ep.5 恋敵は外交官、主役は外交官様なお姫様
「何をしに行くんだ?」
竜王が私に聞いた。私は自信に満ちた微笑を浮かべると答えた。
「食堂には銀食器があります。当然、銀のスプーンやフォークも。私は、ひとまず銀のスプーンを三本取りに行きます。この広間に戻ってきたら、スプーンをそれぞれ毒杯に入れるのです。銀は毒で変色する。毒味役を使わなくても、確実に毒杯が分かりますよ」
「何だって!?」
竜王は驚いて大声を出した。
私は、にやりと笑った。
「竜王様は『道具を使ってはいけない』なんて一言も言っていません。しかも、三十分という時間があるではありませんか。二十分あれば、ここから食堂まで往復できます。道具を取りに行く猶予を頂いてるとしか思えません」
「アハハハハハハッ。流石はデュッカート伯爵だ! 発想が面白い!」
竜王は楽しそうに笑った。臣下たちは呆気にとられた顔をしていた。
オリーヴァ侯爵と宰相だけは、楽しそうに笑っていた。
「言葉の隙を突く巧みさも、臣下には必要です。いかがでしょう。私も、諫言を聞くに値する素質があるのでは?」
私がそう言って一礼すると、竜王は可笑しそうに笑った。すると、宰相が右手を挙げた。
「竜王様。私にも考えがあります」
「ほう? なんだ? 言ってみろ」
「私なら、三杯全部飲み込んで、即吐き出します」
「はあ!?」
竜王は軽く仰け反った。
――宰相!? 何言ってんだよ。
私が心の中で突っ込むと、オリーヴァ侯爵が宰相に聞いた。
「アーリスト宰相。吐き出す前に、即効性毒が効いてしまうのでは?」
宰相はふっと笑った。
「即効性毒が効く前に吐き出しますよ。防御魔法を応用すれば可能です」
宰相は竜王に向き直ると、冷たい笑みを浮かべて言った。
「諫言をしただけで殺すなど、理不尽すぎます」
――やっぱり宰相もそう思ってたのかよ。
「竜王様の理不尽など聞かないと、全身で証明してやりますよ」
竜王は可笑しそうに笑った。
「流石宰相。稀代の魔法の操り手だけある。即効性毒が効く前に吐き出すなんて、普通はできないよ。解き方がぶっとんでるな」
――全身で理不尽を拒否か。なかなかかっこいいな。
◇◇◇
その後、毒杯問題は大いに盛り上がった。
そして、毒杯問題が落ち着いた頃、私たち臣下と竜王は、精霊の国以外の問題についても議論した後、解散した。
広間を出て回廊を歩いていると、オリーヴァ侯爵が駆けてきて私に話しかけた。
「デュッカート伯爵! 銀のスプーンを使う発想はなかなか見事だったな」
「ありがと。やっぱり、魔界の銀は最高だよ。人間界の銀では変色しない毒でも変色するからな。ところで、オリーヴァ侯爵の解答もかっこよかったぞ。杯をぶちまけたシーンはなかなか絵になるな」
「俺に惚れ直したか?」
オリーヴァ侯爵は熱を孕んだ瞳で私を見た。だが、私は笑い飛ばした。
「惚れてないっつーの」
オリーヴァ侯爵はため息をついた。
「はあ。いつになったら求婚の申し出を受けてもらえるのかな?」
「最低でも三年後かな。デュッカート伯爵家の後継者が必要だから、私もいつかは結婚しなきゃだしな。だがな、私はまだ二十歳だぞ? まだ結婚は早すぎるな。結婚なんてめんどくさいし」
「やれやれ。人間界には婚期という概念があるとか。俺とあなたが人間だったら結婚してもらえたのかな?」
「私は人間だがな。ここは魔界さ。その想定はあり得ないな」
「はあ……。まさか俺が振られるとはね。これでも侯爵なんだよ?」
「残念でした。私は美貌の女伯爵だ。相手選びには困ってないのでね」
私はかろやかに笑った。すると、オリーヴァ侯爵は頭を押さえて言った。
「自分で言うか? だが、事実すぎて反論できん……」
オリーヴァ侯爵がそう言ったときだった。
「えー。オリーヴァ侯爵、また振られたの? なら、僕と結婚しない? デュッカート伯爵」
背後から、明るい声が聞こえてきて、私たちは振り返った。
そこには、赤銅色に輝く髪とセピア色の瞳を持つ美男が立っていた。
「なんだ。アラレア公爵か。突然現れてびっくりしたよ。帰国したんだな。ところで、私はまだ誰とも結婚する気はないよ」
私は淡々と答えた。隣で、オリーヴァ侯爵は少しだけ不愉快そうに顔をしかめていた。
アラレア公爵は私たちの反応を楽しそうに一瞥すると口を開いた。
「超突然だけどさ、これから三人で、食事に行こうよ。僕はこれから竜王様に報告書を渡しに行くとこだからさ。ちょっと待ってて」
「ほう。それは良い。アラレア公爵は妖精の国から帰ってきたばかりだろ? 今回の外交の話を、あなたの口から詳しく聞かせてくれよ」
私がそう言うと、アラレア公爵は嬉しそうに笑った。
オリーヴァ侯爵は瞳を光らせた。
「良いね。アラレア公爵は優秀な外交官だ。今回は会談で、妖精の姫が大活躍したとか。色々聞きたいな」
「オリーヴァ侯爵ってば、僕のことをライバル視してるのに、切り替えが早いよ。そういうとこ、好きだよ」
「……俺は男に告白される趣味はないよ」
オリーヴァ侯爵が顔をしかめると、私とアラレア公爵は思わず吹き出してしまった。
◇◇◇
アラレア公爵は特殊な男だ。
彼は妖精と竜の混血であり、妖精の国のソルティア公爵家と竜の国のアラレア公爵家の混血なのだ。そして、両公爵家の公爵を兼任している。
彼は普段は妖精王に仕えていて、妖精の国で暮らしているが、頻繁に竜の国にも帰国する。そして、竜王に色々と報告する。さらに、妖精の国に帰国すると、妖精王にも色々報告する。
つまりアラレア公爵は、竜王と妖精王に仕える臣下であり、本職が外交官なのだ。
◇◇◇
私とオリーヴァ侯爵とアラレア公爵は、王都のレストランで美食に舌鼓を打った。
そして、メインが運ばれてくると同時に、オリーヴァ侯爵がアラレア公爵に聞いた。
「それで、妖精の姫が大活躍した話をそろそろ聞きたいね」
「そうだ。シェラ姫は特殊な姫だ。"お姫様は外交官様"とか言われてるくらいだからな。今回の会談では、何をしたのやら……」
私とオリーヴァ侯爵が身を乗り出すと、アラレア公爵は楽しそうに笑った。
「今回の会談は最悪だったよ。だって、妖精の国と悪魔の国と人魚の国の会談だよ? この三カ国、超仲悪いじゃん? 僕は会談に出席したけど、まじ最悪」
――だろうな。想像するだけでやばそうだ。
「揉めに揉めた激論の末に、やっと国同士の取り決めが決まったんだけどね。皆疲れ切って、会談室の空気は最悪。そしたら、妖精王が愛娘のシェラ姫を会談室に呼んだんだよ」
「ほう。それで?」
「妖精王はシェラ姫に言ったんだ。『この険悪な空気をどうにかしてくれ。できれば和ませろ』」
――は? 無理だろ……。




