行動開始
再び、警告灯の点滅音だけが残る。
レンは天井を見上げたまま、数秒動かなかった。
「……なるほどね」
呟く声は、意外なほど冷静だった。
状況を整理しよう、今の船はもう長く持たない、近くに放棄された大型船がある。自動でドッキングするから、そこへ移れ、シンプルだ。
「要するに、状況の確認のアナウンスか」
レンは軽く肩をすくめた。深刻な事態であることを端的にしめす、そして行動を促す。試験としてはありきたりな設定だ。試験で重要なこと、それは現状を受け入れること、それが講座で何度も叩き込まれた基本だ。
「でかい船に移るのが最初の試験かもしれない」
試験はもう始まっている・・・。
レンは視線を壁の配管から手元の端末へと移す。
「地図更新されてないかな……」
画面を確認するが、やはり自分の現在地を示す点があるだけだ。ドッキングポイントの情報もなければ、移乗先の船の構造も分からない。
「まあ、これからどんどん分かってくるんだろうけど」
独り言が口をついて出る。静かな通路に自分の声が響くのは、少し落ち着かない気もしたけれど、沈黙に耐えるよりはマシだ。
状況はシンプルだ、この船はもたない、別の船へ移る必要がある。試験で提示された目標は、移動して、生き残って、その先で機能を復旧させる。
ただそれだけだ。
思考に迷いはない、崩壊リスクが高いなら、ぐずぐずしている暇はない。さっさと移るのが正解だ。そう判断するのは当然のことだった。
そのとき、再び足音が聞こえた。今度ははっきりと近い。
レンは視線を前に戻す。暗い通路の奥、非常灯の明滅に合わせて、誰かの影が揺れた。
誰かがいる。
レンは足を止めた、迷わず歩みを寄せるべきか——いや、少し待て。
相手がどういう人間か分からない。最初の三日間は危害禁止のルールがあるけれど、いきなり飛び出して驚かせるのは得策じゃない。まずは様子を見よう、それが適切な行動のはずだ。
「……おーい」
声は大きすぎないように、でも届くように、明るく呼びかけた。
暗がりの中で人影が止まる。相手の端末のライトがこちらを向き、レンの顔を照らした。
髪が少し長めで、表情は硬い、緊張している様子だが、非友好的ではないようだ。
「……同じか」
相手が先に言った、落ち着いた声だ。
「ああ、試験参加者だよ」
レンは軽く手を挙げて見せた。
「びっくりさせちゃってごめんね。誰かいると思ってさ」
「NPC的ななにかとか、敵対生物的な何かの可能性もあるから」
「過去の試験では、初見でモンスターとかもあったようだし」
レンは警戒されないように少し説明口調で話す。
相手は特に警戒する様子もなく、端末を下ろした。
「状況は把握してる?」
「ドッキングのアナウンスが流れたんだ。この船はもたないらしい」
レンは軽い感じで聞いてみる。
「聞いた。でも詳細は不明だな」
「だよね。地図も更新されてないし」
レンは自分の端末を軽く叩いてみせた。
「ここから一番近いドッキングポイント、分かる?」
相手は首を振った。
「まだ探索範囲外だ。歩いて探すしかない」
「そっか。じゃあ、一緒に行かない? 一人より二人の方が効率いいし、なんかあった時助け合えるし」
レンは自然と提案していた。迷いはない、合流する、それが最適だと判断したからだ。
相手は少し考え込むような間を置いてから、頷いた。
「……そうだな。それがいい」
「よし! じゃあよろしく。俺はレン」
「シグマだ」
「シグマか。カッコいい名前だね」
レンは明るく笑った。緊張感のある状況だけれど、挨拶くらい明るくやらないとやってられない。
「それにしてもさ、でかい船に移るんだってね。ロマンあるよなぁ。どんな船なんだろ? デッキとかプールとかあったら最高なんだけど」
「……そんな余裕があるとは思えないが」
シグマは呆れたように言ったけれど、口元が少しだけ緩んだ気がした。
「夢は見るもんでしょ! なあシグマ、あっちに階段見えるんだけど、そっちから上層に行ってみない?」
「ああ。ドッキングポイントは艦の中心にある可能性が高い」
二人の歩幅が揃う、無駄話をしながらも、視線は周囲を警戒していた。




