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婚約破棄されましたが、おかげで聖女になりました  作者: 瀬崎由美


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第四十七話・パトリック様との朝食

 夕刻前になり、私はナナをお伴にして庭の隅に建てられた小さな神殿へと足を運ぶ。

 引っ越したばかりの今日は予定もなく時間を持て余していたから、夕刻の参拝へと訪れたのだ。

 明日からはユーベル様ではなく、正式な王子妃教育を指導してくれる先生が来られるとのこと。自由に動き回れるのは今だけだろうし。


 簡易神殿の扉を開けて中に入り、私達はその立派な造りに声を失う。

 小さいとは言っても同時に十数人は参拝できそうで、森の神殿の礼拝堂よりも広いかもしれない。奥には小部屋もあるみたいで、そこは常駐するという神官の為の空間だろうか。

 私達の足音を聞きつけて奥から出てきたのは、中央神殿でも何度か挨拶を交わしたことのある若い神官だった。


「夕刻の参拝に参りました」

「ご苦労さまでございます」


 私とナナが並んで祈りを捧げている間、神官は私に向かって静かに頭を下げている。

 目の前の祭壇を見上げると世界樹の葉が詰められた小箱。これは別の神殿から持って来たのか、それとも世界樹の下から新たに拾い集めてきたものなのか。

 神官の話によればこの神殿が完成してから、城内に勤める信者達が休憩時に参拝に訪れることがあるみたいで、これが建設されたことは決して無駄ではないようだ。

 私の為にこんな立派な物をと戦慄していた気持ちがそれを聞いて軽くなる。


「こちらの扉はいつでも開けてございます。聖女様のお好きな時にお越し下さいませ」

「まあ、ありがとうございます」


 神殿が常に寄り添ってくれるのは何よりも心強い。私は神官へお礼を伝えてから再び部屋へと戻った。


 離宮での初めての朝。

 私は薄く化粧を施し、髪を結い上げてもらってから食堂へと向かう。

 パトリック様と示し合わせた時刻が少し遅めなのは、殿下が昨晩は騎士団の詰所に泊まり込みだと聞いていたからだ。

 欠伸を堪えたように顔を歪ませたパトリック様が離宮の食堂に入ってこられると、私は座ったまま頭を下げて挨拶の言葉を述べる。


「おはようございます、パトリック様」

「おはよう、アイラ。昨晩はちゃんと眠れたか?」

「はい。寝つきはとても良いので……」


 私がそう言うと、パトリック様は「確かにそうだったな」と声を出して笑う。

 自分で夜会前の失態を掘り返してしまったことに気付いた私の顔が一気に発熱する。

 パトリック様を前にすると淑女らしさを保つのが難しいのはなぜだ?


 長いテーブルで殿下は私の右隣へと座った。

 幅があるから向かいでは距離があって話し辛いからだろうか。顔を見ずに食事ができるのは正直ありがたい。

 だってお茶会の時も殿下はずっと私のことを観察するようにじっと見てくることが多いから。

 朝食を終え、食後のお茶が目の前のカップに注がれているのを見守って、パトリック様は身体を私の方へ向けてから神妙な顔つきになった。


「昨晩、父上——国王陛下から王命が出た。北方の国境近くに組織化した賊が出現したらしく、これからそれを制圧に向かわなければならなくなった」

「国境の近くというと、かなり遠いですね」

「ああ、距離もあるがこれからの季節はいつ雪に埋もれるかも分からないような土地で、任務を全て終えるにはどれくらいかかるか……」

「……そうなのですか」


 王城へ引っ越して来たばかりの私を置いていくことを心配してくれているのか、パトリック様は私の顔を確かめるように覗き込んでくる。

 婚約は発表したものの、実際に婚姻するのはまだ先で、私はそれまでに王子妃教育をこなさないといけない。

 決して暇を持て余すわけではないけれど、殿下が遠征で長く不在かと思ったら心にぽっかりと穴が開いてしまうようだった。

 そんな風に私が寂しいと感じているのが伝わったのかは分からないが、パトリック様は私の頭にポンと手を乗せてから、耳元で囁いてくる。

 給仕の為に隅で控えている使用人には聞こえないくらい、小さな声で。


「確かに簡単にはいかないだろうが、無事に戻って来れたら王太子として認めてやってもいいと父から言われた。兄上に付いていた貴族の多くがアイラとの婚約を聞いて寝返ったらしい」


 第二王子派との勢力の差は互角というところまで翻ったらしく、末王子を立太子させるには何か目に見えた手柄が必要だと判断されたようだった。

 つまり、今回パトリック様が受けた任務はそれほどに過酷で難しいということだ。私は殿下の身を案じて、ぶるっと震える。


「すぐに戻ってくる」

「かしこまりました」

「……意外とあっさりしてるんだな」

「だって、パトリック様が私に嘘をついたことなんてありませんから」

「ふっ、そこまで信用されてるなら応えないとな」


 パトリック様は小さく微笑んだ後、以前にロックウェル領でした時のように、私の髪の先を手に取ってそこへ口付けを落とした。

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