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婚約破棄されましたが、おかげで聖女になりました  作者: 瀬崎由美


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第四十五話・ナタリー様

 以前に私達がお茶会をした中庭の四阿でアロン殿下とナタリー様はテーブルを挟んで向かい合っていた。

 ナタリー様は母親のサーパス夫人によく似ていて、とても小柄でぽっちゃりした方だ。身振り手振りで賑やかな公爵令嬢の話を、アロン様が時折頷き返しながら静かに聞いてあげているという感じだろうか。

 私達が庭へ出てきた時点でアロン様は気付いていたらしいが、ナタリー様の方はお喋りに夢中だったのかすぐ近くになって初めて慌てたように椅子から立ち上がる。


「ま、まあ、第三王子殿下っ! ごきげんよう」


 パトリック様とは顔見知りだったみたいだけれど、その隣にいる私に対しては「誰、この人?」とでもいうような顔になっている。もちろん、お互いに初対面だからそうなるのは無理もないとは思うけれど……


 ——第三王子殿下の婚約の話、聞いてないのかしら?


 パトリック様のエスコートを受けて歩いているのだから、察しの良い人なら気付くと思うのだが、ナタリー様はアロン殿下へ助け船を求めるように視線を泳がせていた。


「アロン殿下、先日は有意義なお時間をご一緒させていただき、ありがとうございました。サーパス公爵令嬢様、お初にお目にかかります、アイラ・ロックウェルと申します」


 夜会では直接お話する機会はなかったから、アロン殿下とは観劇の時以来だ。ナタリー様は私が先に名乗ると、ようやく思い出したとでもいうように笑顔になった。


「ああ、ロックウェル領というのは聞いたことがありますわ。かなり東の方の領地よね。そう確か、男爵領でしたわね。ロックウェル嬢はそんな遠いところからいらっしゃったのかしら?」


 アロン殿下に向かって「私、地理は結構得意ですの」と鼻を膨らませている。私の隣にいるパトリック様は呆れ笑いを浮かべていたが、アロン様は私達が四阿へ来た時からずっと王子スマイルを張り付けたまま表情が一切変わらない。

 ソフィア姫と一緒の時はあんなに表情豊かだったのに、まるで別人のようだ。


「ナタリー嬢、聖女様のことをご両親から何も聞いていないのかい? アイラ様は神殿に認められた今世の聖女で、パトリックの婚約者でもあるんだよ」


 アロン様がそう諭すように伝えると、ナタリー様はしばらくは理解できないとでもいうかのようにキョトン顔をしていた。

 そしてようやく状況を飲み込めたらしき後、顔色を真っ青に変えて慌てふためく。


「も、申し訳ございません……母から先日の夜会で聖女様とお会いした話を聞かされていたのに……」

「いえ、お気になさらないで」


 私自身が全然自覚なんてないのだから、不敬だと騒ぎ立てるつもりは全くない。

 私とパトリック様は新たに用意してもらった椅子に座って、アロン様達と同じテーブルにお邪魔する。

 席に着いてからパトリック様が自分の従者に目配せし、部屋から運んできたベリーパイを皿に移し替えて二人の前に差し出す。


「アイラが作って来てくれたんだ。甘さも控え目でとても美味しかったから、兄上にも是非と思って」

「まさか、アイラ様が手作りされたんですか?」

「はい。母から教えて貰った我が家のベリーパイのレシピです」


 アロン様も貴族令嬢は厨房には立たないと思い込んでいたようで、驚いた顔をしている。けれど、弟から差し出された物に警戒心はないのか、フォークを使って一口食べてから少しだけ目を細める。

 今日初めて兄王子の表情がまともに動くのを見た気がする。

 一方、ナタリー様は素人の手作り菓子に抵抗があるのか、ベリーパイを前に困惑の表情を見せていた。

 両親から大事に育てられたからか、顔を見るだけで何を考えているのかよく分かる令嬢だ。


「ナタリー様、苦手でしたら無理に召し上がろうとしなくて構いませんよ」

「え、えぇ……」


 私の言葉に露骨にホッとしたナタリー様は、アロン殿下の皿がすでに空になっているのを見て目を丸くしていた。

 王子殿下が召し上がった物を自分は残すなんてという使命感でも湧いたのか、恐る恐るという風にフォークを手に取る。そして、舌先に乗せるだけくらいの小さな欠片を口の中へ放り込んでから驚いたように小さく呟く。


「あ、美味しい」


 二口目は普通の一口大をフォークで刺して、味わうようにゆっくりと咀嚼していた。

 途中でお茶を飲みながら黙って食べ続ける公爵令嬢は、私と同じ歳にしてはちょっと幼いように感じる。宰相様も娘には激甘みたいだし、複雑な社交なんてまだ経験したことがないのかもしれない。


 ——アロン様の心がどこにあるかなんて、疑おうとも思わないないんでしょうね。


 親同士が決めた相手との婚約なんて、貴族では当たり前のこと。私だって最初の婚約者がそうだったから。

 きっとナタリー様は父親である宰相様が第二王子殿下との婚約を結んでくると信じ切っているんだ。だからこんな風に無邪気で、アロン様の顔にずっと張り付いたままの王子スマイルの意味を気にしようともしない。


 互いに呆れ顔をしながら目を合わせる私とパトリック様。

 ナタリー様が一方的にお喋りしているのをアロン様が作り笑顔で定型の相槌を打っている状況は、見ているだけでこちらまでげっそりと疲れてくる。

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