6.
それから私とうんのちゃんの関係は改善された。
完璧な太郎様の意外な一面を知るのは嬉しかった。
口にすると太郎様は顔を真っ赤にしてうんのちゃんを揺らして、うんのちゃんは目を回していた。
鯛の刺身の一件で、太郎様は私と一緒にいる時間を作ってくれる。予定は事前に教えてくれるから、一緒にいられなくても苦には感じなくなった。
「……」
それでも、まだ私は太郎様の涙を受け止めることはできない。
正月に悲しいことがあり、太郎様が伏せたことがあり、その時は私は中へ入ることはできなかった。
ご飯は食べられているとうんのちゃんから教えられて私はほっとした。
そんな時、太郎様はいなくなった。
突然のことで、私は頭が混乱した。
「太郎様は?」
侍女たちに尋ねるが、皆言葉を濁した。
誰も答えてくれない。
太郎様の従者たちも見かけず、話を聞くこともできなかった。
母に問うと、母は困ったように言った。
こんな歯切れの悪い母ははじめてだ。
「太郎殿のことは忘れなさい」
ただそれだけを言う。
「何でそんな酷いことを言うのっ!」
私は母に怒りを覚えた。
質問に答えることもなく忘れろなどあまりに酷すぎる。
さらに酷いのは父だった。
彼も母と同じ意見で、さらにいう。
「もっと良い婿を探しておいてやる」
それに私はますます怒った。
「太郎様ほどの婿はいません!」
そもそも太郎様を婿に迎えたのは父ではないか。
私は大声で叫んだ。
そしてようやく理解した。
幼い私でも何となくわかっていた。
父と、太郎様の実家の関係が悪くなっていることを。
きっと婚約を破棄して追い出したのだ。
「お父様なんて嫌い!」
私は泣き叫び部屋に閉じこもった。
侍女たちに促されても食べることも飲むことも拒否した。
2日もそうしているうちに、母はようやく私の元に客を連れてきた。
「うんのちゃん!」
私は部屋から飛び出した。
「あなたは屋敷に残っていたのね。どうしてすぐに姿を現さなかったの」
彼の目の下にくまができていた。
ここ数日眠れずに泣き腫らした跡がある。
「そう……お父様があなたを閉じ込めたのね」
私は勝手に解釈した。
きっと間者か何かと疑い、うんのちゃんを牢屋に閉じ込めたのだろう。
なんて酷いことをするのだ。
こんな小さな少年を閉じ込めるなど誰も心を痛めないのか。
「もう大丈夫よ。私が守るから!」
私はうんのちゃんの手を握りしめた。
「うんのちゃん、太郎様はどこ?」
私は彼に尋ねた。
その時、うんのちゃんはほおをこわばらせた。
私は警戒した。
うんのちゃんも、みんなと同じくはぐらかしたり、忘れるようにいうのではないか。
「……太郎様は行ってしまいました」
うんのちゃんは小さく呟いた。
「どこへ?」
うんのちゃんは首を横にふった。
「遠くへ行きました」
「そう、なの」
どうやらうんのちゃんもわからないようだ。
「うんのちゃんも置いていかれたのね」
私の問いにうんのちゃんは何とも言えない表情を浮かべた。
「そっか……私と同じね」
私は呟いた。
太郎様はいなくなった。
私と、うんのちゃんを置いて。
私は足手まといになるが、うんのちゃんまで置いていくなど思いもしなかった。
ぐう……
うんのちゃんは顔を赤くした。
お腹が空いたようだ。
長らく閉じ込められて、ろくに食べていないようだ。
「お腹空いたわよね。食べ物を持ってきてもらいましょう」
私は侍女を呼んで食膳を持ってきてもらった。
うんのちゃんの分、そして私の分。
「私のはいらないわ」
下げるようにいうが、うんのちゃんが声をかけた。
「姫も食べてください。2日も食べていないでしょう」
「そうだったかしら」
閉じこもってから時間の経過はわからない。
不思議とお腹が空かないのだ。
「姫、食べましょう。食事をとらずに倒れたら太郎様が悲しまれます」
そう言われたら私は拒否できない。
「仕方ないわね。あ、人参は嫌いだからうんのちゃんが、食べて」
「はい……では、こちらは姫の好物ですから交換しましょう」
私の好きなものを覚えているなど思わなかった。
「もう、お腹空いていないし食べられないのに」
仕方ないわと私はうんのちゃんから器をもらった。
私が食べ物を口にすると、うんのちゃんは少しホッとした表情を浮かべた。
全く……変なうんのちゃん。
それから朝餉の時間は、うんのちゃんが訪れるようになった。
この時だけは、彼に言われて食事を口にするようになった。
母も、父も、私がうんのちゃんに会うのを許してくれた。
ほんのわずかな時間であるが、うんのちゃんは私の面倒をみる係になっていた。
それは、うんのちゃんが実家に呼び戻されるまで続いた。
それでも定期的な間隔でうんのちゃんは私のもとへ訪ねてきた。
彼は地元でとれた果実を私に届けてくれた。
不思議なことに、うんのちゃんが持ってくる果実は腹の中にいれることができた。
他は、どういうことか味がしなくて美味しくない。
むしろ砂を食べる感覚だった。




