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婚約破棄されましたが、おかげで聖女になりました  作者: 瀬崎由美


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第四十四話・王宮への引っ越し

 引っ越して来たばかりの部屋の中を黒猫はいつも通りに匂いを嗅いで確かめ回っていた。気の済むまで点検した後、天蓋付きのベッドの上へ飛び乗って、そのど真ん中で毛繕いを始める。神殿からヴァルツの寝床用の篭を持って来てあるが全く使う気はないらしい。


 私も侍女達の作業の邪魔にならないよう机の引き出しに小物をしまい込んだりと、細々とした片付けをしていた。メイル達は私がそんな雑務をするのを驚いていたみたいだったが、ナナが当たり前のように「アイラ様、これもお願いしますね」と私のことを顎で使っているのを目撃して何となく察してくれたみたいだ。ロックウェル家ではできることは自分でするのが当たり前。


 手際よく片付けを終えるとパトリック様との約束の時刻になっていて、慌てて髪を結い直して貰ってからベリーパイを切り分けてお皿へと盛り付ける。本当は上にたっぷりのクリームを乗せたいところだけれど、殿下は甘い物が得意じゃないみたいだからそのままで。


 扉が叩かれる音がして、一番近くにいたナナが対応に向かう。木製扉が開かれた瞬間、ぶわっと甘いフローラルな香りが部屋中に舞い込む。驚いて振り向いた私の眼に飛び込んで来たのは、上着なしのラフなシャツ姿のパトリック様が一抱えある花束を手にしている光景。第一ボタンを外し着崩しているはずなのになぜか絵になるのはその体躯の良さのせいか。殿下は傍にいた侍女にその花束を渡して、すぐ活けるようにと指示を出していた。


「来る途中、庭師が追い掛けてきて無理矢理持たされた……」


 私の登城に花の準備が間に合わなかったらしいと、入り口近くに置いてある花瓶を指し示す。何も活けられてないから観賞用の壺なのかと思っていたが、やっぱり花瓶として使う物だったらしい。私はあまりにもおかしくて「ふふふ」と声を出して笑った。


「殿下でも使いパシリされることがあるんですね」

「まあ、庭師のレビンは幼い頃の遊び相手でもあったからな」


 ポリポリと鼻の頭を掻きながら、パトリック様が気マズそうに言い訳する。殿下の幼少の頃の悪ガキぶりは国中に広まっているから私もいくつか聞いたことがあり、それを思い出してまた声を出して笑えば、パトリック様は少し拗ねたように口を尖らせていた。そんな王子の機嫌を宥めようと、私は手を叩いて少しはしゃぎながら報告する。オーバー過ぎる仕草なのは照れ隠しも勿論あった。


「そうだ! こないだお約束していたパイを朝から焼いてきたんですよ」

「ベリーのパイだったか?」

「ええ、さっき切り分けたところなんですが、もうすっかり冷めてしまっていて……」


 本当は焼き立てのサクサクを食べて欲しかったけれど、さすがに距離もあるから無理だった。私達がソファーに向かい合って座ると、ナナが淹れたてのお茶とお皿に取り分けたパイを運んできてくれる。お茶は森の神殿で殿下が気に入ってお代わりしていた物と同じ茶葉だと説明されて、パトリック様は目に見えて嬉しそうに笑顔を見せていた。


 毒見も兼ねて私が先に口をするつもりだったのに、パトリック様は何の躊躇いも見せずに皿に手を伸ばし、フォークでパイを突き刺す。部屋の隅にいた殿下の従者が「ええっ⁉」と短い声を上げる前に、一口大に切り分けたパイ生地を口へ放り込でいた。私はせめてお茶の方だけでもとティーカップを取りその安全を確かめてみせたが、いつも殿下に付いている彼の顔色は真っ青なままだ。殿下の付き人は気苦労が多そうで同情してしまう。後から遅れて私も今日のパイの出来を確かめる。うん、母の味まではいかないけれど、それなりには再現できている。


 パトリック様は一度もフォークを止めることなく皿の上のパイを全て食べた後、お茶で口の中を潤していた。あえて何も言われなくても、甘い物が苦手だという殿下が全部食べ切ってくれたことに私は頬を綻ばせる。もし満足してもらえなかったとしても、残さず口にしてくれたのは彼の優しさだと分かるから。そう思っていたら、パトリック様は少し首を捻って何かを考えた後に、私へと向かって悪戯っぽい顔をしてみせる。


「今、兄上のところに宰相の娘が訪ねてきてるみたいなんだが、これを持って邪魔してやるのも面白そうじゃないか?」

「へっ、アロン殿下のところへですか⁉」

「うん、手土産の口実があれば乱入しやすい」


 サーパス宰相の娘というと、確かナタリー様だ。まだ会ったことはないけれど、私とは同い年だったはず。未婚のご令嬢が第二王子殿下に会いに来ているなんて、目的は一つしかない。アロン殿下が宰相の娘と婚姻を結ぶとなると、サーパス公爵はさらに面倒な存在になってしまう。弟王子は兄の政略結婚を阻止しようと、私に向かって悪い顔で誘いかけてくる。


「アイラも宰相夫人から言われてただろ、娘と仲良くしてやってくれって」

「ま、まぁ、そうですけど……」


 私はパトリック様の悪巧みに乗るべく、侍女達に向かって切り分けたパイを手土産用に包むよう指示を出した。私だって、ソフィア姫とアロン殿下の恋は全力で応援したいと思ってる。だからナタリー様には早急にご退場願いたいのだ。


「まだアロン殿下にも引っ越しの挨拶させていただいておりませんものね」

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