甲子園予選。決勝。

九回表ツーアウト、1対1。


なんでもないサードゴロが、大翔のグラブをすり抜けて、レフトの前に転がった。

その間に、二塁ランナーは三塁を駆け抜け、ホームに帰ってきた。


結局、このエラーが元で、大翔たちのチームは敗れた。




***




試合の翌日。

教室での大翔の背中は、いつもより小さく見えた。

声をかける生徒は少なく、視線もどこか遠慮がちだ。


――腫れ物扱い。


史帆は、その様子をじっと見守る。


終業のチャイムが鳴り、生徒たちが帰り支度を始める。

隣のクラスの玲菜が、大翔に近づいた。


「大翔、もう部活ないんでしょ。一緒に帰ろ」


大翔は顔を上げなかった。


「ここまで来られたのは、大翔のおかげなんだから。

みんな、ちゃんと分かってるよ」


大翔の肩が震える。


「うるさい! 分かったようなこと言うなよ」


思ったより、強い言い方だった。


「大学で、また頑張ればいいじゃん。大翔なら――」


「それが一番ムカつくんだよ!」


教室の空気が、一瞬で凍りつく。

玲菜は言葉を失い、立ち尽くした。


そこへ、摩季が静かに近づいた。


「……部室の片付け、行こう」


それだけ言って、大翔の横に立つ。


励ましもしない。

大翔は黙って、鞄を下げて教室を出た。

摩季は何も言わずに、その後を追った。




***




玲菜が、つかつかと史帆の席にやってきた。


「ねえ、新聞部さん」


「私のこと?」


玲菜が頷く。


「取材は、もう終わったの?」


「ええ」


史帆は一言だけ返して、帰り支度に取り掛かった。


「……あそこまでは、出来ないな」


手を止めて、玲菜の顔を見上げる。

玲菜は、二人が出て行ったドアの方をじっと見つめていた。


「好きなところも、嫌なところも。

そういうの全部一緒に飲み込むの、私には無理だわ」


玲菜は、あっさりと笑った。


「大翔に合うのは摩季の方。私じゃない」


「……そう」


玲菜は、史帆に向き直った。


「で、あんたも……」


「私?」


「そう。あんたも、そろそろ区切りをつけなきゃね」


それだけ言って、背を向けた。

史帆は、その背中を黙って見送った。


「区切りをつける……か」


史帆はそう呟いた後、また淡々と作業を続けた。




***




放課後。新聞部の部室で、史帆は原稿を整理していた。

画面には、未完成の記事。


――野球部キャプテン、最後の夏。


スマホが震える。


『今日、ちょっと大翔と話してくる』


摩季からの、短いメッセージ。


「摩季も、決断の時を迎えているんだ」


史帆はしばらく画面を見つめ、またパソコンに向かった。


しかし、キーボードを打つ手は進まなかった。

周りは、みんな進んでいる。

傷つきながらも、当事者として。


自分だけが、取り残されているような焦燥感。


「私は、どこに進みたいのだろう」


史帆はパソコンを閉じて、小さくため息をついた。




***




翌日。新聞部室の扉が、控えめにノックされた。


「……史帆」


「どうだった?」


史帆の問いに、少し間を置いて摩季が答える。


「……大翔、大学でまた野球を続けるって」


「ふーん。で、摩季はどうするの?」


「……同じ大学に、行かないかって言われた」


それが何を意味するのか、史帆にはすぐに分かった。


「よかったじゃん。おめでとう」


史帆は、静かに返す。


「ありがとう……史帆のおかげだよ」


声は落ち着いていて、浮かれた様子はない。

それだけで、この結果を彼女がどれほど真剣に受け止めているかが伝わってきた。


「やっぱり、史帆に相談してよかった。

史帆なら絶対、味方になってくれると思った」


「当たり前じゃん、友達なんだから」


「友達か……そうだよね、これからもずっと……」


「どうしたの急に?」


「ううん、何でもない」


摩季の口元が、少しだけ緩んだ。




***




摩季が帰った後も、しばらく史帆は作業を続けた。

他の部員たちは、既に帰っている。

窓の外は、すっかり暗くなっていた。


史帆は思う。


――判断は、正しかった。


決して、間違ってなかったはずだ。


それでも。

ガラスに映った自分の顔を見て、史帆はハッとした。


「……あれ」


目が、赤い。


次の瞬間、涙が突然、溢れてきた。


「私……泣いてる?」


史帆は、ずっと抱えていた違和感の正体にようやく気づいた。


友達という居心地のいい場所。

幼なじみという安全な場所。


そこから出なかった自分。


気持ちを置き去りにしていた後悔。

置いてきぼりにされた寂しさ。


部室の明かりを消して、史帆は逃げるように外に出た。



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