ep.6 王をこれ以上ないほど喜ばせろ
「悪魔王と人魚王は、シェラ姫がどうするか興味津々だった」
「まじかよ……。シェラ姫はどうしたんだ?」
◇◇◇
「シェラ。この険悪な空気をどうにかしてくれ。できれば和ませろ」
お父さまったら、無茶振りね……。私を試そうとしてるのかしら。
父――妖精王がそう言ったときだった。
悪魔王と人魚王が面白そうに目を光らせて私を見た。
周囲の臣下たちはざわついていた。
「そんなこと可能なのか?」
「失敗したらどうするんだ?」
「ここには悪魔と人魚の要人しかいないんだぞ。しくじったら、妖精の国の威厳まで落ちるぞ」
妖精の臣下たちすら、不安気な眼差しで私を見つめた。
私は敏腕外交官のアラレア公爵をちらりと見た。
彼だけは穏やかに微笑んでいた。まるで、私を信じているとでも言いたげに。
私は、全員に微笑んだ。
「分かりました。空気を変えてみせます」
全員が驚いた顔をして、何人かが息を呑んだ。
父だけが、口角を上げた。
「実は私、父上に呼ばれてこの会談室に入った瞬間、どんな富豪でも決して買うことのできない宝ものを見つけてしまいました」
「は?」
「なんだそれは?」
悪魔王と人魚王が怪訝な顔をしたが、気にせずに、私はそのまま続けた。
「ですが、特別な理由により、私はそれを隠してしまいました。その宝ものを皆さんが見れば、この場の空気は変わります。
ですが宝探しには、父上と悪魔王様と人魚王様の協力が必要です。私一人ではこの宝ものをお見せできないのです。いかがですか?
世界一の富豪でも買えない、素敵な宝ものを見てみませんか?」
「気になりますね」
そう言うと、人魚王はわずかに身を乗り出した。悪魔王はじっと私を見つめた。
臣下たちは、固唾を呑んでいた。
父は不思議そうな顔をしていた。
私が何をしようとしているのか、予想できないのだろう。
――よし。興味を引きつけることには成功したわ!
「実はその宝ものは、魔法を使うと水面に映るのです」
「意味わかんねぇ。水面に映るのか?」
人魚王は首を傾げた。そして、悪魔王を見た。
二人は目を見合わせると、同時に言った。
「謎だ」
――でしょうね。
心の中でほくそ笑むと、私は妖精の臣下の一人を優雅に指差した。
「だから、大きめの水槽を三つ用意して、半分くらい水を入れてください。あなた、今から水槽を持ってきなさい」
指を差された臣下はぎょっとした顔をした。しかし、すぐに退出して、五分もしないで会談室に戻ってきた。その両腕には、重ねた三つの水槽と、水瓶があった。
臣下が水槽に水を入れ終わると、私は王たちに言った。
「では、父上と悪魔王様と人魚王様で、手を重ねて、手を重ねたまま水槽の中に入れてください。そして三人が魔法を使い、協力して、今から言う状態に水を作り変えてください」
三人の王は、目を見合わせた。直後、怪訝な顔をしながら席から立ち上がった。
好奇心が勝ったのだろう。
妖精王と悪魔王と人魚王は、言われた通りに手を重ね、水槽の中に入れた。
――よし! 接触は心理的にも大事よ! それに、同じ目的のために協力させれば、ちょびっとだけ親近感はアップだわ。
「ありがとうございます。では、一つ目の水槽は虹色の水に、二つ目の水槽は淡く優しく輝く水に、三つ目の水槽は、星が輝く夜空の様な水にしてください」
悪魔王が思わず眉をひそめた。
「は? なんでだ? ……まあいい。魔法で変えてやろう」
妖精王と悪魔王と人魚王は、声を揃えて詠唱を始めた。すると、水槽の水はゆっくりと色を変え始めた。
赤、青、緑……。様々な色がマーブル模様のように混ざり合い、やがて虹色の水へと変色した。
「では次は、二つ目の水槽に、重ねて手を入れてください。淡く優しく輝く水にしてくださいね」
三人は、言われた通りに水槽に手を入れた。そして、声を揃えて詠唱した。
水槽の水はすぐに、淡く白い光を放つ半透明な水へと変色した。
臣下たちは、じっとその様子を見つめていた。
――美しいわね。
私は思わず、その輝きに見惚れそうになった。しかし、すぐに気を引きしめた。
「では最後です。三つ目の水槽を星空のようにしてくださいませ」
三人は水槽から手を引き抜くと、三つ目の水槽に手を入れた。
彼らが詠唱すると、水は天の川のようなきらめきを放ち、無数の銀の塵のようなものが水中に現れた。
三人は手を引き抜くと、私をじっと見つめた。
私は、父と悪魔王と人魚王に微笑んだ。そして、口を開いた。
「ありがとうございます。水面に、素晴らしい宝が見えましたね。実は、世界一の富豪でも買えない宝とは"例え先程まで気まずかろうと、同じ目的のためなら三王は即協力できる"という事実です」
悪魔王が思わず体を後ろに引いた。そして感嘆の声を上げた。
「これが宝か。上手すぎる」
妖精王と人魚王も目を見開いた。臣下たちは息を呑んだ。
私は腕を広げ、全員に花のような笑みを向けた。
「水槽の中を見てください。三王で協力すれば、これほど美しい色や輝きすら生み出せる。三王国間には、まだまだ無限の可能性がありますね」
◇◇◇
「はあー!? めちゃくちゃ良い! 外交的だ!」
私はここがレストランであることも忘れて、大声を上げた。ここが個室でなかったら、大迷惑だった。
「これは凄い。敵対してる王を協力させて、未来の可能性まで示すとは。目の前に美しい水があれば、"その可能性はない"だなんて言えないな」
オリーヴァ侯爵がそう言って感嘆のため息をつくと、アラレア公爵は誇らしそうに笑った。
「流石は我らのシェラ姫。当然、その場の全員は感心した。険悪な空気の緩和は成功。しかも、シェラ姫は、悪魔王と人魚王を庭園に連れ出して、お喋りしたんだよ」
――まじで!?
「外の新鮮な空気や花の香りで、気分をリフレッシュさせようとしたんだって。ついでに、妖精の国の素晴らしい庭園をお披露目できるから一石二鳥。シェラ姫は巧みな話術で、二人を和ませたみたいだよ」
「シェラ姫、凄すぎるだろ!? それで十八歳なのか!? 私より年下か!?」
「二歳しか変わんないよ」
アラレア公爵は吹き出したが、私は笑えなかった。
――今後の活躍がますます期待できるな。末恐ろしいよ。
「ところで、アラレア公爵は先日、素晴らしい贈り物をされたとか。その話も聞きたいな」
オリーヴァ侯爵が話題を変えると、アラレア公爵は嬉しそうに笑った。
「いやー。吸血鬼王からの難問はね。頭を捻る必要があったよ」
◇◇◇
妖精王と吸血鬼王は仲良しだ。
先日、妖精王が吸血鬼王を王城に招き、二人は仲良く食事会をした。
食事会が終わると、妖精王は吸血鬼王に言ったのだ。
「俺が重用している臣下に、何か面白い問題を出してみてくれ」
吸血鬼王は少し考えた後、妖精王の側に控えていた僕にこう言った。
「明日の朝までに、妖精王をこれ以上ないほど喜ばせる贈り物を持ってこい。ただし、形がないものであることが条件だ」
「形がない物とはなんですか?」
僕が尋ねると、吸血鬼王は楽しそうに笑って言った。
「形がないものとは、音曲や権利、あるいは言葉などだ」
――なるほどね。さて、妖精王に何を贈ろうか。……ていうか、明日の朝までとか、準備期間短すぎるだろ!
僕は心の中で突っ込んだ。




