ep.2 精霊の国? 乗っ取らせてもらうよ
宣言するなり、私は足元を中心に半径三十センチの魔法陣を生み出した。
「何をしている! あの女を捕らえろ! ネックレスを奪い取れ!」
精霊王が怒鳴ると、騎士たちが剣を抜いてこちらに走ってきて、私を捕らえようとした。
しかし、無駄だった。彼らが魔法陣の近くに来ると、魔法陣の外周から稲妻が走り、騎士たちは次々にその場に片膝をついたのだ。
稲妻の閃光と痛みが、私を守ってくれた。
その間に、私は長い詠唱を始めていた。
詠唱が終わった瞬間、精霊王が頭を押さえて叫び声を上げた。
「ぎゃあああああ!」
精霊王は胸を抑えて苦しげにのたうつと、パタリと床に倒れた。その間、わずかに十秒。
臣下と騎士たちはその異様な光景にあっけにとられていたが、すぐに側近が精霊王に駆け寄った。
「陛下! ……大変だ! 息をしていない!」
――だろうな。女と子どもを捨てた男には、苦しい死がお似合いだ。短い時間だったが、たっぷりと悪夢を見せたからな。
「あの女を捕らえろ! 反逆罪だ!」
――当然こうなるな。……さて、逃げるか。そろそろ魔法陣も切れるし。
私は袖から小さな式神を五枚取り出し、空中に放った。
式神は私を囲うように空中を舞った。
「式神よ! 炎を生み出して私を守れ!」
言うなり、私はバルコニーに続くガラス扉まで走り出した。
騎士たちが切りかかってきたが、その度に式神が騎士に炎を吐き出し、私を守ってくれた。
私はガラス扉を空け、バルコニーに出た。
「捕まえろ!」
「そこは行き止まりだ!」
炎を吐かれてもめげずに、騎士たちは広いバルコニーになだれ込んで来た。
私は低い欄干に背を預けた。
――ここは三十階か。いいね。
私は欄干に手をかけると、高く跳んだ。当然、足元は存在しない。
体が地面に向って落ちていく浮遊感に襲われた。
落ちながら、騎士たちがどよめいているのが分かった。
式神は私が落ちた瞬間に、時間切れで消えていた。
私は目をぎゅっと瞑った。しかし、体が地面に叩きつけられることはなかった。
柔らかい毛が、私を受け止めたのだ。
私は目を開けると、その毛を掴んだ。
「ナイスプレー! 黒龍!」
「まったく……。俺が受け止めなかったらまずかったぜ!」
私を受け止めたのは、長く美しい黒い毛並みを持つ竜だった。
黒龍が舞い上がると、眼下にバルコニーの騎士たちの姿が見えた。
「嘘だろ……。黒龍だ!」
「あいつ、黒龍に乗って逃げる気か!?」
「くそっ! 空までなんて追えない!」
騎士たちの悔しそうな声は、風にかき消された。
黒龍は高速飛行してくれた。おかげで、精霊の城はあっという間に遠ざかり、見えなくなった。
風が私の髪をなびかせ、頬を撫でる。
私は風を感じながら、詠唱を始めた。
詠唱が終わると、私の顔立ちと色彩がゆっくりと変わり始めた。
黒髪は銀髪へ、黒目は赤い瞳に、褐色だった肌は白へと色を変えていく。
「デュッカート伯爵、なかなか大活躍じゃないか。先陣を切ったな」
黒龍は楽しそうに笑った。私はおおらかに笑った。
「お前のおかげでもあるよ。計画通り、無事に逃亡できたな。だが、ここからが本番だ」
「そうだな。歴史の幕開けだ!」
私たちが笑い合っている内に、断崖絶壁の岩山が見えてきた。
岩山の頂上には、毒々しい紫色の城がそびえ立っていた。
「さて黒龍。城に帰るぞ」
黒龍は吹き出した。
「いい加減、黒龍呼びは止めて欲しいね。もう精霊地帯は抜けたんだから、万が一本名が聞かれるリスクはないよ」
「それもそうだな。オリーヴァ侯爵」
私が笑うと、黒龍――アレン=デ=オリーヴァ侯爵は城に向って急降下を始めた。
向かうは、城の最上階の竜専用のバルコニー。下を見下ろすと、円形のバルコニーに騎士たちが勢ぞろいしていた。
私とオリーヴァ侯爵がバルコニーの中央に舞い降りると、騎士たちから歓声が上がった。
オリーヴァ侯爵が身を低くしたので、私は彼の背中から飛び降りた。
オリーヴァ侯爵は空に向かって火を吹くと、竜変化を解除した。
彼の体が白い光に包まれた直後、竜の姿から人間の男の姿へと変貌をとげたのだ。
人間の姿になった彼は、黃緑色の髪に黒曜石のような瞳を持つ美男だった。
「竜王様と、王子殿下に挨拶いたします。計画は成功。無事に帰還いたしました」
私とオリーヴァ侯爵は、目の前に立つ二人の男性に一礼した。
すると、騎士たちが割れんばかりの拍手を私とオリーヴァ侯爵に送った。
拍手が鳴り止まない中で、目の前に立つ金髪碧眼の男性が口を開いた。
「よくやってくれたね。デュッカート伯爵、オリーヴァ侯爵」
「竜王様にそう言って頂けて光栄でこざいます」
私とオリーヴァ侯爵が声を揃えて顔を上げると、
金髪碧眼の男性――竜王は満足そうに笑った。
すると、竜王の左隣に立つ、茶髪に青い瞳を持つ青年――王子が嬉しそうに笑って私たちに言った。
「この恩は忘れないよ」
私は王子に微笑むと、懐から鍵のネックレスを取り出して、王子に差し出した。
「ネックレスはお返しします。元々、王子様のものですから。これは、呪物としての効果は抜群でした。ですが、今この瞬間からは、王子殿下自らが怨みをお晴らしください」
王子が頷き、覚悟を決めた顔でネックレスを受け取ると、竜王が声を張り上げた。
「精霊の国に出陣だ! 次期精霊王であられる王子殿下を支援せよ!」
――さて。国家同士のクーデターが開始だ。




