3.
夏が終わり、秋の気配を感じる。
それでも日中の日差しは強く、境界線に見える大きな雲はまだ夏だなと感じられた。
影がくっきりと見えるこの季節に、私はある遊びをしていた。
「姫、何をしていますか?」
一緒に海を訪れた太郎様は私に声をかける。
「想い送りよ」
はじめて聞く遊び名に太郎様は首を傾げた。一緒にいる従者たちに視線を配るが、誰も知らないようだ。
うんのちゃんも知らないようで私はほくそ笑んだ。
当然だ。
私が名付けた遊びだから。
「太郎様に教えます。これは、私が気付いたことです」
こうした綺麗な空の下。
何もない場所に立って、じっと影をみつめる。
「10を数えて」
瞬きをせずに上を見ると空に影が移動する。
「発見した時に乳母に話すと、大事な人に想いが届くのですって……だから、想い送りと名付けました」
私が説明し終えたら、太郎様は首を傾げた。
きっと空の影が見えないから何と反応すればいいか悩んでいるのだ。
「でもね、見えるのは送った本人だけなの」
「ああ」
付け加えて説明したら、太郎様はなるほどと頷いた。
「姫は誰に送ったのだ?」
「乳母よ」
私の乳母は腰を痛めて、里へ帰ってしまった。
彼女に想いを送ったと知り、太郎様は笑った。
「乳母殿も喜ばれるでしょう」
「太郎様も、送ってみたらどう?」
私は彼に、想い送りを勧めた。
「しかし、誰に送ればいいのか」
「そんなの太郎様のお父様に決まってます!」
私はにこにこと相手を提案した。
「太郎様のお父様は、長らく戦場をかけております。無事を祈る為にしましょう」
太郎様はなるほどと頷いた。
「確か、影をじっと見るのだね」
「そうです。その間に祈るの! ご無事でいて欲しいと」
太郎様は数を数えて、10になると瞬きせずに空を見た。
「見えた」
太郎様はぽつりと呟いた。
「成功です!」
私は太郎様の腕にしがみついた。
腕に手を絡めてみると、太郎様のしなやかな体に筋肉が少し感じられる。
いずれは太郎様も、戦場に行くのかもしれない。
私はぎゅっと彼の腕を抱きしめた。
「太郎様の想いは届くはずです」
そう言うと太郎様は、笑った。
「そうだ。あなたたちの父君も、戦場でしょう?」
私はうんのちゃんたちにも声をかけた。
せっかくのいい天気なのだから、彼らもしたらいい。
そういうが、従者たちは微妙な表情を浮かべた。
「申し訳ありません」
うんのちゃんは自分たちが躊躇する理由を伝えた。
「私たちは仮でも神官の血も混じっていて……今のは、その……」
私と太郎様がした後にいうのはよくないと思いながらも口にした。
「魂を送る動作に似ており、私と彼がすると……戻れなくなるかもしれないと思いました」
その言葉に私は笑ってしまった。
「何よ。怖がって……うんのちゃんて意外に臆病なのね?」
送るのは想いであり、魂ではない。
そんな大それたことができるわけないし、私は今まで何度もしたがこうして無事なのだ。
「わ、私はその……」
「はいはい、うんのちゃんは怖いのね。なら、無理にしなくてもいいわよ」
せっかく面白いことを教えたのにしらけてしまった。
内心同郷の太郎様も同じく考えているかもしれない。
もう、うんのちゃんが余計なことをいうから……
「太郎様、魂は飛びませんよ。私は平気でしたし」
そんな危ない遊びじゃないはずだが、ついつい彼に説明してしまう。
悪いことを教えたと思われたらどうしよう。
「いや、姫の想い送りは面白かった」
太郎様は笑いながら私の頭を撫でてくれた。
「ありがとう」
ぽつりと太郎様の口からこぼれたお礼の言葉に私は首を傾げた。
「実は、父に文を久しく出せてなかった」
「まぁ、どうして?」
私は不思議だった。
遠い地にいる乳母に今も文のやり取りをしている私から見たら、太郎様が自分の父に文を出せてないことが意外だった。
「何と書けばいいかわからなくて……」
太郎様は困ったようにいう。
ますます不思議だ。
礼儀正しく、勉強にも熱心で、最近は私の父にも褒められている太郎様が文を書くのに悩むなんて。
「まぁ、私の父の性格もある。回りくどい文はあまり好きじゃないから」
周りから聞く太郎様の父の噂を思い出して、私は頷いた。
「だから今の想い送りは良かった。これなら気軽に父の無事を祈れる」
まるで、祈ることが難しい言い方だ。
何か、悩みがあるなら言って欲しい。
だが、私が父にねだっても解決しないことかもしれない。
「そうだわ! 私が文を書きます」
私は思いついたように叫んだ。
「私が太郎様のお父様に文を書くのです。私も太郎様も元気です。だから安心してください! と」
遠慮がちな文が嫌なら簡単なら読まれるなら私が書けばいい。
私の年齢ならば、そんな書き方しても問題ないだろう。
そうと決まれば、屋敷に戻って紙を準備しなければ。
私が屋敷へ帰ろうとすると、太郎様が手を握った。
振り返ると太郎様は困ったように笑った。
「気持ちはありがたいけど、大丈夫です。父はそもそも文のやりとりが苦手で、代筆任せで……今の想い送りが出来ただけで十分です」
「……そうなのですか?」
文が嫌いならかえってよくないかもしれない。
私が文を書くのは見送りになった。
しばらく海で遊んだ後の、帰りがけに太郎様は私に尋ねた。
「いつか、私が姫に想い送りします。姫は受け取ってくれますか?」
それに私は飛び跳ねるほど喜んだ。
「はい! 是非」
私の返事に太郎様は微笑んだ。




