人魔会議、開廷
「陛下。貴族の皆様。将校の皆様。そして、王都の市民の皆様」
ナギの声が王宮の大講堂に響いた。天井の高い石造りの大広間。窓は全て開放されており、外に集まった市民にも声が届く。
大講堂は満員だった。五百人以上が席を埋めている。正面の玉座に王レクトスが座り、左右に王族と貴族が並んでいる。将軍が軍の将校を率いて右翼に立ち、商人ギルドの代表が左翼に座っている。
そしてナギの背後に、六族の代表が並んだ。
ゴルドが背筋を伸ばしていた。緑の肌、白い頭髪、骨飾り。三百年を生きた長老の風格。
ボルガが腕を組んでいた。灰褐色の肌に突き出た牙。二メートルを超える巨体。だが目は穏やかだ。鍛冶師の目だ。
ファングが床に伏せていた。灰銀色の毛並み。額の蒼い紋様。四十頭の群れの長。
スライムの群体知性が透明な器の中で脈動していた。光を反射する粘液が、ゆっくりと渦を巻いている。
深淵蟲の使者が触角を畳んでいた。黒い甲殻。節のある足。人間の目には異形に映るが、知性のある目がナギを見つめている。
講堂の空気が張り詰めた。貴族の中には露骨に顔をしかめる者もいた。魔物を王宮に入れるなど前代未聞だ。
ナギが続けた。声を張った。斥候時代に鍛えた声量だ。大講堂の隅まで届く。
「俺はナギ。追放者です。かつて王国の斥候隊に所属し、追放されました。理由は魔物と話せるからです。魔物語というスキルを持っていたために、呪われた者として軍から放り出されました」
静まりかえった講堂にナギの声だけが響いた。追放者。その言葉の重みが、貴族たちの表情を引き締めた。追放された人間が、王の前に立っている。それだけで異例の事態だ。
「今日、ここに六つの種族の代表がいます。彼らは敵ではありません。千年前から、人間と共に生きたいと願ってきた隣人です」
ナギは一族ずつ紹介した。
「ゴブリン族の長老ゴルド。三百年の知恵を持つ薬師です。この二週間、王都の貧民街で病人を治してきました。治療を受けた方がここにいらっしゃるはずです」
講堂の後方で、貧民街の母親が小さく手を挙げた。
「オーク族の族長ボルガ。大陸最高の鍛冶師です。この数日、市場で鍛冶の実演を行い、人間の鍛冶師と技術交換をしました」
商人ギルドの代表が頷いた。鍛冶の実演は既に話題になっていた。
「森狼族の族長ファング。偵察と追跡の達人です。城壁の巡回を手伝い、人間の見張り兵の三倍の速度で同じ範囲をカバーしました」
将軍の副官が腕を組んで頷いた。
「スライムの群体知性。分析の天才です。王都の井戸の水質を調べ、7つの井戸に有害物質が含まれていることを発見しました」
王が目を閉じて頷いた。報告は既に受けている。
「そして深淵蟲の使者。地下の専門家です。王都の地下水路の補修を行い、3日で人間の技師が1ヶ月かかる工事を完了しました」
ナギは根源的魔物語で全ての代表に語りかけた。
【みんな。この人間たちに挨拶してくれ。俺が通訳する】
ゴルドが前に出た。
【人間の王よ。ワシは三百年間、森の中で人間を恐れて暮らしてきた。だがこの二週間、王都で人間と触れ合い、わかった。人間はゴブリンが思っていたほど恐ろしくない。少し大きくて、少しうるさくて、少し不器用なだけじゃ】
ナギが通訳すると、講堂の空気が微かに緩んだ。誰かが小さく笑った。
ボルガが腕を解いた。
【我は鍛冶師だ。炎と鉄が我の言葉だ。人間の鍛冶師と話した。言葉は通じなかったが、炎は通じた。良い焼き入れを見れば、種族は関係ない。それが鍛冶の真理だ】
ファングが立ち上がった。
【匂いで分かる。この場所にいる人間の半分は恐れている。半分は興味を持っている。恐れと興味は同じ匂いがする。知りたいと思う気持ちは、種族を超える】
群体知性が脈動した。
【提案。人間と魔物の共存における最適な資源配分モデルを、データに基づいて構築することが可能。現時点で収集した情報から、王都と辺境の両方にとって利益のある協力関係を提示する用意がある】
深淵蟲の使者が触角を伸ばした。
【我らは地の下に住む者。人間が地の上に住む者。互いの領域を侵さず、互いの技術で助け合える。千年間、我らは地の下で人間を恐れていた。もう恐れたくない】
ナギが全てを通訳した。六つの言語。六つの声。六つの願い。全てが一つの言葉に集約される。
共に生きたい。六つの種族が、六つの言語で、同じことを言っている。
講堂の空気が変わっていた。恐怖が消えたわけではない。だが好奇心が、理解が、少しずつ恐怖を押し退け始めていた。窓の外からも息を呑む気配が伝わってくる。市民たちが聞いている。
ナギは根源的魔物語の負荷を感じていた。六つの種族への同時通訳は集中力を著しく消耗する。一日四、五時間が限界だ。だが今は限界を超えてでも声を出す。今日のために、全てを賭けてきたのだから。
トルクが壁際で腕を組んでいた。表情は変わらない。だがナギは知っている。トルクが腕を組むのは、戦いの前に覚悟を決めた時だ。今、トルクもまたナギと同じ戦場に立っている。剣ではなく、言葉の戦場に。
マルコが講堂の隅で記録を取っていた。王宮の書記官として。この日の記録は、千年後に読まれる記録になる。マルコの手は震えていた。だがペンは止まらなかった。
だがそこで、貴族の一人が立ち上がった。
「感動的な話だ。だがこれは演出に過ぎない。魔物が人間と共存できる証拠はどこにある。歴史が証明しているだろう。魔物は人間を襲う。二百年前の獣語りの乱を忘れたのか」
予想通りの反論だ。ナギは頷いた。
「では、歴史をお見せしましょう。二百年前に本当に何が起きたのか。皆様がお信じになっている『獣語りの乱』の真実を」
貴族がざわめいた。獣語りの乱。二百年間、教科書に書かれてきた歴史。魔物語スキルの持ち主が反乱を起こしたとされる事件。それが嘘だというのか。
ナギは将軍に目配せした。将軍が立ち上がった。鷹の目が講堂を見渡した。軍人の威厳が空気を変えた。
「陛下のお許しを得て、軍務省の地下書庫から発見された改竄前の原本を読み上げます。これは王家の印璽が押された公式文書であり、偽造の余地はありません」
王が頷いた。「許可する」。その一言で、講堂が静まった。
将軍が原本を広げた。黄ばんだ羊皮紙。王家の印璽。二百年前の真実が、大講堂に響き渡ろうとしていた。
ナギは深呼吸した。ここからが本番だ。千年の嘘を、千人の前で暴く。歴史を書き換える。
セリアが講堂の壁際に立っていた。弓を背負い、緑色の目でナギを見つめている。目が合った。セリアが小さく頷いた。大丈夫。あんたなら大丈夫。
ナギは前を向いた。王を見た。貴族を見た。将校を見た。商人を見た。そして窓の外の市民を見た。
全員が聞いている。全員が待っている。千年の嘘を解き明かす言葉を。
ナギの心臓が速く打っている。だが声は震えない。交渉者は声を制する。辺境で学んだ。ゴルドに学んだ。ボルガに学んだ。ファングに学んだ。全ての出会いが、今この瞬間のためにあった。
将軍が読み始めた。低く、力強い声が大講堂を満たした。二百年前の文字が、千人の耳に届いた。
千年の壁に、最初の亀裂が入る音が聞こえた。




