正解と法律
会場の中は、外から見た以上に広大だった。
無機質な白い壁に囲まれた空間、天井は高く、照明は均一に明るい。誘導されるままに進むと、整然と並んだポッドが視界に入ってきた。無数の棺桶のような形状がいくつもいくつも並んでいる光景は、ある種の異様さを醸し出していた。
「ここが……」
ユウトが小さく呟く。
「すごい光景だな。配信で見た時よりも圧倒的だ」
レンは感嘆の声を漏らした。
画面越しでは味わえないスケール感、これだけの人数が同時に試験を受けるのだという実感が、じわりと押し寄せてくる。
係員の指示に従って並ぶ、前を歩く見知らぬ受験生の背中を見つめながら、レンは思考を巡らせた。
(仮想環境とはいえ1ブロック五万人規模のシミュレーションだ。初期配置もランダムだろうし、ユウトと同じ空間に放り込まれる可能性は低い……いや、ほぼ無いか)
そう考えると、少し寂しさも湧いてきた。だが、それもすぐに切り替える。
(やることは同じだ、どこにいようと、自分の判断を信じて動くだけ)
隣のユウトを見る。彼もまた何かを考えているようで、遠くを見つめるような目をしていた。
「なあユウト、真っ先に何する?」
「水場探すかな、生きるのに水は必需品だろ」
「つまんねー答え! もっとこう、ド派手なこと言えよ! 例えば『未知の文明の遺跡を探す!』とかさ!」
「バカかお前は、現実的に考えろよ。まずは安全確保と情報収集だろ」
ユウトは呆れ顔で肩をすくめる。その反応がいつも通りで、レンは少し安心した。
「ちぇっ、堅いなぁ。まあ、確かにそれが正解なんだろうけどさ」
レンは苦笑いした。
(正解……か)
試験には正解がある。いや、正解があると決められている。俺たちはそれを見つけるために、この中に放り込まれる。
学校の試験対策講座で、教官が言っていた言葉が蘇る。あれは確か、法制度の歴史をやっていた時だった。
『いいか、諸君。試験は単なるゲームじゃない、社会の安全弁だ。なぜこの制度が三千年以上も続いていると思う? それは機能しているからだ。人類が宇宙に進出し、寿命が延び、人口が爆発した。その中で"支える側"と"支えられる側"を明確に分ける。これがいかに重要か、歴史が証明している』
そして教官は淡々と法律の条文を読み上げた。
『社会安定維持及び適性選別法。第1条。本法は、社会機能の継続的かつ安定的な運用を確保するため、精神的脆弱性を有する者による重大な判断逸脱及び社会的損失を未然に防止し、個々人をその適性に応じた配置へ導くことを目的とする』
当時はただの暗記物だった。試験に出るから覚える、ただそれだけの文字の羅列。
『第3条。精神的脆弱性とは、極限環境下において合理的判断の継続的不能、過度の恐怖や依存、思考停止、資源管理能力の欠如、対人関係における致命的な不適応を示す性質をいう』
精神が脆い者は社会を壊す、だから見つけ出して隔離しなければならない。それは俺たちが生きていくための絶対的なルールだ。
『第2条。国民は定められた年齢及び条件に達した時点で試験を受けなければならない。任意の辞退は認めない』
拒否権はない、そんなもの、考えたこともなかった。皆が受けるから自分も受ける、それが当たり前だから。
『第9条。試験結果に基づき個人は適性に応じた社会的役割に配置される。配置は本人の意思に優先する』
自分の意思よりも適性が優先される。それもまた当然のこととして受け入れてきた、社会を維持するためには仕方がないことだから。
「……レン? 何ボケっとしてんだ?」
ユウトの声で思考が引き戻された。
「あ、ああ。悪りぃ。ちょっと考え事しててさ」
「試験中に考え事なんてしてらんねーぞ。しっかりしろよ」
「わかってるって!」
ユウトはそれ以上言い募らず、視線を前方に戻した。その横顔はどこか強張っているように見えたけれど、レンはあえて触れないことにした。きっと緊張しているだけだ。自分だって心臓の鼓動が少し早いんだから。
列が少しずつ前へと進んでいく。冷たい照明の下、機械のように整然と吸い込まれていく人の流れ。その光景は圧巻だった。何万人もの若者たちが、一糸乱れぬ動きで流れていく。




