表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物交渉者 〜「気味が悪い」と追放された斥候は、魔物と交渉するだけで最強の領地を築き上げる〜  作者: 景都 (けいと)
共存の地図

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/100

商団の終焉

「儂の軍を使え」


 将軍がダリウスの拘束翌日に言った。軍務省の一斉捜索だ。八人の工作員を拘束する。千年分の改竄記録を洗い出す。将軍は躊躇わなかった。自分の軍の名誉を汚されたことへの怒りが、行動の速度を上げていた。


 捜索は三日で完了した。将軍は信頼できる副官と古参兵だけで構成した捜索隊を組織した。軍務省内の情報漏洩を防ぐためだ。


 八人の工作員が次々と拘束された。事務官三人、下級将校二人、兵站担当二人、情報部の書記官一人。全員がダリウスの推薦で配属された者たちだった。抵抗した者はいなかった。ダリウスが捕まった時点で、工作員たちは任務の終了を悟っていた。中には十年以上軍務省に勤務していた者もいた。同僚として共に働いてきた兵士たちは、裏切りの事実に動揺した。


 だが最大の発見は、軍務省の地下書庫にあった。


 将軍の副官が埃だらけの木箱を運び出した。箱の中に、黄ばんだ羊皮紙の束。二百年前の日付。獣語りの乱の公式記録だ。


 だがその下に、もう一つの記録が隠されていた。


 将軍が読み上げた。ナギとゴルドが隣で聞いている。


 「魔物語スキル保持者3名が王宮に和平を申し入れた。3名は『魔物と人間の共存は可能であり、対話によって紛争を回避できる』と主張した。だが軍務省の事務官カルド・ヴァンデスがこれを拒否し、3名を反乱者として拘束した。カルドは王への報告を偽り、3名が『魔物の軍勢を率いて王宮を襲撃した』と記録を改竄した。3名は処刑された」


 二百年前の真実。和平を求めた者たちが、反乱者に仕立て上げられた。


 ゴルドが静かに呟いた。


【ワシの祖父が言っていたとおりじゃ。あれは反乱ではなかった。人間が人間を殺したのじゃ。魔物との和平を求めた者を、恐怖に負けた者が殺した】


 将軍がゴルドを見た。初めて、ゴブリンの老人に対して頭を下げた。


 「三百年前からの証言だな。記録よりも古い証言だ。ゴブリンの長老よ。お前の祖父の言葉は正しかった」


 ゴルドは何も言わなかった。ただ、骨飾りに触れた。三つの骨飾り。部族内での発言回数を示す勲章。三百年かけて三つ。ゴルドは長老だが、声を上げる回数は少ない。だが上げるときは、必ず正しいことを言う。


 将軍が記録を王に提出した。


* * *


 王は記録を読んだ。長い時間をかけて。一字一句。


 そして沈黙した。


 「二百年間。我が王家は嘘の歴史を教えられていたということか」


 王の声は静かだった。だがその静けさの下に、深い怒りがあった。


 ナギは口を開いた。


 「陛下。二百年前だけではありません。千年間です。牙の一族は千年前から人間と魔物の分断を維持してきました。架け橋の初代が魔物との共存を築いた後、その弟が裏切り、架け橋を殺した。以来、弟の子孫たちが『牙の一族』として、歴史を改竄し、魔物語スキルの持ち主を迫害し、共存の試みを全て潰してきました」


 王はナギを見つめた。


 「千年。千年の嘘か。我が祖先も、その嘘の上に国を治めてきたのか」


 「はい。ダリウスはその最新の工作員に過ぎません。千年間、牙の一族は代々の工作員を王国の中枢に送り込み、歴史を操作し続けてきました」


 王は窓の外を見た。王都の街並みが広がっている。十五万の民が暮らす街。その民のほとんどが、千年の嘘を信じている。


 「歴史を書き換えるのは容易ではないぞ」


 「承知しています。だからこそ人魔会議が必要です。千年の嘘を、千人の目の前で暴く」


 王は頷いた。


* * *


 ナギはダリウスの独房を訪ねた。


 独房は王宮の地下にあった。石壁。鉄格子。小さな窓から差し込む光。ダリウスは壁にもたれて座っていた。袖の牙の紋章の腕輪は没収されている。だが冷静な灰色の目はそのままだった。


 「来たか、架け橋」


 「話がしたい」


 「何の話だ。もう全て終わった。私の負けだ」


 「お前はなぜ、千年の使命を信じた」


 ダリウスの目が微かに揺れた。


 「信じたのではない。背負ったのだ。生まれたときから、一族の使命として刻まれていた。人間と魔物を分断し続けること。それが弟の血統の責任だと」


 「だが分断が終われば、人間は魔物に食われるか」


 ダリウスが笑った。冷たく。


 「千年の歴史が証明している。魔物は人間を襲う。共存など幻想だ」


 ナギの声は静かだった。


 「千年の歴史はお前たちが作ったものだ。本当の歴史は、人間と魔物が共に生きていた。魔王ザルグが証明した。そしてここ数ヶ月、俺の里が証明した」


 ダリウスは黙った。長い沈黙の後、言った。


 「ザルグは失敗した。弟に殺されて終わった。お前も失敗する。人間の恐怖は言葉では消えない。恐怖が残る限り、分断は続く」


 ナギは立ち上がった。


 「お前の言う通りかもしれない。恐怖は消えないかもしれない。だが、恐怖のままでいる必要はない。知ることで、恐怖は変わる。お前だって、三百年生きたゴブリンの薬師が人間を治しているのを見れば、少しは考えが変わるだろう」


 ダリウスは答えなかった。ただ壁を見つめていた。


 ナギは独房を出た。鉄格子が閉まった。


 ダリウスの「お前も失敗する」という言葉が、胸に残った。だが足は止まらなかった。失敗を恐れて立ち止まるなら、最初から橋など架けない。


 牙の商団の王都拠点は壊滅した。だがグリムが言っていた。ダリウスは末端だ。長老衆が残っている。千年の組織の根は、まだ大地の下に伸びている。


 グリムが長老衆の元に向かっている。和解の使者として。架け橋の血を引く者として。


 ナギにできるのは、待つことだ。そして人魔会議の準備を進めること。


 兵舎に戻ると、トルクとセリアが待っていた。


 トルクが酒瓶を掲げた。


 「ダリウスが捕まった祝いだ。将軍の兵士からもらった」


 セリアが弓を壁に立てかけた。


 「祝いはまだ早い。会議が終わるまで気を抜かない」


 「まあ一杯くらいいいだろう」


 トルクが杯を三つ並べた。ナギも一杯もらった。辺境の酒とは味が違う。王都の酒は洗練されていて、のどごしが軽い。だが温かさは辺境の方が上だ。


 ゴルドが部屋に入ってきた。


【何の騒ぎじゃ。酒か。ゴブリンにもよこせ。ワシは三百年分の喉を持っておるぞ】


 ナギが通訳すると、トルクが笑って小さな杯をゴルドに渡した。ゴルドが一口飲んで、眉をしかめた。


【薄い。ゴブリンの蜜酒の方がうまい。だが悪くはないわい】


 四人と一匹の仔狼が、兵舎の小さな部屋で酒を飲んだ。静かな夜だった。ダリウスが捕まり、掃除屋が壊滅し、里は守られた。明日から人魔会議の最終準備が始まる。


 ナギは杯を置いた。


 「明日からが本番だ。六族の代表が到着する。王都の人間に、千年間見なかったものを見せる」


 セリアが杯を傾けた。


 「あんたはいつも先のことばかり考えてる。今夜くらい、ゆっくりしなさいよ」


 「交渉者に休みはないんだ」


 「じゃあ狩人が休ませてあげる。寝なさい。明日は長い一日になるから」


 ナギは息を吐いた。だがセリアの言葉に従った。


 眠る前に、窓の外を見た。王都の夜空は狭い。辺境の広い空が懐かしい。だがこの狭い空の下で、千年の歴史を変える。


 久しぶりにぐっすり眠った。悪夢は見なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ