第39話:事象の地平線と、十一個のマルチ・メンテナンス
第39話:事象の地平線と、十一個のマルチ・メンテナンス
大平原の中心。世界をバグらせる特異点。
ジーンの元へ突撃しようとする十一人の美女たちの背後に、魔王が怒り狂いながら重力場を爆発させた。
『ええい、鬱陶しい羽虫どもめッ! 我の特異点の前で、恋の鞘当てなどと下等な真似を……まとめて圧殺してやる!』
魔王の巨体が変容する。世界中のエラーデータ(マナの汚染物質)を吸収し、空間そのものを歪める『第2形態』へと移行した。
三十Gの重力波が、超高熱のプラズマを帯びて全方位へと放射される。それは触れただけで細胞内の水分が沸騰し、骨格が粉砕される絶対的な死の暴風だった。
「ひっ……!?」
突撃の足を止めた美女たちの顔に、初めて死の恐怖が走る。
このままでは、ジーンに触れる前に彼女たち自身が物理的に消滅してしまう。
(……VIP指定機材十一体の、広範囲かつ致死的な物理エラーを予測。このままでは全損するな)
その瞬間。
ジーンの脳内で、これまでにない最大規模の『並列演算』が開始された。
『スロット1:【撥水】――対象:半径三十メートル以内のプラズマおよび重力波のベクトル反転』
『スロット2:【圧縮】――対象:美女十一名の武装および大気抵抗の質量極小化』
『スロット3:【圧縮】――対象:魔法発動時の反作用(反動エネルギー)の完全吸収』
『実行条件:十一個の独立したメンテナンス・プロセスを同時展開。全対象のコンディションを常時100%に固定する』
カチリ、と。
脳の奥で、無機質にして究極のシステムハックが起動する。
「……動け、不良在庫を片付けるぞ」
ジーンの気怠げな声が戦場に響いた直後。
魔王の放ったプラズマの暴風が、ヒロインたちの肌に触れる数ミリ手前で、まるで透明な傘に弾かれるようにチリチリと霧散した。
「え……?」
「熱く、ない……。体が、軽い……!」
剣士セレスが驚愕の声を上げる。
彼女の持つ大剣の質量が、ジーンの【圧縮】によって『致死の威力を持ったまま、羽根のように軽く』再設定されていたのだ。
「……セレス、右足首の距骨が〇・二ミリずれている。踏み込みの伝達ロスだ」
いつの間にか背後に立っていたジーンが、泥だらけのブーツでセレスの踵をガンッと蹴り飛ばす。
乱暴な一撃に見えたが、その衝撃は彼女の足首の関節を完璧な座標へと強制的にハメ込んだ。
「ああっ……! 痛っ、けど……力が、漲る……っ!」
セレスが顔を赤らめながら踏み込むと、彼女の体は空気抵抗を完全に無視した音速の神速剣を生み出し、魔王の重力波を真正面から両断した。
「次。エララ、詠唱時の横隔膜の収縮が足りない。酸素供給不足だ」
「ひゃんっ!?」
ジーンの分厚い革手袋が、大魔導士エララの背中――肋骨の下に食い込み、物理的に肺を押し広げる。同時に、彼女が放つ極大魔法の強烈な『反動』を、ジーンが自身の分厚い大胸筋と【圧縮】で完全に吸収・キャンセルする。
反動を無視できるようになったエララは、固定砲台のようにノーモーションで魔法の乱れ撃ちを開始した。
「オードリー、装甲車のサスペンションの熱暴走。冷却水を回せ。ブリュンヒルデ、ハンマーの打撃角が二度上がっている。体幹を戻せ」
戦場を駆け抜けながら。
ジーンは一切前に出ることなく、後方から次々と十一個の機材(美女)の微細な物理エラーをコンマ一秒で修正していく。
ガチガチに強張った筋肉の乳酸を物理的に押し流し、関節のズレを矯正し、武装の質量を最適化し、魔法の反動を消し去る。
それは、世界で最も優秀なシステムエンジニア(あるいは工場長)による、狂気的なまでの『極限のマルチ・メンテナンス』。
『ば、馬鹿なッ!? なぜ我の攻撃が通らん! なぜあの女どもは、一歩も引かずに無限に動き続けられるのだ!?』
魔王が恐慌状態に陥って叫ぶ。
無理もない。疲労も、反動も、空気抵抗すらもジーンによって完全に「ゼロ」に固定された十一人の美女たちは、今や『絶対に壊れることのない最強の自律兵器』と化していたのだ。
「ふふっ……ジーン様が、私から一時も目を離さず、ずっと私の体を……ッ!」
「アタシの調子、全部アイツに握られてる……っ!」
激痛を伴う矯正を受けるたび。
ヒロインたちの細胞に爆発的な熱が駆け巡り、戦場の極限の緊張感の中で、ジーンへの『依存』と『メスの本能』が完全に限界を突破していく。
(……よし。全機材の並列稼働率、一〇〇パーセントを維持。このまま押し切れば、魔王の消去は完了する)
ジーンは、前衛で魔王をボコボコにしている十一人の背中を見つめながら、ひどく事務的に頷いた。
愛する男に肉体のすべてを委ね、狂熱に浮かされて戦う女たちと。
預かった荷物を「絶対に壊さない(初期不良を出さない)」という、狂気的なプロ意識だけで戦場を支配する男。
魔法の光が飛び交う最終決戦の裏側で、彼らの心臓の温度差は、もはや宇宙の果てと果てほどに決定的にすれ違ったまま、魔王のコアへと致命的な一撃を叩き込もうとしていた。




