第12話:業務の終了と、交差する執着
第12話:業務の終了と、交差する執着
神聖魔導国リュミエール。
魔の森での討伐依頼を無事に終え、ジーンとエララは王都の冒険者ギルドへと帰還していた。
ギルドのカウンター前。
ジーンは、五百キロに及んだエララの野営具と魔導書を、一滴の汗も流さず、寸分の乱れもないパッキングのまま床に下ろした。
そして、羊皮紙の納品書を、ギルドの受付嬢とエララに向けてスッと差し出す。
「……依頼された物資の運搬および、現場における環境維持サポート、完了した。荷物の損傷はない。確認と、サインを」
ジーンの三白眼は、相変わらず気怠げで、一切の感情を帯びていなかった。
大魔導士エララは、先ほどまでの泥だらけのローブを【浄化】の魔法で綺麗に整えていたが、彼女の表情はひどく複雑だった。
彼女の右腕の筋繊維は、ジーンの【圧縮】と物理的な手技によって仮留めされている状態だ。痛みは完全に消えているが、その「分厚い雄の手の感触」は、まだ彼女の素肌に火傷のように熱く残っていた。
「……ええ。確認したわ。完璧な仕事だったわね」
エララは、少しだけ声のトーンを落とし、羽ペンでサインを書き込んだ。
そして、上目遣いでジーンの横顔を見つめ、普段の高慢な彼女からは想像もつかないほど、しおらしい声で付け加えた。
「ねえ、ジーン。あなた、この国に拠点を移す気はないかしら? 私の専属ポーターとしてなら、破格の報酬を約束するわ。それに……私の腕の『術後の経過観察』も、まだ必要でしょう?」
それは、実質的なプロポーズだった。
数百年の時を生きる特級魔導士が、魔法も使えないただの人間の男に、完全に身を委ねようとしている。ギルド内の冒険者たちが、信じられないものを見る目でざわめいた。
だが。
当のジーンは、納品書を無造作に懐へしまうと、極めて事務的に首を横に振った。
「…またか……。悪いが、それはできない」
「え……?」
「俺のスケジュールは、すでに次の依頼で埋まっている。それに、俺が施した筋組織の仮留めは、一週間は持つはずだ。その間に、王都の優れた治癒魔導士に頼めば完治する。……反動軽減のサポートは、あくまで現場でのオプションだ」
ジーンは、呆然とするエララに背を向けた。
彼にとって、この国でのタスクは完了したのだ。一つの機材に執着し、全体の物流システムを滞らせることは、彼というプロトコルには存在しない。
「じゃあな。魔法の出力設定には気をつけて機材を扱え」
それだけを言い残し、ジーンはギルドの扉を開け、振り返ることなく王都の喧騒の中へと歩き去っていった。
残されたエララは、差し出そうとした右手を虚空で彷徨わせ、彼の消えた扉をじっと見つめていた。
(……私を、これほど乱しておいて……あっさりと捨てるのね)
数百年のプライドを粉々に砕かれ、ただの「手入れが必要な機材」として扱われた。
普通なら激昂するところだ。だが、エララの胸の奥で燃え盛っているのは、怒りではなく、重くドロドロとした『執着』だった。
「……ふふっ。いいわ。私から逃げられると思っているのかしら。あの男のバグった頭、私が魔法で芯から作り変えてあげるんだから」
エララは、頬を紅潮させながら、自分の右腕をいとおしそうに抱きしめた。
◆
ジーンが次の依頼先である「始まりの国グロリアス」へ向かっていた頃。
大陸の中央に位置する、自由交易都市クロスロード。
ここには、ジーンが所属する派遣型ギルド『銀の天秤』の本部があった。
バンッ!!
ギルドの分厚い木扉が、蹴破られるように乱暴に開かれた。
カウンターで書類整理をしていた受付嬢のマリーが、ビクッと肩を揺らして顔を上げる。
「じ、ジーンはどこ!? あの不器用な朴念仁はどこにいるのよ!!」
大声で怒鳴り込んできたのは、氷の軍事国でジーンと別れたはずの天才剣士、セレスだった。
彼女は、愛用の長剣と巨大なリュックを背負い、息を乱してギルドの中を見回している。その顔は、寒さのせいではなく、明らかな「怒り」と「恋心」で真っ赤に染まっていた。
「あ、あの……セレス様? ジーンなら、つい先ほど、別の国の依頼へ向かいましたが……」
マリーが怯えながら答えると、セレスは「チッ!」と盛大に舌打ちをした。
「……私の専属になるって、暗黙の了解だったじゃない! 私の足のメンテナンス、まだ終わってないのに!……あいつ、絶対に逃がさないわ。次の依頼先、今すぐ教えなさい!」
セレスがカウンターに身を乗り出し、マリーに詰め寄る。
「自分の足のメンテナンス」という大義名分を盾にしているが、その目には完全に「逃げた男を追うヤンデレ一歩手前の執着」が浮かんでいた。
「お、教えられません! 個人情報ですし、ジーンはプロとして次の現場へ……」
「教えなさい! 私はあいつの最初の雇い主なんだから、優先権があるのよ!」
ギルド内に、セレスの理不尽極まりないクレームが響き渡る。
ジーンの異常なまでの「極限奉仕」と「恋愛感情の欠落」は、確実に、そして取り返しのつかない形で、誇り高き女性たちの人生を狂わせ始めていた。
彼女たちが、ジーンの周囲で激しい「担当争い(マウント合戦)」を繰り広げる修羅場の開幕は、もうすぐそこまで迫っていた。




