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またね、うんのちゃん  作者: ariya


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4/11

4.


 本格的な秋の訪れ、山の紅葉が色づく頃のことだ。

 秋の気配は短く、すぐに肌寒い冬が姿を現すだろう。


 太郎様は一層勉学に励みたいと、私のお誘いを断る回数が増えていった。

 近場の神社や寺であればとようやく一緒に出かけられても太郎様は心ここにあらずのようだ。


「太郎様……」


 私は屋敷の物陰へ消えた太郎様をみて、追いかけた。

 手には焼き餅がある。

 遊びに出かけなくてもお餅を食べるくらいはできるはずだ。

 焼き餅を包んだ包みを抱きしめて、太郎様が消えた先を覗いた。


 一瞬で声を失う。

 太郎様は、うんのちゃんに抱きついて彼の肩に顔を埋めていた。

 押し殺した嗚咽が聞こえてくる。


 母から言われた。

 殿方が隠れて泣いている時は決して声をかけてはいけない。

 女に見られると色々と心が傷つくというのだ。


「まぁ、うちの人はそんなことはもうないけどね」


 ずいぶんと夫婦の関係を築いてお互いの弱さも見飽きた関係だと母は言った。


 自分はまだそうではない。


 太郎様と婚約を交わしているが、まだ自分は裳着も済ませておらず結婚はしていない。

 まだ自分は太郎様の弱さを見て支えられるだけの強さがない。


 うんのちゃんがちらりとこちらを見た。

 その瞳は何とも言えない表情だ。

 困っている。せめて何も言わないで欲しいと願う瞳だった。


 私は両手で口を覆って、その場を立ち去った。

 手に持っていた焼き餅はどこにいったかわからなくなった。


 部屋へ戻り、私は頭をかかえた。


 心の中にあるのは自分へのもどかしさ。


 私が見ることが出来ない太郎様の弱さをうんのちゃんは触れられる。

 きっと支えられている。


 私のお婿様なのに。


 その日から、私は一層うんのちゃんに辛くあたるようになった。


 ◆◆◆


 屋敷の書庫から本を借り出したうんのちゃんを私は呼び止めた。


「うんのちゃん。太郎様は今日は遊べそう?」


 何度目になるかわからない問いにうんのちゃんは困った表情を浮かべた。

 同時に警戒している。ここ最近、私はことあるごとにうんのちゃんに意地悪していた。

 だいたいは無理矢理なお使いなのだが、苦手な強面御家人への使いもされてうんのちゃんはへとへとだった。

 今回は何を言われるのだとうんのちゃんは戦々恐々だった。


「太郎様は今日は、写経をしなければならず……」

「写経? 何で」


 写経なんて退屈なことを何故しているのだ。

 私には理解できなかった。


「その……太郎様の父君が」


 そこまで言われたら私は何も言えない。

 私には父母が同じ屋敷にいるが、太郎様の側には父母がいない。

 元服したとはいえ、太郎様はまだ10代の若者なのだ。


「わかったわ」


 私は頬を膨らませた。

 諦めた私を見てうんのちゃんはため息をついた。


「それならうんのちゃんが代わりに私と一緒にきて」


 私はうんのちゃんの手を握った。

 もちっとした感触の手に私はため息をついた。


 太郎様と同い年なのに、随分と違う手の感触だ。

 確かに少しばかり皮膚が硬い部分があるが太郎様の方が硬い豆がいっぱいできていた。


「わかりました。望月に伝えますので少し待ってください」


 うんのちゃんは手に持っていた書物も見せた。

 難しい書物で、私にはよくわからない。

 きっと太郎様が読む為に借りたのだろう。


 ◆◆◆


 海の風がひやりと冷たい。

 私は船の準備をしている男に声をかけた。

 すでに侍女に話を通してもらっていた。


「姫様、何をされるのですか?」


 うんのちゃんは心配そうに声をかける。


「鯛釣りよ」


 私はうんのちゃんに何のこともないように言った。


「最近、太郎様が塞ぎ込んでいたから鯛の刺身をご馳走したいの」


 釣竿をうんのちゃんに渡す。


「鯛が釣れるまで帰らないわよ」


 私はうんのちゃんを船に乗せた。

 私も一緒に乗る。


「わわ、すごい波……姫様、危ないです」


 船の揺れにうんのちゃんは青ざめて私に声をかけた。


「大丈夫よ。この人がいるもの。船の扱いには慣れているから」


 船を漕ぐのは漁師。私の屋敷に魚を届ける凄腕の男だ。

 彼が一緒なら大丈夫だろう。


「なら、姫様は陸で待機してください」


 万が一があると危ないと言っているのだ。


「大丈夫よ。このくらいの波なら私は何度も釣りに出たわ。うんのちゃんとは違って泳げるもの」


 私は意地悪げに笑った。

 それにうんのちゃんはしゅんと落ち込んだ。


 夏の海で、太郎様たちと遊んだことがある。

 水泳も楽しんでいた。

 私は水泳に参加していなかったが、太郎様と従者、母がお供させた御家人で競争をしているのを眺めた。

 うんのちゃんは泳げないようで見学していた。


 見た目通りの姿に私は呆れたものだ。


 御家人に頼んで泳げるように指南してもらったが、すぐにばててしまった。


「大丈夫よ。うんのちゃんが海に落ちても、彼が助けてくれるわよ」


 船を操る漁師は豪快に笑った。


「うぅ」


 情けない声でうんのちゃんは船に揺らされる。

 端にしがみついて陸の方を見つめた。


 陸から離れる度に情けない声をあげた。


「ほら、釣竿を構えて」


 私はうんのちゃんに釣りの仕方を教えた。


「太郎様は最近落ち込んでいるのでしょう?」


 うんのちゃんは私の方を見上げた。


「私は、太郎様に元気になって欲しい。この時期の鯛は身が引き締まっていて美味しいの……せめて美味しいものを食べて欲しい。だから、一緒に頑張って」


 そこまで言うと、うんのちゃんは震える手で竿を握りしめた。

 

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