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魔物交渉者 〜「気味が悪い」と追放された斥候は、魔物と交渉するだけで最強の領地を築き上げる〜  作者: 景都 (けいと)
共存の地図

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暗闘の夜

【聞こえるか。お前たちは道具として使われている】


 ナギの根源的魔物語が、地下水路の闇に響いた。


 人魔会議まで三日。ナギは掃除屋の王都拠点を先制攻撃する決断をした。グリムの情報で拠点は王都の地下水路にあることがわかっている。市場の東端の古井戸が入口の一つだ。


 ナギ、トルク、セリア。そして将軍が密かに派遣した精鋭兵十名。合計十三人で地下水路に突入した。


 地下水路は暗く、狭く、水が腿まで浸かっていた。冷たい。壁面は苔で滑り、松明の光が水面に揺れている。臭気が鼻を刺す。排水と腐敗した有機物の匂い。


 セリアが弓を構えたまま囁いた。


 「前方に気配がある。三十歩先」


 セリアの狩人の感覚は正確だ。ナギは頷いた。


 トルクが大剣を構えた。狭い水路では大剣は振れない。だがトルクは柄で突くことに長けている。


 将軍の精鋭兵が左右に展開した。盾と短槍。地下戦闘用の装備だ。将軍は人選を間違えなかった。


 角を曲がった。


 広い空間が開けた。地下水路の交差点。天井が高く、四方から水路が合流している。松明が壁に刺さり、薄暗い光が空間を照らしていた。


 掃除屋が待っていた。


 十人。黒い装束。顔は布で覆われている。だが異様なのは、その体だった。腕の皮膚の下に何かが蠢いている。肩甲骨の間で何かが脈動している。首筋に薄い甲殻が透けている。


 蟲だ。体内に飼った蟲が、皮膚の下で動いている。


 先頭に立つ女が布を下ろした。二十代後半。鋭い目。黒髪を短く刈り上げている。両腕に蟲の甲殻が浮き出ていた。五体の蟲を飼っている。カイラ。牙の一族の直系。


 「来たか、架け橋」


 カイラの声は低く、冷たかった。


 「ダリウスが言っていた。お前は話で全てを解決しようとする甘い男だと。だが話し合いで解決できないものがある。千年の恨みだ」


 「恨み?」


 「千年前、架け橋の初代が魔物と契約した。弟はそれを裏切りと見なした。以来、牙の一族は架け橋を排除し続けてきた。使命だ。血に刻まれた使命だ」


 カイラの腕の蟲が蠢いた。黒い甲虫が皮膚を突き破り、腕の表面を走った。戦闘態勢だ。


 「やれ」


 十人の掃除屋が同時に動いた。体内の蟲が一斉に外に出た。黒い蟲の群れが地下水路を埋め尽くした。天井を走り、壁を這い、水面を滑る。戦闘用に品種改良された蟲だ。硬い甲殻。鋭い顎。毒の牙。


 将軍の兵士が盾を構えた。蟲が盾を這い上がり、隙間から入り込もうとする。セリアの矢が蟲を射抜いた。トルクの大剣の柄が蟲の群れを叩き潰した。


 だが多い。三十体以上の蟲が、十三人を包囲している。


 ナギは目を閉じた。


 根源的魔物語は集中を要する。周囲の雑音を消し、蟲の存在に意識を合わせる。辺境で何度もやってきた。ゴブリンに語りかけた。オークに語りかけた。森狼に語りかけた。スライムに語りかけた。深淵蟲に語りかけた。竜に語りかけた。


 全ての魔物には意思がある。それが根源的魔物語の前提だ。


【聞こえるか。お前たちは道具として使われている。だがお前たちには意思がある。命令ではなく、選択をしろ】


 蟲が反応した。動きが一瞬止まった。だがすぐに再び動き出した。刷り込みが深い。千年の品種改良で、服従が本能に焼き付けられている。


 カイラが笑った。


 「無駄だ。この蟲は千年かけて作られた兵器だ。お前の声ごときで」


 ナギは諦めなかった。


【お前たちの祖先は自由だった。森を這い、土を掘り、風を感じた。人間に捕まる前の記憶が、お前たちの体に残っているはずだ。思い出せ。自由だった頃を】


 根源的魔物語は、ただの言葉ではない。魔素を乗せた振動だ。魔物の本能に直接触れる言語だ。千年前、魔王ザルグが作った契約の言語。全ての魔物が理解できる原初の声。


 蟲の動きが再び止まった。今度は長い。三秒。五秒。十秒。


 カイラの顔が歪んだ。


 「なぜ止まる。動け。殺せ」


 蟲が動かない。カイラの命令を拒否している。


 ナギが続けた。


【選べ。道具のまま死ぬか。自由になって生きるか。俺は強制しない。お前たちの意思で決めろ】


 蟲の一体が、カイラの腕から離れた。床に落ち、水の中を泳いでナギの足元に来た。触角をナギの靴に触れた。


 それが合図だった。


 次々と蟲がカイラと掃除屋たちの体を離れた。床に落ち、壁を這い降り、水に沈んだ。三十体以上の蟲が、宿主の命令を拒否した。


 掃除屋たちの動きが鈍った。体内の蟲が抜けたことで、超人的な身体能力が失われた。ただの人間に戻った。


 トルクが叫んだ。


 「今だ!」


 将軍の兵士たちが一斉に動いた。掃除屋を一人ずつ取り押さえた。抵抗はあったが、蟲を失った掃除屋はもはや脅威ではなかった。


 セリアの矢が逃走しようとした一人の足を射抜いた。


 「逃がさない」


 カイラだけが最後まで抵抗した。五体の蟲のうち三体は離れたが、二体が体内に残っていた。カイラの目が血走った。


 「千年の使命を。裏切るのか。蟲め」


 ナギがカイラの前に立った。


 「使命は終わりだ。千年前に始まった兄弟の争いは、もう繰り返さない」


 カイラの残った蟲が、ゆっくりと体から離れた。カイラが膝をついた。力が抜けた。


 十人全員を捕縛した。一人も死なせなかった。


* * *


 掃除屋の拠点から大量の文書が押収された。ダリウスの指令書。暗殺計画。記録改竄の指示書。


 そして一通の書簡が見つかった。ダリウスが牙の商団の本拠に送った報告書。宛名は「牙の長老衆」。


 ナギは書簡を読んだ。


 「架け橋の末裔が覚醒した。根源的魔物語を使える者が千年ぶりに現れた。我らの使命は最終段階に入る。架け橋を排除し、分断を永遠のものとする。失敗は許されない」


 牙の長老衆。ダリウスの上にまだ指導者がいる。


 だがナギは書簡の末尾に目を止めた。「牙の長老衆」の署名の横に家紋が描かれていた。ザルグ・ヴァンデスの弟の家紋。千年前から続く血統。


 ナギは呟いた。


 「牙の一族は、まだ架け橋の血を引いている」


 グリムがそう言っていた。今、文書で確認された。敵だと思っていた者たちが、同じ祖先の子孫だった。千年前に兄弟が袂を分かち、兄は魔物との共存を目指し、弟はそれを裏切りと見なした。弟の子孫が牙の一族になり、千年間分断を守り続けた。


 だが血は繋がっている。架け橋の血が、牙の一族にも流れている。グリムが蟲と共生できたのも、カイラが蟲を五体飼えたのも、架け橋の血があるからだ。


 殲滅ではなく、和解。千年の分断を終わらせるには、牙の一族も含めて橋を架けなければならない。


 トルクが水路の水を払いながら言った。


 「で、どうする。長老衆とやらに会いに行くのか」


 ナギは首を振った。


 「俺が行く必要はない。もっと適任がいる」


 グリムの顔が浮かんだ。牙の一族の元構成員。架け橋の血を引く男。彼が使者になれば、長老衆は話を聞く。


 将軍の兵士たちが押収した文書を木箱に詰めていた。これだけの証拠があれば、ダリウスを完全に追い詰められる。


 セリアが弓を背に担ぎ直した。


 「蟲に語りかけて自由にするなんて、初めて見た。あんたの声、ちょっと怖いくらい」


 「怖い?」


 「怖くて、優しい。矛盾してるけど、そうとしか言えない」


 ナギは口元を緩めた。根源的魔物語の力は、使うたびに理解が深まる。だが同時に、その力の大きさに自分自身が戸惑うこともある。


 ナギは地下水路を出た。夜明けの空が、地上で待っていた。

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