崩壊する宇宙船
【シミュレーション開始】
赤い光が、断続的に視界を染めていた。
レンはゆっくりと目を開ける。
天井。
冷たい金属パネル。
ところどころ塗装が剥がれ、内部の配線が黒く露出している。
警告灯が点滅している。
赤、暗転、赤、暗転。
そのたびに空間の輪郭が不気味に歪んで見えた。まるで船そのものが苦痛に喘いでいるかのように。
「……船内、か」
体を起こす。
床は冷たく、微かに振動していた。遠くで低い唸り音が響き、どこかで空気が漏れるヒューという音も混じっている。映画やニュースで見た宇宙船の事故現場そのままだ。
自分の服装を確認する。
長袖シャツに長ズボン、動きやすいが、防寒や防護性能は皆無に等しい。肌寒い空気がシャツ越しに伝わってくる。
肩にはリュック。
さっそく開けてみると、簡易パックが整然と収まっていた。
食料。水。着替え。
事前情報通りだ、よしよし、出だしは悪くないね。
左腕に違和感がある。
視線を落とすと、そこには黒い腕部端末がしっかりと装着されていた。
同時に、低い電子音が鳴る。
〈警告〉
半透明の表示が空中に浮かび上がる。
酸素レベル:低下傾向
電力供給:不安定
構造損傷:複数箇所
一瞬だけ間を置いて、次の表示が点滅する。
推奨行動:安全区域の確保および状況確認
レンは画面を見ながら、小さく息を吐いた。
「分かりやすいね、ありがと」
素直にそう口に出す。酸素が低下しているなら、ここでぼんやりしている暇はない。
端末のライトを点灯させる。
白い光が薄暗い通路を鋭く照らし出した。
周囲を見渡す。
狭い通路、壁には無数の擦過痕。外壁や天井だったものが転がっている。
生活空間の温かみはない。どう見ても作業区画か、メンテナンス用の補助通路だ。
「……さてと。まずは合流、かな」
独り言をつぶやきながら考える。
一人で動くより、誰かと情報を共有した方が効率がいい。それに、この船内で一人ぼっちってのも寂しいしね。
自然な判断だった。自分で考えた最善の行動。
端末に軽く触れて地図表示を呼び出す。
だが、画面には自分の現在地を示す点があるだけで、周辺の地図は真っ白なままだ。
「探索範囲で更新されるってことか。……地味な作業だなぁ」
レンは苦笑しながらも、気持ちを切り替えた。
やるしかない。ここからが本番だ。
「よし、行こう」
一歩踏み出す。
靴底が金属の床を叩く乾いた音が、静かな通路に響き渡った。
靴底が金属を叩く音が響く。その瞬間、遠くで別の音。
足音だ、レンは動きを止める。
数秒の沈黙、また音がする。
複数ではなさそうだ、一人分の足音。
レンは迷わず音のした方向に視線を向けた。
「いたな」
思考に迷いはない。
合流する、それが今の最適な選択だ。
赤い警告灯が、点滅している。
その光の中で、レンは足音の方向へ歩き出そうとした。
そのとき、
「ブツッ——」
ノイズが走る、天井のスピーカーが、かすかに震えた。
次の瞬間、途切れがちな音声が流れ出す。
「——こちら、航行管制……」
音が歪んでいる、だが内容ははっきりと聞き取れた。
「機体損傷により……現行状態の維持は不可能……」
レンは足を止め、天井のスピーカーを見上げる。
「——繰り返す。本船は、長時間の維持ができない」
わずかな間。
「近接宙域に、放棄された大型船体を確認……」
映像はなが、状況はすぐに理解できた。今乗っている船はもうダメで、近くにある別の大きな船に移れということだ。
「自動航行システムにより……当該船体へのドッキングを実施する」
遠くで、何かが動くような重い音が響く。船そのものが軋むような、腹の底に響く振動。
「ドッキング後、速やかに移乗せよ」
ノイズ。
「本船の崩壊リスクが——」
一瞬、音声が途切れる。
「——高い」
完全な静寂。そして、短く。
「以上」
音が切れる。




