村の火
「お前たちは何者だ!」
ハグレ村の村長が叫んでいた。白髪の老人が、村の柵の前で杖を振り上げている。背後には怯える村人たち。女と子供が納屋に避難し、男たちが鍬や鎌を手に柵の内側に並んでいる。だが武器と呼べるものではない。農具だ。
柵の外に武装した傭兵が二十人。革鎧に短剣、斧、弓。装備はばらばらだが、動きは統制されている。倉庫に火がつけられ、黒煙が空に立ち昇っていた。狼煙の信号はこの煙のことだったのだ。
傭兵の一人が村長に剣を向けた。
「黙れ、爺さん。俺たちの用はあんたじゃない。魔物と話す男を知ってるだろう。あの追放者の居場所を教えろ」
ナギが森の際から姿を見せた。トルクとセリアが左右に展開する。
「俺だ。用があるなら俺に言え」
傭兵たちの態度が変わった。二十人の視線がナギに集中した。先頭の男が舌なめずりした。
「魔物と話す男か。お前の首に懸賞金がかかっている。牙の商団から金貨五百枚だ」
「五百枚? 安いな。六族の同盟を作った男にしては」
「口の減らないやつだ。生死は問わないと言われている。楽にしてやるよ」
傭兵が剣を振り上げた。
トルクの大剣が風を切った。先頭の傭兵の剣を叩き落とす。手首が痺れて剣を握れなくなった傭兵が膝をつく。
「甘いことを。だがお前の方針だ。殺さずに片付ける」
トルクの大剣が唸った。刃ではなく平で傭兵を殴る。一人、二人と倒れていく。セリアの矢が火つけ役の傭兵の肩を射抜いた。松明が地面に落ち、踏み消された。
だが傭兵は二十人。トルクとセリアだけでは手が足りない。ナギは根源的魔物語で念を送った。
【ファング。増援を頼む】
応答はすぐに来た。森の中から遠吠えが響いた。地面を蹴る音。蒼い紋様が木々の間を駆け抜ける。ファングの群れが十頭、森の中から飛び出した。
傭兵たちの顔が凍りついた。灰銀色の巨狼が十頭。金色の目。牙。咆哮。
「魔物だ!」
「逃げろ!」
傭兵の統制が崩れた。背を向けて逃げ出す者。武器を捨てる者。だがファングの群れは追い回すだけで噛まなかった。ナギの指示だ。逃がさず、殺さず、追い詰める。
残った傭兵数人が最後の抵抗を試みた。弓兵が矢を射かけてくる。セリアが即座に矢で応射し、弓兵の手首を射抜いた。弓が地面に落ちる。
トルクが二人の傭兵を同時に相手取っていた。大剣の間合いの広さを活かし、一人を柄で殴りつけ、もう一人を蹴り倒す。息一つ乱れていない。
「まだやるか」
残った傭兵が武器を捨てた。
七分で決着がついた。傭兵二十人のうち、十六人が地面に這いつくばっている。四人が森に逃げたが、ファングの群れが追跡している。
ナギは村長の前に立った。村長の杖が震えていた。ナギを見る目に、恐怖と困惑が混じっている。
「お前は、あの時の。追放された魔物使い」
「ナギだ。覚えていてくれたか」
「お前が、なぜ。助けに来たのか」
「辺境の人間だからだ。それ以上の理由は要らない」
村長の口が開き、閉じ、また開いた。声が震えていた。
「魔物と話す男が、村を救いに来てくれるとは。我々は間違っていたのか」
ナギは答えなかった。代わりに倉庫の火を消す手伝いをした。トルクが力任せに水桶を運び、セリアが村人を誘導して消火に当たった。ゴブリンの弓兵が到着し、火の広がりを食い止めた。小さな体で機敏に動く緑色の影に、村人たちは言葉を失った。
ゴブリンの一人が村長に水を差し出した。村長は震える手でそれを受け取り、飲んだ。
* * *
火が消えた後、ナギは村人に告げた。
「ここは危ない。商団はまた来る。里に来い。六族の里なら守れる」
村長は戸惑った。
「魔物の里に? 人間が?」
「魔物も人間も関係ない。守れるのはそこだけだ」
村人たちが顔を見合わせた。百人の顔に、恐怖と迷いが浮かんでいる。魔物の里に行く。ゴブリンやオークがいる場所に。常識では考えられない。
だが倉庫の焼け跡を見た。家を失った者もいる。ゴブリンが火を消し、水を運び、村人を助けた。その事実が恐怖を少しだけ和らげていた。
若い母親が赤ん坊を抱いて言った。「この子を守れるなら、どこでも行きます」。別の男が鍬を肩に担いだ。「魔物が怖い。だが、あいつらに焼き殺されるよりはましだ」。
村長が決断した。
「行こう。この村にいても、もう守れない」
百人の村人が橋守の里に向かって歩き始めた。ナギが先頭。トルクとセリアが左右。ファングの群れが周囲を警戒する。ゴブリンの弓兵が後方を守る。
里に到着すると、ゴルドが門の前で待っていた。
【来たか。人間が百人。食料の追加が必要じゃな。キノコの在庫を出せ!】
ゴブリンたちが動いた。食料を配り始める。ボルガが仮設住居の建設を命じた。オークの鍛冶見習いが木材を切り出し、壁を組んでいく。あっという間に小屋が三つできた。
村の子供が一人、里の中を見回していた。恐る恐る。ゴブリンの子供が近づいてきて、キノコを差し出した。村の子供はしばらく固まっていたが、やがて手を伸ばした。二人でキノコを齧りながら、里の中を歩き始めた。
村長がその光景を見て、目を潤ませた。
「こんなことがありえるのか」
ナギは村長に答えなかった。答える必要がなかった。目の前の光景が全てだ。
リーナが村人の怪我の手当てに走り回っていた。火傷を負った老人に薬草を塗り、切り傷のある子供に包帯を巻く。ゴブリンの薬草師が手伝い、スライムの粘液で傷口を消毒した。
トルクが仮設住居の建設を手伝っていた。大剣で木を切り出し、オークの鍛冶見習いに渡す。人間とオークが並んで木材を運ぶ姿を、村人たちが呆然と見つめていた。
夕方には、百人の村人全員に寝場所と食事が行き渡った。ゴルドが計算していた。
【食料の備蓄はあと二十日分。百人追加で十四日分に減る。だが蟲人族の居住区のキノコ増産を早めれば、八日後には元の水準に戻せる】
「頼む、ゴルド」
【任せろ。数の計算はゴブリンの得意分野じゃ】
* * *
だがその時だった。
里の南の丘に砂煙が立った。
ファングが跳び起きた。
【南。大人数。鎧の匂い。馬の匂い。軍だ】
討伐軍の前衛部隊。三百人。
五日早い。将軍が行軍を早めていた。
ナギの二週間が、五日に縮まっていた。そしてその五日すら、すでに使い果たしていた。
丘の上に軍旗が見えた。アルディア王国の紋章。鷹と剣。三百の兵が丘の上に布陣している。槍の穂先が夕日を弾いていた。
群体知性が分析した。
【前衛部隊300。本隊到着は推定2日後。前衛は偵察と陣地構築が任務。即座に攻撃してくる可能性は低い。だが里の位置は特定された】
ボルガが防衛陣地に戦闘班を配置した。
【来るなら来い。だがナギ、お前の交渉が先だ。急げ】
ナギは里の門に立った。背後に六族と百人の村人。前方に三百の兵。
セリアが弓を握りしめた。
「来たね」
「来たな」
「どうするの」
ナギは深く息を吸った。
「待つ。将軍が来るまで。ヴェルクを信じる」
夕日が里を赤く染めた。六族の旗はない。だがナギは里の門に立っていた。それが旗だった。




