5.
その晩、夕餉に出たのは鯛の刺身だった。
太郎様ははじめての鯛の刺身に、頬を緩めた。
「美味しい」
それを聞いて私は胸を撫で下ろした。
「よかった。うんのちゃんが釣りました」
本当は私が釣りたかった。
鯛を釣ったのは私――ではなくうんのちゃんだった。抵抗する鯛の力に引っ張られるところだったけど、漁師が加勢して事なきを得た。
「いいぞ! 若様。こいつぁ、大物だぜ!」
興奮した漁師は叫び、うんのちゃんは腰を抜かし今は寝込んでいる。
まさか初心者であんなに大きな鯛を釣るなど思いもしなかった。
力は頼りないけど、運だけは強いようだ。
鯛を運ぶと通りすがりの御家人がうんのちゃんを誉めそやしたのを思い出した。
「今日はうんのを海に連れ回したようだな」
その質問に私は少し動揺した。
「うんのが泳げないのを知っておきながら……」
「あ、えーと……ごめんなさい」
「謝るのは私じゃないよ」
そう言われて私は目を伏せた。
確かにうんのちゃんが泳げないと知っていながら鯛釣りに連れ出したのはよくなかった。
問題ない波、いざとなれば漁師が助けてくれるとわかっていたが、それでも船上のうんのちゃんは震えていた。
「姫がうんのに意地悪をしているのは知っていた。うんのはあまり言わないが、できれば仲良くして欲しい」
はじめて会った時も似たことを言っていたように思う。
「太郎様は、うんのちゃんが大事?」
「大事、というより落ち着くのだ。私が生まれた時から側にいて」
生まれた時から側にいた。
それは私には叶うはずがない。
「姫が、うんのを嫌うのであればなるべく出会わないようにさせる」
「違うの」
私は震えて言った。
「嫌いじゃない。ただ、いつも太郎様と一緒で、最近はちっとも私と一緒にいてくれなくて……私のお婿様なのに、うんのちゃんとばかり」
私はぽろぽろと涙をこぼした。
見かねた望月が前へ出た。
「太郎様、姫はうんのに嫉妬していたようです」
その言葉はすっと私の中に入ってくる。
嫉妬。
そうか、私はうんのちゃんに嫉妬していたのだ。
「そうか……すまない。最近の私はどうも余裕がなくて姫に寂しい思いをさせていた」
太郎様は申し訳なさそうに目を伏せた。
「だが、うんのに酷いことをしないでくれ。あれがいるから私は何とか立ち回れているのだ」
どうして役に立ちそうにもない、頼りないうんのちゃんが太郎様に求められているかはわからない。
でも、一緒にいると安心するというならそれは私の入り込む隙はないのかもしれない。
うんのちゃんを排除したら、きっと太郎様は苦しむ。
それは私の望むところではない。
「私、うんのちゃんに謝ります」
私は立ち上がり、うんのちゃんが眠る部屋へと向かった。
「ああ、姫」
太郎は私を呼び止めた。
「鯛の刺身は美味しかった。ありがとう」
それを言われて私は複雑だった。
鯛を釣り上げたのはうんのちゃん。手伝ったのは漁師だ。
私はただうんのちゃんを連れ回しただけ。
◆◆◆
うんのちゃんの休む部屋へやってきて、私は声をかけた。
「うんのちゃん」
そう言うと中で大きな音がした。
「ひ、姫様。お見苦しいところを」
中から現れたうんのちゃん。酷い顔だ。
普段であれば笑うところだが、私がしたことだ。
「うんのちゃん、私、あなたに謝らないといけなくて」
「え?」
うんのちゃんは首を大きく傾げた。
「謝る? 何故ですか」
わかってないのだろうか。はぐらかしているのか。
「私、うんのちゃんに酷いことした。意地悪をして……今までも、今日も」
「ああ」
うんのちゃんはふにゃと笑った。
「私は大丈夫です。おかげで太郎様は美味しい鯛を食べられたのでしょう」
「本当は、私が釣ってあなたに勝ちたかったの」
私の目論見をいうのは恥ずかしい。
だが、うんのちゃんより私の方が太郎様の役に立つと見せたかった。
「少しでもあなたに勝ちたくて……でも、神様は意地悪な私じゃなくてうんのちゃんに鯛を釣らせたのよ」
「姫様」
うんのちゃんは優しく私に声をかけた。
「でも、太郎様に美味しい鯛を食べさせて元気になって欲しいのは本当でしょう」
そういうと私は目が熱くなった。
こくりと頷いた。
「その想いだけでも私は嬉しいです」
「でも、あなたは怖い思いをして」
「大丈夫です。太郎様が姫の年齢の方がもっと酷かったから」
うんのちゃんはにへらと笑った。
思いもしない言葉に私は目が点になった。
「太郎様がしでかした数多くのイタズラの半分は私が罪を被りました。おかげで、たくさん怖い思いをしました」
想像出来なかった。
完璧なお婿様が、昔はやんちゃ坊主でうんのちゃんを巻き込んでいたなど。
「驚きました」
「あ! 今は太郎様は心を入れ替えていますよ。あの時のことも謝っていただきました」
うんのちゃんはあわあわと慌てていた。
「えと、どうか太郎様のことは……幻滅しないでください」
そこまで言われて私はくすりと笑った。
「教えて……太郎様のことを」
そういうとうんのちゃんはぱあっと明るくなった。




