端末と試験開始
ブースは一見個室のように見えた。だが隔壁は腰の高さまでで、上部は開放されている。隣の気配がはっきりと感じられる。息遣いや衣擦れの音が筒抜けだ。だからこそ、誰も大声を出そうとは思わない。静寂が空気をピンと張り詰めさせていた。
ユニットは仮想空間へダイブするときに使用する一般的な形だ、最も普及している形だ。
レンは割り当てられたユニットに腰を下ろした。座面が体温に応じて形状を変え、適度な固定感を与える。前方のスクリーンが淡く発光し、待機画面を表示する。
【接続準備を行ってください】
【所持物をトレイに置き、両手をセンサーに乗せる】
レンは従った。さっきまで飲んでいたペットボトル、飴玉の包み紙。些細なものばかりだ。トレイが滑るように隔壁の奥へ引き込まれる。両手の指先に微弱な電流が走り、神経パターンのスキャンが始まる。仮想空間へのだいぶ前のいつもの感覚だ。
隣のブースで誰かが咳をした。それだけだった、誰も振り返らない。
スクリーンが切り替わる。
【個体ID:1872R-01398271 確認完了】
【適性評価プロトコルへ移行】
【カウントダウン:00:04:52】
四分五十二秒、レンは深呼吸をした。肺が規則正しく膨らみ、縮む。ただの手順だ、いつもの延長。
周囲を見回す、参加者たちは皆、同じ姿勢でスクリーンを見つめていか、目を閉じている。あるいは、何も考えていないようにも見える。準備という準備は、既に終わっているはずだし、講座で学んだこと、訓練で体に染み込ませたことをあとは「発揮する」だけ。
【00:03:10】
レンは眉を僅かに動かした、単なる疲労だろうか?ここ数日の予習で睡眠時間が少し削れていたのは確かだ。でも大丈夫、これくらいなら問題ない。
【00:01:30】
隣のブースの気配が変わった。深呼吸、レンは意識せず同じ動作を繰り返す。呼吸は安定しているし、体温も正常、血圧も標準範囲内、体調は万全。
【00:00:48】
カウントダウンの桁が変わる瞬間、部屋のライトが落ちた。誰かが椅子を鳴らし、また別の誰かが短く息を吐いた、それが共鳴し合い、一瞬だけホール全体が不穏な静寂に包まれる。
【00:00:23】
レンは目を閉じた。
頭の中でイメージを描く、シミュレーション内の自分。冷静に状況を把握し、迅速に行動し、正確に判断する自分。間違いなど起こらない。信念は揺るがない。
【00:00:05】
目を開けた、視界が白く変化する、ダイブが始まった。
【00:00:05】赤い数字が冷たく点滅している。それを見上げる若者たちの顔も、どこか青白く見えた。でも大丈夫、きっとうまくいく、自分を信じて、最善を尽くせば。
「よし、行くぞ」
レンは短く自分に言い聞かせ、意識を電脳空間へ飛ばす。
【試験開始】




