第41話:大団円と極大のすれ違い
第41話:大団円と極大のすれ違い
自由交易都市クロスロード。派遣型ギルド『銀の天秤』。
数時間前まで世界の終焉(魔王)が迫っていたことなど嘘のように、王都の空は澄み渡っていた。
ギィィ……と、分厚いオーク材の扉が軋む音を立てて開く。
「……日用品の納品だ。受領印を頼む」
擦り切れた革手袋。安酒と鉄錆、そして長距離を歩き抜いたことで発汗した雄の匂い。
ジーンは、百キロを超える荷物袋をカウンターにドスンと下ろした。
彼の大腿四頭筋とハムストリングスは、大平原での戦闘と長距離輸送により筋グリコーゲンを著しく消耗していたが、完璧な姿勢制御によって体幹のブレは一ミクロンも生じていなかった。
だが、ギルド内の空気は、いつもの殺伐とした「陣取り合戦」とは全く異なっていた。
「お、おかえりなさい……ジーン様」
「遅かったじゃない……待ってたんだから」
そこには、十一人の美女たちがズラリと並んで彼を出迎えていた。
かつて、互いを殺し合うほどの凄まじい殺気とストレスホルモン(コルチゾール)を撒き散らしていた彼女たちの肉体は、今は完全に別の生体反応を示している。
副交感神経の優位。血管拡張による顔面の紅潮。そして、過剰に分泌された愛情ホルモン(オキシトシン)によって瞳は潤み、皆一様に『恋する普通の女の子』の顔つきへと軟化していたのだ。
彼女たちの手には、それぞれ色とりどりの小さな箱(弁当)が握られている。
「これ……その、栄養補給に、作ってみたの。あんた、ずっと重い荷物背負ってて、体力使ったでしょ?」
大魔導士エララが、指先を微かに震わせながら(極度の緊張による筋紡錘の過敏反応)、箱を差し出す。
シズクも、セレスも、ヴィクトリアも、そして魔王だったヌルでさえも、頬を染めてジーンを見つめている。
箱の中から漂う、加熱調理されたアミノ酸、脂質、そして炭水化物の匂い。
(……対象機材(美女)十一体からの、エネルギーブロックの提供。俺の血中アミノ酸濃度の低下を感知し、筋破壊を防ぐための補給物資を生成したのか)
一流のエージェントの脳内システムは、乙女たちの命懸けの手作り弁当を、大真面目に『業務用のカロリー補給剤』として処理した。
「……助かる。ちょうどATP(アデノシン三リン酸)の再合成サイクルが遅滞していたところだ」
ジーンは無表情のまま、差し出された弁当を次々と受け取り、無造作に口へと放り込む。
「ああっ……! ジーン様が、私のおかずを……!」
「どう、美味しい……?」
味覚に対する情緒的な評価などない。彼はただ、咀嚼という物理運動によって食物を粉砕し、胃液で消化吸収のプロセスを回しているだけだ。
だが、その無骨で雄々しい「食事」の姿すらも、彼女たちのドーパミン受容体を激しく刺激し、顔を限界まで真っ赤にさせていた。
「……マリー。日用品の納品、完了した」
ジーンは、胃壁が崩壊しかけてカウンターの奥で震えている受付嬢マリーに、平坦な声で報告した。
「は、はいぃ……っ! お疲れ様です……っ! 魔王が消滅して、世界が救われたってのに、ジーンさんは本当に平常運転ですね……」
「俺の業務は物流の維持だ。ルート上の粗大ゴミを片付けたことなど、報告書に記載するほどの事象ではない」
ジーンは羊皮紙にサインを書き込むと、気怠げに首を鳴らした。
「それより、次のタスクに入る」
「つ、次……ですか?」
ジーンの三白眼が、熱っぽい瞳で彼を見つめる十一人の美女たちへと向けられる。
「先の重力場(特異点)での戦闘により、この十一機のVIP機材の内部フレーム(骨格や腱)には、微細な金属疲労が蓄積しているはずだ」
ジーンは、分厚い革手袋の留め具を、ギリッ……と外し、大真面目な顔で宣告した。
「これより、対象の装甲(衣服)をパージし、全関節のズレと乳酸を完全に押し流す『オーバーホール(極限物理メンテナンス)』を実行する」
「「「「「「「「「「「――ッッ!!!!」」」」」」」」」」」
十一人の乙女たちの体表温度が、一瞬にして沸点を超えて爆発した。
「あ、あんな激しい戦闘の後に、さらに全身の隅々まで……ッ!」
「ジーン様……私から、私からお願いしますわ……っ!」
「ふふっ、今日は絶対に寝かせないわよ、マイ・ポーター」
顔を茹でダコのように赤くし、太ももを擦り合わせて群がってくる最高峰の美女たち。
だが。
(……なぜ冷却ファンが回っていない。対象のコア体温が急上昇している。やはり、戦闘の負荷で排熱システムにエラーが起きているな)
世界を救ってもなお、恋愛感情の回路が完全にバグったままの男は。
迫り来る絶世の美女たちの狂熱を「ただの機材の熱暴走」と勘違いしたまま、大真面目に物理的なスパナ(指先)を振るう準備を整えていた。
世界を揺るがす大災害は去った。
だが、十一人の乙女たちによる「彼に一番にメンテナンスされる権利」を巡る、呆れと愛に満ちたドタバタ喜劇は、これからも永遠に続いていく。
(完)




