第47話:聖なる束縛と、圧縮される爆熱
第47話:聖なる束縛と、圧縮される爆熱
氷の回廊を突破し、ジーンはついにギルド地下の最深部――『超高熱焼却炉』が設置された巨大な円形ドームへと足を踏み入れた。
三千度のマグマが煮えたぎる炉の熱気が、ピンク色のガスと混ざり合い、息が詰まるような熱気となって空間を満たしている。
だが、その炉の前に、高さ十メートルを超える古代の番人――ミスリル鋼で造られた『守護ゴーレム』が立ちはだかっていた。
『侵入者ヲ検知。防衛シーケンス、起動……ッ』
ギギギギッ……と。ゴーレムの全身の歯車が回り始め、数トンの質量を持つ巨大な両腕が、ジーンを粉砕すべく振り上げられる。
(……全身の装甲厚、推定二十センチ以上。打撃力による物理的破壊には、関節部を狙っても五分以上の時間が生じる。荷物の安全係数を考慮すると、手痛い障害だな)
ジーンが、ゴーレムの駆動音から「脆い部位」を割り出そうとした、その時だった。
「アハハハハッ! 一緒に、一緒に燃え尽きましょう……ッ!」
ドームの右側の通路から、ピンク色のガスで顔をトロトロに溶かした大魔導士エララが飛び出してきた。
彼女の愛用の杖の先端には、ギルドを丸ごと吹き飛ばしかねないほどの巨大な『極大爆炎』が、ドス黒い赤色にまで圧縮されて渦巻いている。
「他の女に触られるくらいなら、私の炎で、あんたごと消し炭にしてあげるわぁッ!!」
愛が深すぎるが故の、完全なるヤンデレ化。
エララは、ジーンをゴーレムごと吹き飛ばそうと、その狂気の炎を放った。
さらに、左側の通路からは。
「……させませんわ。ジーン様は、私だけのものです……ッ!」
箱入り聖女ソフィアが、瞳をハート型に歪ませたまま、両手を天へと掲げた。
「【絶対捕縛の聖結界】! ジーン様、もうどこにも逃げられないように、永遠に私だけの鳥籠に閉じ込めて差し上げますわぁっ!」
ソフィアの指先から、いかなる物理攻撃も魔法も通さない、神聖なる光の球体結界が放たれる。
それは、ジーンを完全に包み込み、永遠に身動きを取れなくするための「絶対の檻」。
右からは、ギルドを消し飛ばす致死の爆炎。
左からは、一生出られない絶対の捕縛結界。
二人の女の、正反対にして極限の愛と狂気が、ジーンの立つ座標で完全に交差しようとしていた。
普通なら、消し炭になるか、永遠の幽閉かの二択である。
だが。
(……右からの熱源、推定温度一万度。左からの魔力障壁、推定硬度オリハルコン級。……両者の着弾ポイントとベクトルを演算)
世界で最も不器用なポーターは、この絶体絶命の心中&監禁のピンチにおいてすら、一ミクロンの焦りも見せず、冷徹な『物理演算』だけを完了させていた。
「……フッ!」
ジーンは、両者から放たれた攻撃が自分に到達するコンマ数秒前。
泥だらけのブーツで床を蹴り、無駄の全くないステップで、自らの立ち位置(座標)を前方へわずか半歩だけズラした。
その瞬間。
ソフィアの放った【絶対捕縛の聖結界】が、ジーンの体を包み込む……はずだった空間に到達し、球状の檻として実体化した。
だが、ジーンはすでにそこにはいない。
代わりに、その絶対に壊れない『光の檻』の中に飛び込んだのは――エララが放った、ギルドを吹き飛ばすほどの【極大爆炎】だった。
「え……?」
「あ……っ?」
エララとソフィアが、同時に間の抜けた声を漏らす。
絶対に出られない檻の中に、行き場を失った極大の爆発力が閉じ込められたのだ。
(……閉鎖空間における爆発。膨張する熱エネルギーの逃げ場が消失し、球体内部で圧力が異常な数値へと跳ね上がる。……完璧な『成形炸薬弾(指向性爆薬)』の完成だ)
『スロット1:【撥水】――対象:光の球体(檻)の表面に生じる反発力』
『実行条件:ボールを蹴り出すための最適な接触面の保護』
ジーンは、目の前で赤黒く膨張し、爆発寸前の臨界点に達した光の球体(檻)に向かって、大きく右足を引き絞った。
強靭な腸腰筋と、大腿四頭筋のバネ。
そのすべてを乗せた右足の甲が、【撥水】のコーティングによって檻の表面にめり込み、反発力を得て、真っ直ぐに蹴り出される。
「……邪魔だ。道を開けろ」
ドォォォォォォンッ!!!!!
超高圧で圧縮された爆炎の球体(爆弾)が、ジーンのシュートによって、立ちはだかる守護ゴーレムの分厚い胸の装甲へと一直線に突き刺さった。
着弾と同時に、ソフィアの結界が耐えきれずにパキリと割れる。
その小さなひび割れ(一点)から、閉じ込められていた一万度の爆発エネルギーが、ゴーレムの装甲の内側へ向かって、恐ろしい指向性を持って噴出した。
いわゆる「モンロー/ノイマン効果(装甲貫徹力)」の、魔法的かつ物理的な完全再現である。
『ガ、ガガガガッ……システム、損壊……ッ』
数トンのミスリル鋼で造られたゴーレムの胸部が、まるで紙屑のように内側から抉り取られ、頭部から両腕までが一瞬にして粉々に吹き飛んだ。
飛び散る鉄屑と、熱風。
ジーンは、大真面目な顔で手袋の汚れを払い、完全に開けた焼却炉へのルートを確認した。
「……高出力の火薬と、完璧な砲身。おかげでゴーレムの排除にかかるタイムロスを、ゼロに抑えることができた。感謝する」
ジーンは、背後の『呪いの壺』を背負い直しながら、通路の左右で呆然とへたり込んでいる二人の女に向けて、事務的な感謝を口にした。
「嘘……私の心中魔法が、ただの便利な爆弾に……っ。あぁんっ、ジーンの蹴り、すんごい力強かった……っ」
「私の愛の鳥籠が、ただの弾丸のケースに……っ。あんな風に乱暴に蹴り飛ばされるなんて……素敵ですわ……っ」
ジーンへの心中と監禁という、最凶レベルのヤンデレ攻撃。
だが、それを「ただの便利な発破作業」として利用されてしまった二人の美女は、圧倒的な雄の力強さと、自分たちの重い愛すらも物理の歯車として組み込んでしまう男の器のデカさ(?)に、完全に子宮の奥を熱くしてドロドロに溶け果てていた。
女たちの情念が重ければ重いほど、それを推進力に変えてルートを突破していく不器用なエージェント。
彼は、ついに目的地である『超高熱焼却炉』の灼熱の炉心の前へと、静かに歩を進めたのだった。




