第22.5話:買収防衛戦と、パトロンの没落
第22.5話:買収防衛戦と、パトロンの没落
「……護衛兵! このメス猫どもをつまみ出しなさい!」
自由交易都市クロスロード。派遣型ギルド『銀の天秤』。
砂漠の女王ヴィクトリアが放った無数の護衛兵たちが、セレス、エララ、ソフィア、ライラの四人を包囲しようと一斉に武器を構えた。
数億円の金塊を床に積まれ、ジーンの実家の買収(乗っ取り)を宣告された修羅場。
受付嬢のマリーが白目を剥いて気絶する中、四人の美女たちの放つ殺気が限界を突破しようとした、その時だった。
「……おい、成金女。金さえ積めば、何でも買えると思ってんじゃねぇぞ」
ギルドの奥から、老鑑定士のバルバロスが、片眼鏡をギラリと光らせながらゆっくりと歩み出てきた。
その後ろには、白衣を着た薬師のドクトル・ガルドと、スパナを担いだ馬車引きのロイドが、明らかに機嫌の悪い顔で立っている。
「あら? 貧乏ギルドのジジイが、私に何の文句があるのかしら? その金塊一つで、あんたたちのギルドごと百回は建て直せるのよ?」
ヴィクトリアが金糸の扇で口元を隠し、冷たく見下す。
だが、バルバロスは床に転がる金塊の山を一瞥すると、鼻で嗤った。
「くだらん。その程度の金塊、あいつ(ジーン)が一度の依頼で持ち帰る『無傷の特級素材』に比べれば、ただの石ころ同然だ。……お前らみたいな、あいつの足引っ張るだけのデバフ女どもに、このギルドは売らん」
「……なっ!?」
ヴィクトリアの余裕の笑みが引き攣った。
金が全てだった彼女の価値観が、ジーンに続き、この泥臭い裏方職人たちにまで真っ向から否定されたのだ。
「ひひっ……その通りだ」
ドクトル・ガルドが、特製アミノ酸ポーションの入った試験管を振りながら前に出る。
「あいつの筋肉は、世界で唯一の至高の検体だ。あいつが安心してボロボロになるまで働いて、このギルドに帰ってくるからこそ、私のオーバーホール(人体実験)が成立する。……愛だの金だの、そんな不純物であいつのルーティンを狂わされてたまるか!」
「そういうこった。あいつの足回りを支えてるのは、お前らじゃなくて俺たちだ。……帰りな、女王様」
ロイドがスパナを肩にトントンと叩きつける。
圧倒的な財力を誇る帝国の女王に対し、裏方職人たちは一歩も引かず、むしろ「あいつの居場所を守る」という強固な連帯感で完全にマウントを取り返していた。
(……この男たちも、私の金に一切なびかない。それどころか、あの男を中心にして、恐ろしいほどの結束で繋がっている……!)
ヴィクトリアはギリッと唇を噛んだ。
これまでの彼女なら、こんな小汚いギルドなど軍隊を使って更地にしていたはずだ。だが、今の彼女は、このギルドの中心にいる「あの男」の熱に完全に当てられてしまっている。
ここで武力行使に出れば、二度とあの分厚い胸板に触れることはできないだろう。
「……ふん。いいわ、今日のところは引き下がってあげる。でも勘違いしないでね。私はこのギルド(物件)を諦めたわけじゃないわ」
ヴィクトリアは、扇をパチンと閉じると、セレスたち四人を射抜くように睨みつけた。
「私がここで引けば、この泥棒猫どもがあの男の隣を奪うんでしょう? ……なら、私もこのギルドの『顧客』として居座らせてもらうわ。金塊はそのままギルドの口座に入れておきなさい!」
ヴィクトリアはそう言い残し、護衛兵たちを引き連れて、ギルドの端に置かれた応接ソファへと陣取った。
事実上の「定住宣言」である。
マウント合戦の火種が消えるどころか、五人目の規格外美女がギルドに居座るという、最悪の地獄絵図が確定した瞬間だった。
◆
時を同じくして。
ギルドの外、裏通りの泥水が跳ねる路地。
そこに、仕立ては良いが泥だらけの服を着た、初老の男が立っていた。
「……くそっ、アーサーの奴らめ。役立たずの勇者パーティーに投資したせいで、我が家の財政は完全に破綻したぞ……!」
没落貴族、アルベルト卿。
彼は、ジーンを追放した勇者パーティーの元・パトロンである。
アーサーたちがジーンの【撥水】による見えないサポートを失い、依頼を立て続けに失敗したことで、彼の面子も投資もすべて紙屑と化していた。
「だが、あの勇者たちが転落し始めたのは……あの『荷物持ち』を追放してからだ。奴がギルド『銀の天秤』にいるという噂は本当らしいな」
アルベルト卿は、卑しい笑みを浮かべ、ギルドの扉へと歩み寄った。
「私がパトロンとなってやろう。あのジーンという男を引き抜き、我が家の再興の駒としてこき使ってやる。所詮は卑しいポーターだ、貴族である私が恩着せがましく金を握らせれば、尻尾を振って……」
アルベルト卿が、ギルドの扉を開けようと手をかけた。
その瞬間。
ドガァァァァァァァンッ!!!!
「きゃぁぁっ!?」
ギルドの扉が、凄まじい爆音と共に内側から弾け飛び、アルベルト卿の顔面を直撃した。
鼻血を噴き出しながら路地に吹き飛ぶ没落貴族。
その崩れた扉の向こうから、気絶から目覚めたばかりの受付嬢マリーが、般若のような形相で現れた。
「……ちょっと、さっきからなんなのよ! 壁が壊れたと思ったら、今度は金塊!? ここはあいつのギルド(実家)よ! これ以上、ややこしい連中を入れさせないわよッ!」
マリーは、ホウキを構え、アルベルト卿をゴミを見るような目で見下ろした。
「あ、あなたは……私はアルベルト卿だ! ジーンのパトロンになってやろうと……!」
「お帰りください!!」
マリーの渾身のホウキフルスイングが、アルベルト卿の鳩尾にクリーンヒットした。
そのまま路地の奥へと転がっていく没落貴族。
勇者を見限り、ジーンの力にすり寄ろうとした姑息なパトロンの野望は、ギルドの受付嬢の胃痛からくる「物理的な八つ当たり」によって、一瞬にして木端微塵に粉砕されたのだった。
「……はぁ、はぁっ。全く、あいつ(ジーン)の周りは、バカばっかりなんだから」
マリーはホウキを肩に担ぎ、大きくため息をついた。
ギルドの中では、五人の美女たちのマウント合戦が再開され、裏方職人たちが呆れ顔でそれを見守っている。
この騒がしくて、どうしようもなくイカれた『実家』に。
明日もまた、あの無愛想な男が、新しい火種(美女)を抱えて帰ってくることを、マリーはまだ知らない。




