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婚約破棄されましたが、おかげで聖女になりました  作者: 瀬崎由美


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第四十六話・ナタリー様2

「そういえばこないだの演劇、兄上はどうでしたか?」


 ナタリー様のマシンガントークが中断した隙をついて、パトリック様が一緒に観劇した演目についての感想をアロン様へと問いかける。

 ナタリー様は「演劇?」と急に知らない話題に切り替わって、首を傾げながら静かに聞いていた。


「ああ、どうだったっけ……あれはどちらかと言えば女性が好む演目だったな。途中から話が追えなくなった」

「ですよね。俺も同じです。アイラはどうだった?」

「とても素敵なお話だったと思います。でも、うちの侍女の方がとても感動してましたね」

「ああ、確かに号泣だったな、あの子」


 大袈裟なほど感涙していたナナのことを、王子達は思い出して笑っていた。後ろの席で鼻をすする音はアロン様達のところまで聞こえていたらしい。

 これは言ったら恥ずかしがるだろうから、本人には内緒にしておこう。


「殿下のご友人はどうおっしゃってましたか?」


 私がアロン様へ問いかけると、第二王子殿下は少し頬を緩めてからソフィア姫のことを名前は出さずに語る。

 想い人のことを話す殿下の表情はとても柔らかい。本当に心から愛しておられるのだろう。


「友人もアイラ様と同じことを言ってましたよ。素敵な話でとても感動した、と」

「女性の感想は大体似たようなものだな……」


 王子二人が呆れ笑いを浮かべているのを、私はおかしくて声を出して笑ってしまう。

 それを黙って見ていたナタリー様はちょっと訝し気な顔をしていた。三人で交わしていた会話から、アロン殿下のその時の同伴者が女性であると気付いたのだろう。

 私とパトリック様は作戦成功とばかりにこっそりと頷き合った。


 同じ離宮に住んでいるのだから、またすぐに顔を合わす機会があるだろうと、私達はその後すぐに中庭を離れた。

 短い時間だったけれどナタリー様という方のことは十分過ぎるくらいよく理解できた気がする。よくも悪くも、とても分かりやすい方だ。


「上手くいくだろうか?」

「あの方の性格だと帰宅してすぐにご両親へ話されるでしょうね」


 王宮をぐるりと囲む他の庭を散歩しながら、私達はサーパス令嬢の反応について話し合う。頻繁に今日のようにアロン様の元へ押しかけてくるというナタリー様。しかも殿下自身も宰相様に逆らう気がないらしく、来れば拒まずという態度だったらしい。

 それ故にアロン様との婚約を確信していたナタリー様が、実は彼に別の想い人がいると知ればどう思うだろうか。


「一般的な貴族令嬢でしたら、家にとって利になる政略結婚は当然のことと考え、気にしないよう努めますが」


 甘やかされて育った彼女は、自分以外を想う相手を黙って受け入れることができるだろうか?

 愛されないのが分かっている婚姻に我慢できるだろうか?

 そして、娘を溺愛する父親はナタリー様が嫌がるのに無理して婚約話を押し進めようとするだろうか?


「他の貴族はサーパス家に遠慮しているところがあるから、横やりは入れてこないだろう」

「ある意味、よい盾となって下さっていたということでしょうか」

「ははは、言われてみればそうだな」


 パトリック様は機嫌良さそうに笑っている。

 ナタリー様が第二王子の婚約者候補から下りることでアロン様との絆が薄れた印象を与え、宰相の顔色を伺っていた貴族達の一部が動く可能性は出てくる。

 影響はそこまで強くはないかもしれないが、第三王子殿下にとって追い風には違いない。


 横庭に植えられた背の低い木々の間に作られた小道。

 そこを王子に手を取ってもらいながら歩き進み、離宮の入り口へと戻ってくるとパトリック様は名残惜しいとでも言うように私の手をキュッと握り締めた。


「殿下?」

「もう隊へ戻らないといけない時刻だ。明日の朝食は一緒に取れると思う」

「ええ、楽しみにしております」


 私のいつも通りの社交辞令な返答に、パトリック様はちょっと寂しそうに目を伏せる。そして、握っていた私の手にまたもや自分の顔を近付けて、その甲へと唇を添わせた。

 私が反応に戸惑ってアワアワしているのを口角を上げて笑い見てから、距離を置いて付いて来ていた従者の一人へ私の部屋への案内を託し、後ろ手を振りながら騎士団の詰所があるという東棟へと別の従者を率いて立ち去って行ってしまう。


 劇場のときと言い、今と言い、最近はパトリック様の言動に翻弄されっぱなしだ。ドキドキと高鳴ったままの胸を抱えて部屋へと戻った私は、着替えもそこそこにベッドへと倒れ込む。

 ど真ん中で丸くなって眠っていたらしいヴァルツが迷惑だと訴えるように長い尻尾をバンバンとベッドに叩きつけていた。


「お召し物が皺くちゃになってしまいますから、せめて部屋着にお着替えしてください!」


 ナナの小言が背後から聞こえてくるが、私は布団に顔を埋めたままフルフルと首を横に振る。

 新しい侍女達は私のそんな無作法に少し驚いていたみたいだったが、彼女達には夜会前にソファーで爆睡する姿を見せてしまっているから、きっとすぐに見慣れてくれるはずだ。今更繕っていても仕方がない。

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