9.
太郎様に会いたい。
ただそれだけの願いなのに何故叶わないの。
「太郎様が会いに来てくれないのは私のことが嫌いなんだわ」
私は嫌なことを口にする。
そんなこと言っては、うんのちゃんが困るとわかっている。
それでも止まれない。
「……何故そう思うのです?」
うんのちゃんは静かに問いかけた。
はぐらかすことはない。
ただ、何故そうなのか尋ねてくる。
「私は我儘だし、うんのちゃんに意地悪だし……性格悪いし……」
「何だ、そんなこと」
うんのちゃんの言葉に私はじとっと睨んだ。
それにうんのちゃんは笑った。
「姫の我儘は太郎様も知っているでしょう。意地悪も……でも、太郎様の意地悪の方が酷かったから姫にそれをいうなら私が加勢しますよ」
うんのちゃんは胸に手をあてる。
頼もしげに言ったつもりだろう。
全然頼もしくなくて笑えてしまう。
「性格は、姫は性格が悪いというよりは素直じゃないです」
「何ですって」
私は不満げにうんのちゃんを睨んだ。
久々の睨みにうんのちゃんは慌てていた。
ほら、やっぱり頼りない子だ。
「太郎様は姫の我儘を可愛らしいと言っていました」
ようやく出た返しに私は目をぱちくりとさせた。
「そうなの?」
うんのちゃんは頷いた。
「それに、姫は無理なお願いはしませんよ」
「でも、うんのちゃんを鯛釣りへ無理に連れ出したわ」
「……おかげ様で泳げるようになりました」
それはそうだが。
あの鯛釣りの一件からうんのちゃんは泳ぎの勉強を始めていた。自分から漁師に頼み、釣りにでることもあった。
「それに私が寝込んだら姫は心配して毎日菓子や果物を持ってきてくれました。ちゃんと謝ってきましたし、姫は悪いことをきちんと謝れます」
それは、太郎様に叱られてようやく自分の行動に気付いたからだ。
「私はうんのちゃんに嫉妬していたのよ」
「そうですね」
知っていたとうんのちゃんは笑った。
「いつも、太郎様と一緒で仲が良くて……私のお婿様なのにって」
「そうですか」
うんのちゃんは笑顔で私を見つめていた。
「ごめんね」
「大丈夫です。あの時、謝罪を受けとりましたから」
違うよ。
今のは私の心からの謝罪。
あの時は言われてようやくした謝罪。
だけどそれをいうのもうまくできず、私は目を伏せた。
「姫はまだ良い方ですよ。他の姫は小豪族の私なんかと話したくないとそっぽを向きますから」
「まぁ、そんな意地悪な姫がいるの。どこの誰よ。私が怒鳴りつけてやる!」
その言葉にうんのちゃんは笑った。
「笑いごとではないわ。うんのちゃんはふわふわしているから舐められるのよ! もっとしゃきっとしなさい」
「そうですか?」
「そうよ……いいえ、理由があれどうんのちゃんは私と太郎様の大事な友達なの。意地悪は許さないわ」
うんのちゃんは目を細めた。
「やはり、姫は優しく真っ直ぐだ……このままの姫が、太郎様を忘れない姫が私は大好きです」
うんのちゃんは私に手を差し伸べた。
ほっぺほどじゃないけど見る限りもちっとした手だ。
「いつか、お許しが出れば信濃へ案内します。そしたら一緒に太郎様を探しましょう」
「太郎様はいなかったのではないの?」
私はじと、とうんのちゃんを睨む。
「しばらくしたらひょっこり帰ってきているかもしれません」
「そうなの?」
なおも不審がっている私にうんのちゃんは笑った。
「ですから、今は屋敷へ戻りましょう。お父君とお母君に願いましょう」
「あの人たちは私の話にちっとも耳を傾けないわ」
私はため息をついた。
「頃合いをみて、私が言います」
確かにうんのちゃんが一緒なら母は聞いてくれるかもしれない。
母を味方につけたら次は父にお願いするのだ。
「そう……なら、その時、私に声をかけなさいよ。一緒にお願いしにいくの」
私はうんのちゃんの手に触れた。
その時、私は怪訝な表情を浮かべたことだろう。
うんのちゃんは相変わらずの笑顔で私に言った。
うんのちゃんの手はこんなに硬かっただろうか。
手のひらはまめがあるようにごつごつしたものが触れた。
こんなにもちもちした見た目なのに、見た目と感触の違いに私は違和感を覚えた。
しばらく歩いていると宿泊していた屋敷へと辿り着いた。
「まぁ、姫様。どこにいたの?」
侍女たちが私を見て取り囲んできた。
うんのちゃんから私を引き剥がすように。
彼女たちがうんのちゃんを見る目は険しかった。
「もう、うんのちゃんにそんな意地悪な目をしないで。私が勝手に飛び出して、うんのちゃんが見つけてくれたのよ」
私は侍女たちを叱った。
「申し訳ありません」
バツが悪そうに侍女たちはうんのちゃんに謝る。
「いえ、大丈夫です」
うんのちゃんは優しい。
だから、どこぞの姫にも舐められるのだ。
「それでは、姫。私は下がりますね」
うんのちゃんはそう言い、ぽてぽてと後ろへ向いた。
その瞬間、小さな背中が急に大きくなっていた。
直垂烏帽子を着せられていた小さな体は、着こなした大人の武士の背中だった。
「うんのちゃん!」
私は思わずうんのちゃんを呼び止めた。
武士は振り返り、現れたのはいつものもちもちほっぺの少年。
「姫?」
可愛らしく首を傾げて、私は思わず笑みを浮かべた。
「またね、うんのちゃん」
そう言うともちもちほっぺは緩み、満面の笑顔で頷いた。
いつものうんのちゃんだ。
一瞬、心がざわついて嫌な気持ちが湧き上がった。
気のせいね。




