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魔物交渉者 〜「気味が悪い」と追放された斥候は、魔物と交渉するだけで最強の領地を築き上げる〜  作者: 景都 (けいと)
共存の地図

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六つの使者

「ファング。頼みがある」


 ナギは兵舎の裏庭で仔狼に語りかけた。根源的魔物語で念を送る。仔狼の耳が立った。灰色の毛並みが月光を反射している。


【聞いている。何を伝える】


 「里に戻ってくれ。ボルガ、ファング、群体知性、深淵蟲の使者に伝えてほしい。王都で人魔会議が開かれる。六族の代表が必要だ。一ヶ月以内に王都に来てくれ」


 仔狼の蒼い目がナギを見つめた。王都から橋守の里まで、馬で十日。仔狼なら七日で走れる。だが一匹で辺境を横断するのは危険だ。


 ナギはもう一つ伝えた。


【ヴァルナザドールに伝言を頼む。灰嶺から竜語で声明を出してほしい。竜が共存を支持するという声を、大陸中に響かせてくれと】


 仔狼が一声鳴いた。短く、鋭く。了解の意だ。


 仔狼が夜の王都を駆け出した。城壁の隙間から外へ。灰色の小さな影が闇に溶け、街灯の間を走り抜けて城門の排水口から外に出た。


* * *


 三日後、仔狼が里に到着した。


 報告は別の仔狼が王都に運んできた。ファングの群れは連絡網を持っている。仔狼を中継地点に配置し、情報を数日で大陸の端から端まで伝えられる。森狼族の通信技術だ。


 里からの報告は朗報だった。


 ヴェルクが書いた手紙をナギは読み上げた。トルク、セリア、ゴルド、グリムが聞いている。


 「里は安全だ。お前が発った後も、六族の合議体制は機能している。ゴブリンの収穫は二期目に入った。冬の備蓄は十分。ボルガが増築した防壁は完成している。スライムの給水システムが里全体をカバーした。深淵蟲の地下偵察で、裂け目周辺の安全が確認されている」


 ゴルドが嬉しそうに耳を揺らした。


【ワシの弟子たちがよくやっておるな。ゴブリンの農業は世界一じゃ】


 セリアが笑った。


 「弟子って、ゴブリンの若者でしょ」


【人間にも教えてやったわい。リーナの娘は筋がいい】


 トルクが手紙の続きを読んだ。


 「先週、隣村の農民が三人、里に助けを求めに来た。魔素の湧出で畑が荒れたらしい。ゴブリンが対処法を教え、スライムが土壌分析をした。農民は感謝して帰った。来月また来ると言っている」


 ナギは微笑んだ。里がナギなしでも回っている。いや、回るように作った。橋はどちらの岸にも属さない。だから岸は岸で立てる。そうでなくてはならない。


 リーナからの報告もあった。別の紙に、丁寧な文字で書かれていた。


 「蟲の品種改良技術の解析が進みました。牙の商団が戦闘用に改良した蟲の変異パターンには、医療応用の可能性があります。傷口を塞ぐ速度を加速させる酵素を蟲が分泌できることが分かりました。もし量産できれば、戦場の応急処置が劇的に変わります。まだ試作段階ですが、報告します」


 ナギは紙を折り畳んだ。戦いのための技術が、救うための技術に変わる。それこそが共存の形だ。牙の商団が千年かけて蓄積した破壊の技術が、医療に転用できる。皮肉だが、希望でもあった。


 ゴルドが紙を覗き込んだ。


【リーナは良い薬師になる。ワシの弟子じゃからな。人間とゴブリンの薬学を融合させる。それだけでも、ワシが王都に来た意味がある】


* * *


 ナギは六族の代表それぞれに、王都で何を見せるかを具体的に指示した。


 仔狼を介した伝言だ。


 ボルガへ。オークの鍛冶師を連れてこい。王都で鍛冶の実演をする。人間の鍛冶師の前で、オークの焼き入れ技術を見せる。技術は嘘をつかない。


 ファングへ。森狼族の精鋭を連れてこい。城壁の巡回を手伝う。人間の兵士より速く、正確に、広い範囲を嗅ぎ分けられることを見せる。


 群体知性へ。スライムの分析能力を見せる。王都の水質を調べ、問題があれば指摘する。事実は交渉の最強の武器だ。


 深淵蟲の使者へ。地下水路の状態を調べてくれ。王都のインフラに貢献できることを証明する。


 全ての指示に共通するのは一つ。「戦わずに、役に立て」。


 ゴルドが問うた。


【ヴァルナザドールはどうする。竜は大きすぎて王都には入れんぞ】


 「ヴァルナザドールには灰嶺にいてもらう。竜語の声明を出すだけでいい。千年を生きた竜が共存を支持するという事実だけで、十分な重みがある」


【竜の声は大陸中に届くからな。ワシの声比べもまだまだじゃ】


 セリアが加えた。


 「あたしは市場と貧民街を回り続ける。ゴルドの薬草治療を続けて、世論の下地を作る。六族が来た時に、王都の人間が全員逃げるようじゃ話にならない」


 トルクが頷いた。


 「俺は将軍の兵士と模擬戦をやる。人間同士なら壁は低い。兵士の口から『あの大剣使いは腕がいい』と広まれば、『ナギの仲間はまともだ』という認識が生まれる」


 ナギは仲間を見渡した。全員が自分の役割を理解し、自ら動いている。里で培った連携が、王都でも機能している。


 グリムが壁にもたれて聞いていた。


 「お前の戦略は分かった。六族の能力を王都で見える形にする。事実で世論を変える。だが一つ問題がある」


 「何だ」


 「六族の代表が王都に向かうということは、里の守りが薄くなる。ボルガがいなければ防壁の維持が難しい。ファングがいなければ偵察網が崩れる」


 ナギの胸に不安が走った。グリムの指摘は正しい。


 その夜、マルコが密報を持ってきた。


 「ダリウスが動いている。王都だけじゃない。辺境にも別動隊を送った」


 ナギの血が凍った。


 「里を叩くつもりか」


 「傭兵100人。六族の代表が留守の間に」


 里にはヴェルクとリーナがいる。戦力の半数がいる。だがボルガやファングの主力がいなければ、百人の傭兵に対抗するのは厳しい。


 「すぐにヴェルクに伝えろ」


 マルコが頷いた。


 「もう伝えた」


 ナギが目を見開いた。マルコは肩をすくめた。


 「お前が頼む前に動くのが斥候の仕事だ。昔、教えたのはお前だぞ」


 ヴェルクからの返答は翌日届いた。仔狼の連絡網を通じて。


 「里は守る。お前は王都で勝て。俺はかつてお前を追放した。その借りを返す機会をよこせ」


 ナギは手紙を握りしめた。ヴェルク。かつて自分を追放した男。あの日、「お前は人間の味方なのか魔物の味方なのか」と問い詰めた男。今は里を守る盾になっている。答えは出ていた。人間の味方でも魔物の味方でもない。両方の味方だ。だからヴェルクも、ナギの里を守る気になった。


 セリアがナギの背中に手を置いた。


 「みんな信じてるのよ。あんたが王都で橋を架けることを」


 ナギは頷いた。里は守られる。自分は王都で戦う。一ヶ月後、六族が集まる。大陸の歴史を変える会議が始まる。


 だがその前に、掃除屋を無力化しなければならない。グリムが教えてくれた。ダリウスの下に十人の精鋭掃除屋がいる。蟲を三体以上体内に飼った戦闘のプロだ。人魔会議を物理的に破壊するために温存されている最後の切り札。


 それを先に潰す。会議の前に。


 ナギは拳を握った。会議まで残り三週間。六族の到着を待ちながら、王都の地下に潜む掃除屋を探す。二つの戦線を同時に戦わなければならない。


 だがナギは一人ではない。里の仲間がいる。王都の仲間がいる。将軍がいる。そして六つの種族が、それぞれの足で王都に向かっている。

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