ep.9 どうやって君を養子にしようか?
◇◇◇
「こういう事情なんだよ。いや、焦ったね。君を刺した刃は強力な呪物だったからさ。呪術解除をしないと、血が止まらないんだよ。そういうわけでさ、俺は命の恩人。恩返しで伯爵になってよ」
「はっ? 待ってくれ! その話を信じろっていうのか!?」
「うん。さあ、後は書類にサインするだけで終わりだよ。今日からよろしく。俺の娘」
「おいこら。私は承諾してない! 勝手に決めんな! 理解が追いつかないっつーの!」
「君に選択肢はないよ?」
ファブト伯爵は冷たい笑みを浮かべた。
「君は一カ月眠っていたんだ。その間に、枢機卿選挙は終了。教皇の長男が枢機卿になった。人間界に帰ったら、また命を狙われるよ? しかも今度は、枢機卿様が敵だよ?」
「だったら、帝国を去る。素性を隠して、別の国の神殿で神官になって、枢機卿になってやる!」
「無理でしょ。その美貌で身元ばれするよ?」
「外見は神聖力で変えられるだろ!」
「でも、声は変えられないよ? しかも、変化の魔法は水に濡れると解けるよ? 神官の入浴には側仕えが何人もつく。身バレ確定じゃん。君、有名人でしょ?」
「助けてくれたことは感謝するがな! 私は枢機卿になりたいんだ! やるなら高みを目指したい! だれが魔界で意味不明な伯爵になるか!」
私が声を荒げると、ファブトはにやりと笑った。
「君、優秀すぎて他の神官から嫉妬されて嫌がらせを受けてるんだって? そんな神殿、捨てちゃいなよ。枢機卿の肩書じゃなくて、伯爵になろうよ。十分高みだよ? 枢機卿が厳しいなら、貴族になろ?」
「はあ!? 私は神官の仕事が好きなんだよ」
「あー。民の病を治療する仕事? なら、デュッカート伯爵家でもできるよ。デュッカートの当主は毎月一回、奉仕活動をしてるんだ。病院に行って、入院患者を治療してるの。どう? 魅力的でしょ?」
「いやだね! お前は胡散臭い」
「俺が?」
「そうだ! お前は呪術解除をしたって言ったな?」
「うん」
「呪術解除はな、呪術師にしかできないんだよ! お前、呪術師なのか? 神聖力が使えるってのは本当なのか?」
私がファブトを睨むと、彼は冷酷な微笑を浮かべた。
「ああ。俺は神聖力が使えるけどね。呪術も使えるんだよ。ていうか、デュッカート伯爵家の当主は代々呪術師なの。それで成り上がったからさ」
「はあ!?」
「ほら、神聖力って、呪術に応用できるでしょ? だから、代々のデュッカート伯爵は竜王の政敵を呪術で排除してきた。もちろん、貴族たちからの私的な呪詛依頼も承るよ。皆、呪われたくないじゃない? だから、デュッカート家には完全服従だよ。呪いの伯爵家とか呼ばれてる」
「誰がそんな怪しい伯爵家の養子になるか!」
私は枕を投げつけた。だが、ファブトはさっと避けた。
枕が床に落ちる鈍い音だけが聞こえた。
「いやいや。神聖力の慈善活動で、デュッカートは民から信仰を集めてるよ。デュッカートは平民は呪詛しないからね」
「意味分かんねーよ! 私を人間界に返せ!」
「無理。帰れないよ。人間界へのゲートは魔族にしか開けられないし」
「お前は私を監禁するつもりか!?」
「人間界に行ったら殺されるよ? 俺は君を守ってるだけさ。それに、あと半年は安静にしないとだめだよ。君はここで暮らすしかないよ」
状況を理解した私は青くなった。しかし、ファブトは笑顔で続けた。
「衣食住は保障するよ。それに、欲しいものは何でも揃えてあげる。我が家は財力があるからね。養子になったら、財産使い放題だよ?」
◇◇◇
その日から、デュッカート邸での療養生活が始まった。
人間界に帰ることもできない上に、安静が必要なのだ。世話になるしかなかった。
デュッカートの侍女たちは、甲斐甲斐しく私の世話を焼いた。
「今日は薔薇風呂をご用意しましたわ」
「髪のお手入れをいたしましょう。最高級の椿油をご用意しました」
「ずっとベッドでは退屈でしょう? 本をお持ちしましたわ」
最初は警戒していたが、あまりの快適さに、私は肩の力が抜けてしまった。
ファブトは毎日のように私に会いに来た。
「退屈してない? 何か欲しいものはない? あっ! 呪術を教えてあげようか?」
「結構だ。部屋から出て行ってくれ!」
「無理だよ。俺はこの家の主なんだ。この家のどこにいようが俺の自由さ」
ファブトは部屋に来るとなかなか出ていかないので、私は彼と長時間話すようになった。
そんな日々を過ごし、二週間が経った頃、私はふと思った。
――魔界の飯は美味すぎるな……。
そのとき、私は粥を食べていた。ただの卵粥なのに、異様に美味い。しかも、卵がふわふわで甘い。
「もう一杯くれないか?」
侍女に頼むと、すぐにおかわりを持ってきてくれた。
卵粥が気に入った私は、五杯も平らげてしまった。
その晩、ファブトは上機嫌で私の部屋を訪ねて来た。
「ヌレンナ! 卵粥が気に入ったって本当? 明日のご飯も卵料理にしてあげるよ」
「え? ああ。ありがとう」
次の日は、オムレツや玉子焼きが食卓に並んだ。
――美味いな……。
もぐもぐしながら、私は魔界の料理の素晴らしさに、素直に感心していた。
体調が良かったので、その日もおかわりをした。
私は単純に、魔界の料理が気に入っただけだった。だが、ファブトはめざとかった。
三日後、竜の国で五本の指に入る腕の良いシェフがデュッカート邸に来たのだ。
「今日からヌレンナ様の専属シェフになります。ハド=レレンと申します。よろしくお願いします」
シェフに挨拶されて、ぎょっとした。私はすぐにファブトに聞いた。
「おい。有名シェフがなんで私専属なんだ?」
ファブトは上機嫌で答えた。
「ん? ヌレンナに喜んで欲しかったからさ。移籍金を払って、レストランから我が家に来てもらったんだよ」
「まじかよ……。豪快な金の使い方だな」
私は気づかなかった。ファブトの瞳が妖しく光っていたことに。
◇◇◇
ハド=レレンが来てから、食事の時間が楽しみになった。
彼の作る料理は、絶品だったのだ。食材の盛り付けも、遊び心に溢れていた。
「レレンの食事は最高だ! おいしいよ!」
私がそう言うと、レレンは心から嬉しそうに笑った。
「お嬢様は食べることがお好きなんですね」
「ああ! 私は食べることが大好きだ! 特に、カレーが好きだ。スパイスが好きなんだよ」
「そうなんですね。では、明日からはスパイスが効いた料理を多めにしましょう」
レレンは私の好みに合わせて献立を作ってくれた。
やがて、五ヶ月が経った。
その日、ファブトは勝ち誇ったように笑って私に言った。
「どうする? 殺されるリスクがあるのに人間界に帰るかい? 帰ったら、二度とレレンの料理が食べられないよ? 魔界の料理はおいしいでしょ? 人間界の食材とは比べものにならないよ?」
私は言葉に詰まった。
――くそっ! 全部ファブトの策略だったのか!
悔しかったが、私はレレンの料理と魔界の食材の虜になっていた。
私は、食欲に陥落した。




