7.
うんのちゃんは時折私の元を訪れてくれる。
彼は果物だけでなく干した肉も持ってきた。
一口の大きさに切られて、私がすぐに食べられるようにしてくれた。
「うんのちゃん。最近、来る回数減っていない?」
私は不満気にうんのちゃんを睨んだ。
相変わらずのもちもちほっぺを動かして笑顔を作る。
「私が姫に何度も会うと、姫の立場を悪くしますから」
「どうして?」
私の問いにうんのちゃんは困った。周りに控える侍女の様子を見ながら、答えた。
「私は成人男性で……姫は未婚だから」
それに私は大声で笑った。
侍女たちは思わず私の様子を見つめる。怯えているように見えた。
「うんのちゃんが、私に何かするの? こんな頼りない少年が……私の方が強いわよ」
イタズラ気な言葉にうんのちゃんは苦笑いした。
「ところで、もう大丈夫なのでしょうか?」
話題を変えられて私は首を傾げた。
「先日、庭へ飛び出して怪我をしたと聞きました」
私はますますわからなかった。
「私が……庭へ飛び出した? いつ?」
記憶にない。
うんのちゃんは反応に困っていた。
「全く、誰かの悪戯ね。そんないい加減な話を信じちゃうなんて……」
私は呆れた。
うんのちゃんは真面目だから揶揄われたのね。
それにしても笑えない冗談だわ。
うんのちゃんはちらりと侍女の方を見た。侍女は複雑な表情で何も答えない。
「申し訳ありません。私の勘違いでした」
「全く、うんのちゃんはもう少し人を疑うべきよ。心配だわ……」
このまま実家を継いでも騙されて領地を奪われないか心配でたまらない。
「まぁ、何かあれば私がお父様に言って雇ってあげるわ」
そうすれば路頭に迷うことはないだろう。
うんのちゃんは苦笑した。
◆◆◆
次の日の朝に、母はどこかへ出かけていた。
「どこへ行くのかしら」
私の問いに侍女は答えた。
「一条様が京へ帰られるのでその見送りで」
一条様は私の父の甥にあたる方で、私にとっては従兄弟にあたる。
「あらまぁ……従兄弟殿が来ていたのね。挨拶しなくてよかったかしら」
私の呟きに侍女は困った反応をした。
「大丈夫です。お方様が良いようにしてくださいました」
「そう……ならいいけど」
内心助かった。
従兄弟とはいえ、貴族との婚約など面倒だと思っていた。
母がうまく婚約話を断ってくれたのだろう。
私には太郎様がいるものね。
太郎様以外と結婚するなんて、深淵に飛び込んだ方がましだわ。
「ん?」
私は首を傾げた。
今、飛び込むという単語に違和感を覚えた。
誰かが、どこかへ飛び込んだと聞いたが、誰だったかしら?
私は侍女に質問した。
「誰かが、飛び込んだの?」
突然の突拍子もない質問に侍女たちは互いの目を見つめ合った。
そして首を横に振った。
どこか、悲しげなように思う。
「そう、ならいいわ」
私は脇息にもたれかかり小さなあくびをした。
最近、妙に体がだるくて眠たい。
ことりと目の前に皿が置かれた。
お皿には、干した肉が盛られている。
「昨日、うんの殿が持ってきたものです」
侍女が説明して、私はおもむろに干し肉へ手を伸ばした。
一口で、口の中に入るくらいの小ささに切り揃えられている。
何の肉だったか、思い出す。
確か鹿だったような気がする。
うんのちゃんが自分で仕留めたんだっけ。
それを想像すると思わず笑みが溢れた。
あのぷにぷに小僧が弓を構えて鹿を狩る姿など想像できない。
きっと猟師に手伝ってもらったのよ。
あの時の鯛釣りみたいに。
太郎様の為に、鯛を釣る為に漁師の船に乗り込んだことを思い出した。
船の端にしがみついて、私が何度も何度も叱咤してようやく釣具を構えたのだった。
口を動かし、歯で噛むとじわと肉のうまみが口に広がった。
久々の肉の味に私は飲み込むことなく何度も噛んでは楽しんだ。
最近、父が獲ってきた猪肉は味がしなかった。
うんのちゃんの故郷の方が、獣肉は美味しく感じられた。
「あら、お母様。おかえりなさいませ」
部屋を訪れた母の姿に私は挨拶した。
母は微妙な顔で私を見つめて頷いた。
昔は、挨拶は姿勢をきちんとと言われたが、今は言っても無駄と諦めたようだ。
貴人の前なら頑張るけど、今はいないし、体がだるい。
私のだるさを理解しているようで、屋敷の中、身内だけの場であれば母も何も言わなかった。
「姫……、体は大丈夫?」
気遣う母に私は笑った。
「少しだるくて眠いけど……大丈夫です」
そう答えると母は悲しげに目を伏せた。
「少し休んだ方がいいわね」
そう呟きながら母は侍女に目配せした。彼女は私の寝所の方へと姿を消した。
「お母様も如何かしら?」
私は皿に盛られた干し肉を見せた。
「うんのちゃんが持ってきてくれたの」
「そう……それは、姫のだから姫が食べなさい」
母は干し肉をいちべつして答えた。
わずかに声がかすれているように感じられた。
一条様の相手をして疲れたのだろう。
「ふぁぁ……」
私は大きくあくびをした。
手で口を隠さないそれははしたないと母から小言を言われるものだ。
ちらりと母を見ると、母はこちらをじっと見つめた。
「ごめんなさい。はしたないわね」
私が自分で言うと母は首を横に振った。
「疲れているのよ。今日はもう横になりなさい」
侍女が戻ってきて、寝所へ促される。
まだ、日は暮れてもいないのに。
だが、寝所の中に入ると、ずんと体が重たく感じられて私は思わず瞼を閉ざした。
そのまま深く暗い中へと身を沈めていく。
「あれから何年たったか……それなのに、どうして」
母のすすり泣く声がした。




