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魔物交渉者 〜「気味が悪い」と追放された斥候は、魔物と交渉するだけで最強の領地を築き上げる〜  作者: 景都 (けいと)
魔王の遺言

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魔物の王

「これが鍛冶工房です」


 ナギが将軍を案内した。護衛十名を従えた将軍が里の門をくぐった瞬間、護衛たちの手が剣に伸びた。門の内側にオークの鍛冶師が立っていたのだ。灰褐色の肌。身長二メートル。下顎から突き出た牙。


 ナギが制した。


「大丈夫だ。彼はボルガの弟子で、鍛冶師だ。今日は斧を研いでいるだけだ」


 オークの鍛冶師が手を上げた。人間式の挨拶だ。ナギが事前に教えておいた。護衛たちの手が剣から離れた。だが目は警戒したままだ。


 将軍だけは動じなかった。鷹の目が鍛冶工房の中を舐めるように見回す。整然と並んだ工具。壁にかけられた完成品の斧と鎌。鉄材の保管庫。炉の構造。人間の農具と同じ形状だが、刃の鍛え方が違う。


 将軍は軍人だ。武器を見る目がある。工房の設備が軍事目的ではなく、農具と日用品の生産に特化していることを即座に見抜いたはずだ。


「この農具は?」


「オーク族が鍛えたものです。人間の村に交易で卸しています」


「品質は」


「人間の鍛冶師のものと同等か、それ以上です。赤鉄鉱を使っているので、刃持ちが良い」


 将軍が農具を手に取った。重さを確かめ、刃を指で触れた。


「悪くない。この技術があれば、辺境の農業生産は上がるだろうな」


 それだけ言って、将軍は農具を置いた。護衛が驚いた顔をしている。将軍が魔物の工芸品を「悪くない」と評価するとは思っていなかったのだ。


* * *


 次に地下農園。ゴブリンの子供たちがキノコを収穫していた。小さな緑色の手が白いキノコを摘む。籠に入れて運ぶ。リーダーの子供がナギに手を振った。将軍の護衛が身構えたが、ナギが笑い返しただけだった。


 ゴルドが農園の入り口で待っていた。白い眉。骨飾り。将軍を見上げた。


 ナギが通訳した。


「ゴブリン族の長老ゴルドです。農園の責任者でもあります」


 ゴルドが魔物語で語り、ナギが訳す。


「ゴルドはこう言っています。『この農園は先月、キノコ280キロを収穫した。蟲人族の居住区と隣接させてから、4割増えた。六族の協力の成果だ』」


 将軍が数字を聞いて目を細めた。数字に反応する男だ。ヴェルクの言った通りだ。


「4割増。何がボトルネックだった」


「温度です。キノコの最適生育温度は25度から30度。蟲人族の代謝熱がちょうどその範囲に合致した。偶然ではなく、スライムの群体知性が計算して配置しました」


「スライムが計算を?」


「はい。群体知性は高度な分析能力を持っています。次に見せます」


* * *


 スライムの分析施設。水槽の中で粘体が回転している。群体知性がナギに報告を送り、ナギが将軍に訳した。


「群体知性は水質分析、気象予測、資源配分の最適化を担当しています。今、将軍と護衛11名の体重と装備重量から、陣営までの帰路の最適ルートを計算しました。東回りより西回りの方が20分早いそうです」


 護衛の一人が声を上げた。


「嘘だろう。こいつがそんなことを?」


「嘘ではない。スライムは個体には知性がないが、一定数以上が集まると群体知性が発現する。記憶を共有し、忘れない。感情はないが、合理性では人間を上回る」


 将軍が水槽を見つめた。長い沈黙の後、呟いた。


「これが魔物か。儂が知っていた魔物とは違うな」


 護衛の兵士が呟いた。


「30年間、魔物は殺すものだと教わってきた。だが、こいつらは考えている。会話している。俺たちと同じだ」


 将軍がその兵士を一瞥した。何も言わなかった。だが目が同意していた。


* * *


 ハグレ村から避難してきた村人の居住区も見せた。ゴブリンが建てた仮設小屋。人間の村人がゴブリンと並んで食事をしている。村の子供がゴブリンの子供とキノコを数えている。


 村長が将軍に語った。白髪の老人が、震える声で。


「信じられなかった。だが、ここは安全です。魔物たちが守ってくれている。うちの村が傭兵に襲われた時、この方が助けに来てくれました」


 村長がナギを指さした。将軍の目がナギに向いた。何かが変わった。数字ではない。事実だ。人間が魔物に守られている事実。


 薬草研究室ではリーナが待っていた。深淵蟲の甲殻から抽出した解毒成分の実験を見せた。毒に侵された植物に成分を投与すると、数分で葉の色が緑に戻る実演だ。


「この技術は人間の薬学にも応用できます。蟲人族と人間の薬師が協力すれば、辺境の薬不足を解消できます」


 将軍が頷いた。表情は変わらないが、目の奥に光が増していた。


 最後に、ヴァルナザドールのもとに将軍を連れて行った。灰嶺の麓。竜が待っていた。横たわった巨体。暗翡翠色の鱗。琥珀色の目。


 護衛たちが剣を抜きかけた。ナギが声を上げた。


「抜くな。この竜は味方だ」


 将軍が手を上げた。護衛が止まった。将軍の目が竜を見ている。生涯で初めて見る竜。その目には恐怖がなかった。好奇心があった。


 竜がナギに語った。


【将軍に伝えよ。我は千年この地にいる。人間を襲ったことはない。だが人間は我を恐れる。恐れるから殺そうとする。殺そうとするから、我は身を隠した。この繰り返しを終わらせたい。それがこの若い架け橋の願いだ】


 ナギは将軍に向き直った。竜の言葉を、一字一句正確に訳した。だが翻訳だけではなく、竜の声の震えを、千年の孤独を、言葉に込めた。


 将軍の目が揺れた。初めて。鷹の目に、何か温かいものが差し込んだ。


 だが将軍は何も言わなかった。


 帰り道、将軍は里の門まで無言で歩いた。護衛も黙っていた。門を出る直前、将軍がナギに振り向いた。


「ナギ。お前は何を望んでいる。魔物の王になりたいのか。王国の敵になりたいのか」


「どちらでもない。俺は橋になりたい。人間と魔物の間に立つ橋だ」


 将軍は長い間ナギを見つめた。何かを考えている。やがて小さく頷き、踵を返した。灰嶺を降りていく。護衛が続く。


 将軍の背中を見送りながら、ナギは思った。将軍は変わり始めている。だがまだ足りない。


* * *


 将軍が去った後、深淵蟲の使者が里の広場でナギを待っていた。六族の代表が集まっていた。


 ゴルドが口を開いた。


【ナギ。ワシらは相談した。六族の中で、お前だけが全ての種族と話せる。お前が我らの声を一つにしてきた。だからこそ、お前に頼みがある】


 ボルガが続けた。


【千年前、魔王ザルグは六族の王だった。お前はその血を引いている。我らは、お前に王になってほしい】


 魔物の王。魔王。


 ナギの心臓が凍りついた。


 千年前の魔王の遺言が脳裏に響く。『力で橋を架けるな。言葉で架けろ。さもなくば、橋はまた折れる』。


 王になれば、力を持つ。力で橋を架けてしまう。千年前の魔王と同じ轍を踏む。


 ゴルドの目がナギを見つめていた。ボルガの目。ファングの金色の目。群体知性の水面。深淵蟲の触角の光。六族全員が、ナギの答えを待っている。

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