第四十三話・婚約発表
夜会の盛り上がりが少しばかり落ち着いてきた頃、大広間の前方に作られた檀上に国王陛下が立たれた。そして、第三王子殿下と私のことを呼び寄せ、この場にいる皆に注目させてから声高に言い放つ。
「ここにいる第三王子パトリックと、聖女であるアイラ・ロックウェルが正式に婚約したことを報告する」
どよめきと喝采、拍手の波が大広間の中を襲う。陛下の言葉を聞くまでは半信半疑でいた者がかなり多かったようなのは、神殿が私の婚約を認めるわけがないと考えていた人が一定数いたのだろう。
視線を落として周囲からの祝福の声を静かに聞きながら、私は隣に立つパトリック様のことをそっと見上げる。殿下はすぐに私からの目線に気付き、ふっと顔を綻ばせて見せた。その優しい笑みが作り物でないことくらい私でも分かる。王子スマイルの時はもっと完璧に整っていて、そんな風に目尻に皺なんて刻まないから。
殿下の微笑みにどう返していいかが分からず、私はパトリック様から目を逸らす。でも、彼の腕に添えている手にキュッと力を入れてみせる。それで私の困惑が伝わったのかは不明だったが、殿下が小さく声を出して笑ったのが隣にいる私の耳にはしっかりと届いた。
私達の婚約の噂はあっという間に王国中に広まったようだった。聖女と聖獣の顕現に引き続いての報告に、少し落ち着いてきたと思っていた参拝数や寄付金がまた増え始めたらしく司教様はとても複雑な顔をされていた。
「神殿にとって聖女様を手放すことになりますし、素直に祝福は出来ないのですがね……」
「まあ、お祝い事には違いありませんし」
ケイネル神官に宥められて、司教様は薄笑いを浮かべていた。実際のところ、一部の信者からは王家の神殿への干渉を心配する声も上がっているようで、全てが良い反応というわけでもなさそうだ。それはまあ、とっくに想定内のことで特に問題視されてはいないようだったけれど。
「ただ王家に対して条件は出させていただきました。それはアイラ様にもしっかりお心づもりいただきたい」
「その条件とはどういったものでしょうか?」
司教様の執務室のソファーで今後のことを話し合うために向かい合っていた私の前へ、ケイネル神官が淹れたてのお茶を運んできてくれる。神殿では珍しくお茶菓子まで用意してくれたのはナナには内緒にしておこう。
私からの問い返しに、司教様は神妙な表情を作って静かな口調で語り掛ける。
「聖女様に求められているのは世界樹への真摯な祈りです。それはどこへ嫁がれようとも変わりません。ですので、王家へは城内に簡易神殿の建設を願いました。お忙しくなるかと思いますが、アイラ様も出来得る限りにそちらへお立ち寄りいただき、聖女としての本分をお忘れになりませぬよう」
「かしこまりました。その神殿へはどなたか神官様が?」
「ええ、必ず誰かは常駐するようにいたします。ですから、ご安心下さい」
王城の中の神殿は私にとって心の拠り所になるはずだ。男爵令嬢として育った私には慣れない社交で追い詰められることもあるだろう。そういった際に逃げ込める場所を司教様は提案してくださったのだ。『神殿は聖女様が心穏やかにお過ごしいただけるよう、尽力いたします』と私に言ってくれたのは確か森の神官医だっただろうか。その時の言葉通りに神殿は私の為にと動いてくれている。
司教様へ感謝の言葉を伝えてから、私は目の前のドライフルーツ入りマフィンへと遠慮なく手を伸ばした。
ナナと二人分の荷物を乗せた馬車が城門を通過したのはそれから半月も経たない内だ。到着したのは昼を大きく回った後だったのは、私が朝から神殿の厨房を借りて作業していたせいだ。まだ温かいベリーパイの入った篭を膝の上へ乗せて、私は馬車の窓の外の城下の景色を眺めていた。
「お茶の時間には間に合いそうですね」
「神殿の窯があんな旧式だとは思わなかったわ……料理長に手伝ってもらえなかったら、生焼きか大焦げで大失敗するところよ」
生家の厨房とは勝手が違い過ぎる神殿の厨房に、私はパイを焼くことも一人ではままならなかった。まず窯の蓋の開け方すら分からず、温度調整なんてもっての外で、休憩に入ろうとしていた料理長を引き留めて手伝ってもらう始末。
予定外の疲労感を抱えながら馬車を降り、私達はこれからしばらく住むことになる離宮の中へと案内された。離宮はアロン様とパトリック様の住まいでもあるらしいから、これからはお二人と顔を合わせる機会は頻繁にありそうだ。かくゆう今日は後でパトリック様が部屋を訪ねてくるという約束をしている。
案内してもらったのは日当たりの良さそうな明るい部屋で、新しく新調されたばかりの調度品。王子妃候補がここを使うのは王妃様の時以来だというのを聞いて身震いした。だって王妃様は公爵家の出身で正真正銘の上位貴族令嬢だったのだ。男爵令嬢の私が同じ部屋を使うなんて恐れ多いにも程がある。
私の部屋の両隣は第一王子と第二王子の妃となる方の為に用意されていると聞いた。今はまだ空き部屋だけれど、その内に誰かしらが引っ越してくるのだろうが今は人影もなくてちょっと寂しい。
「さあ、王子殿下が訪ねていらっしゃる前に片付けてしまいましょう!」
ナナが王宮付きの侍女に向かい張り切って声を掛け、さっそく荷解きを始めている。
王宮での生活の為に私専属で付けてもらった侍女は、夜会の際にも手伝ってくれたあの二人だった。ナナと同じで私より一つ年上だったらしく、メイルとスージーと名乗った。夜会後、聖女である私の専属になりたいと二人は自ら希望してくれたみたいだった。




