対策講座
階段を降りて列の末尾につく、さっきよりはマシだけど、やっぱり人は多い。前後左右、同じ年頃の若者たちに囲まれる。みんな表情は様々だ、緊張で顔が強張っている者、無理に明るく振る舞っている者、無言で前を見つめている者。
ゲートまであと十メートル、試験開始まで残り二時間を切ったところで、ゲート手前で二人は立ち止まった。最後の確認というわけでもないが、なにか話をしておきたいような空気があった。お互いの顔を見て、なんとなく足が止まった感じだ。
「なあ」
ユウトが先に口を開いた。いつもの調子だけど、少しだけ声が低い。
「お前、何受けてた? 対策講座」
「何って? 俺たちが取ったやつだろ?」
「いや、俺はサバイバルと、あとハードエンジニアの基礎とか、お前は?」
レンは頷いた。
「俺もだ、あと体操と極地訓練講座」
「あれ取ったのかよ! すげえな」
「え? いや、必修みたいなもんだろ、取って当たり前っていうか……」
ユウトは苦笑した。
「必修って言うわりに、うちの学校で取ってたやつそんなにいなかったけどな。みんなもっと楽そうなやつ選んでたぞ」
「えっ、マジかよ! 俺てっきり……」
「でもまあ、無理もないか、あれキツいもんな」
確かに「キツかった」ことは覚えている。厳しい訓練の日々、筋トレだけではなく、実践形式の模擬訓練もあった。それは単なるサバイバル訓練を超えた——何と言うか、「生き残るための精神構造を再構築する」ようなプログラムだった。思考を停止せず、常に最適解を探す思考法、極限状態での判断力を養う反復演習。きつかったけど、それが「必要だ」と思ったから頑張れたのだ。そう思えばこそ、耐えられた。
それでもレンは迷わず申し込んだ、理由はシンプル、*それが「必要そうだと思った」から*、当たり前のことだ。試験に受かるために必要なら、やるしかない。
「もっと取ればよかったかなぁ……」とレンは呟いた。
「他にどんなのあったっけ?」
「心理ケア講座とか、戦略分析系とか。あと……」ユウトは眉を寄せて記憶を探る。
「そうだ、交渉術とか?」
「あー、あったあった! でもどうだろ。あんまり詰め込みすぎても疲れるだけかもな」
「それはあるな。脳がパンクしたら元も子もないし」
レンも同意した。実際、4つ目の講座を始める直前まで悩んだのを思い出す。けれど最終的には無理をして肝心のところが疎かになるほうがまずい、そう判断したのだ、自分で考えて、自分で決めた結論だ。
ゲートの近くになるとさらに人混みが増えた、だが整然とし、誰も混乱していない。誰も列を割り込んだり、押し合ったりしていない。まるで全員が「指示待ち」をしているようだった。それが少し不気味に感じられたけれど、レンはすぐにその思考を振り払った。みんな真面目なんだよ、きっと、これだけの大事な試験なんだし、混乱なんて起きるわけがない。
「時間ないな、そろそろ行くか」
「だな。気合入れてこ!」ふたりは歩調を早めた。人波の隙間を縫うように進む。ユウトがふと足を止め、レンの方を向いた。
「もし何か一つだけ準備不足だったとしたら……お前なら何だと思う?」
レンは少し考え込んだ、サバイバルもエンジニアリングも基礎はやった。体力作りも数値的には問題ないはずだ、じゃあ何が足りない?
「……交渉術、かもな」
「交渉?」
「ほら、試験中に他プレイヤーと協力することもあるだろ? そこんとこちゃんと勉強しておけば良かったかもって。言葉の通じない相手とかいたらどうすんべかなーって」
「あー……確かに。それは盲点だったかも」
ユウトは軽く笑った、レンは内心でほっとした。本当に必要かわからなかった教科書のページが脳裏をよぎったが——きっと大丈夫だろう。こういうのこそ「試験が教えてくれる」ことなのだ。少なくともこれまでの十年間ずっとそうだった。基礎さえしっかりしていれば、あとは現場で学べばいい。そう自分に言い聞かせる、自分は正しい選択をしているはずだ。
「ま、なんとかなるだろ! 俺たちだって今まで散々対策してきたんだしな!」
レンは明るく言い放ち、ユウトの背中をバンと叩いた。
「だといいけどな……お前、そういうとこ楽観的だよな」
「楽観的じゃなきゃ生きてられないって! なあユウト、もしシミュの中で会えたらさ、一緒に飯食おうぜ! 豪華なやつ!」
「ははっ、それな。」
ユウトの表情が少し緩んだのを見て、レンは自分の判断が間違っていなかったと思った。緊張している時は、無理にでも明るく振る舞うのが一番だ。
ゲートが迫る。
巨大な電光掲示板に表示されたカウントダウンが、残り三十分を切っていた。
『00:28:45』




