ep.4 才覚バトル、開幕
「面白い。やってみろ」
竜王がそう言うと、オリーヴァ侯爵は笑顔で頷いた。そして、赤杯を手に取った。
――赤い液体を飲むのか!? 毒味なしで!? 毒ならどうすんだよ。
私がぎょっとした瞬間だった。
オリーヴァ侯爵は杯を勢いよくひっくり返しし、中身を床にぶちまけたのだ。
――はあー!?
臣下たちがどよめいた。竜王も驚いた顔をした。
オリーヴァ侯爵は空の杯を盆に戻すと、青杯、黃杯も床にぶちまけた。しかも、三杯の空の杯を床に投げ捨てたのだ。
――カラン……。
私たちが息を呑む中で、杯が床に転がる音だけが響いた。
オリーヴァ侯爵は跪くと、竜王を見上げて微笑んだ。
「床に中身を全部こぼしてしまったので、俺は中身を飲み干すことができません」
――はあ? そんなのありかよ……。
「王は死をもって償えと仰せですが。償うなら、俺は生涯をもって王に忠義を尽くしたい!」
オリーヴァ侯爵の朗々とした声が広間に響き渡った。
私は息を呑んだ。
「死は一瞬ですが、生は永遠。時間があれば、お怒りを買った失態は挽回できる。
より竜王様に尽くすことができます。俺は死ではなく、あなたに生きて仕えたい。だから毒杯を飲みたくありません。
竜王様は、どんな手段を用いても毒杯を飲まずに済んだら、私を許すと承諾してくださいました。手段とは、そもそもどの杯にも口をつけず、飲めない状況をつくることです。
床に流れた毒杯と同様に、どうかお怒りも、水に流していただきたい。今後はより忠誠を尽くして、お仕えいたします。そして、俺の機転を評価して頂きたい」
――オリーヴァ侯爵、上手すぎるな。
私は素直に感心した。拍手をしたくなった。
「いかがでしょう? 俺は諫言を聞くだけの忠臣に値するのでは?」
オリーヴァ侯爵は、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「アハハハハハハッ」
竜王の軽やかな笑い声が広間に響き渡った。
「俺から言質を取り、機転で死の危険を乗り切り、危機を忠誠の証明にしたか。流石はオリーヴァ侯爵だ! 実はな、毒杯と言うのは嘘だ」
「は?」
私とオリーヴァ侯爵と臣下たちの声が、ぴたりと重なった。
竜王と宰相だけが、クスリと笑った。
「三杯とも、全部着色した水だ! 俺はな、オリーヴァ侯爵の才覚と機転を試したかったんだ。死の恐怖を前にビビる腰抜けの諫言なら、聞く価値ないからな」
――まじかよ……。
私は呆気にとられた。だが、竜王は楽しそうな表情から一転、急に表情を引き締めた。
「それに、不興を買ったくらいで有能な臣下を殺すわけないだろ? 王には、勇気を出して痛いことを言ってくれる臣下が必要だ。オリーヴァ侯爵のような、機転と才覚と忠誠に満ちた臣下を持てて嬉しいよ。お前の諫言を聞くとしよう」
「ありがとうございます! 竜王様!」
オリーヴァ侯爵は立ち上がると、嬉しそうに笑った。
――竜王……。紛らわしいことしやがって。オリーヴァ侯爵を試そうとしたのか。だが、オリーヴァ侯爵の諫言を素直に聞くより、この展開の方が王の器を示せるな。……一芝居打ったか。
私は心の中で、オリーヴァ侯爵と竜王に拍手を送った。
すると、宰相が穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「臣下は国王自身を映す鏡だと言われます。オリーヴァ侯爵を見ていると、竜王様が賢君な理由が分かりますね。」
――おい宰相。ついさっきまで竜王は暴君だったぞ。
私の突っ込みなど知る由もない竜王は、楽しそうに笑った。
広間の緊張が、ようやく和むのが分かった。
すると、竜王が私たちに聞いた。
「お前たちなら、どうやって解く? 解答に自信がある者は挙手しろ」
臣下たちが一気にざわついた。
「この難題を解くだと?」
「普通に解いたら、毒杯に当たって終わりだ……」
「あれほど鮮やかなオリーヴァ侯爵の後に、自分の解答なんて言えるわけない」
――ったく。竜王め。オリーヴァ侯爵以外も試す気か。
私はすっと右手を挙げた。その途端、臣下たちがどよめいた。
「デュッカート伯爵だぞ!」
「自信があるのか……?」
臣下たちの声が聞こえたが、私は気にしないで竜王に言った。
「私が解答いたします」
竜王は面白そうに口角を上げた。
「ほう。言ってみろ」
「では申し上げます。問題の制限時間は三十分でしたよね? まず私は、食堂に猛ダッシュします」
「はあ?」
竜王も臣下も素っ頓狂な声を上げた。
「なんのために?」
とオリーヴァ侯爵が怪訝な顔で呟く声が聞こえた。




