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魔物交渉者 〜「気味が悪い」と追放された斥候は、魔物と交渉するだけで最強の領地を築き上げる〜  作者: 景都 (けいと)
裏切りの牙

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亀裂

「全員、聞いてくれ」


 砦の大広間。石卓を囲んで四者が揃っていた。ゴルドが杖をつき、骨飾りを揺らして座る。ボルガが腕を組み、片牙を見せている。ファングが石卓の端で伏せ、金色の目を光らせている。スライムの出張所が卓上の瓶の中で脈動している。


 セリアが壁際に立ち、トルクが扉の横で大剣を壁に立てかけていた。リーナが手記と羊皮紙のメモを抱えて、ナギの隣に座っている。


「商団の正体がわかった。全て話す」


 ナギは順を追って説明した。ファングが嗅いだ嘘の匂い。スライムが検出した馬車の二重底と魔素侵食毒。蟲人族の光通信で傍受した命令。そして昨日、灰嶺でのグリムとヴァルナザドールの対峙。


 広間が静まり返った。松明の炎が揺れる音だけが聞こえる。


 最初に口を開いたのはボルガだった。


【鉄は本物だった】


 ナギが頷いた。


「ああ。品物は本物だ。品質も間違いない。だがそれは罠の一部だ。良い商品で信用を得て、同盟を内側から崩す。それが商団の目的だ」


【証拠は何だ。お前の言葉と、スライムの分析だけか】


 ボルガの声に棘があった。鉄を手に入れた喜びを否定されたことへの反発か。それとも、ナギの判断を疑っているのか。


 ゴルドが杖を突いた。


【ナギよ。ワシも聞きたい。スライムが傍受した光通信とやら。それは本当に信用できるのか。フェロモンの化学解析を光のパターン解読に応用したと言うが、誤読の可能性はないのじゃろうか】


「スライム。確度を報告してくれ」


【光通信の解読確度は6割から7割。符号体系の全容が判明していないため、断片的な解読に留まる。ただし「繋ぐ者」「血統」「第二段階」「同盟」「内部から」の各単語は、複数回の照合で確認済み。誤読の可能性は低い】


 ゴルドが耳の骨飾りを引いた。考え込む時の癖だ。


【6割から7割か。五分じゃな。半々じゃ】


「七割だ。五分じゃない」


【数字の問題ではないわい。ワシが聞いておるのは、この情報だけで商団を追い出す判断ができるかということじゃ。鉄は本物。布も本物。子供たちは新しい服を喜んでおる。それを、七割の確度の傍受結果で壊すのか】


 ファングが低く唸った。額の蒼い紋様が暗い光を放つ。


【ゴルド。俺の鼻は嘘を嗅いだ。あの商人は大きな嘘をついている。品物が本物でも、目的が偽りなら、取引全体が罠だ】


【ファングよ、お主の鼻は信用しておる。だがな、嘘の匂いがしたからと言って、即座に追い出せるか? 相手が本当に善意で来ておる可能性もゼロではなかろう】


【ゼロだ。腐った花の匂いがする人間に善意はない】


 ボルガが拳を卓に叩きつけた。石が震えた。


【鉄を返せと言うのか。あの質の鉄を】


「返す必要はない。鉄は取引の対価として正当に得たものだ。だがこれ以上の個別交渉は止める。四者会議を通さない取引は今後一切禁止だ」


【ナギ。お前は繋ぐ者だが、オークの鍛冶を仕切る権利はない】


「仕切るんじゃない。守るんだ。あの毒が井戸に入ったら、お前の部族も全滅する」


 ボルガの片牙が震えた。だが反論はしなかった。毒の話は効いている。


 ゴルドが手を上げた。


【ナギ。リーナが手記を持っておるな。読ませてくれ。ワシも判断材料が欲しい】


「リーナ」


 リーナが立ち上がった。手記を開き、メモを広げた。声が震えているが、はっきりと読み上げた。


「イルザの手記です。二百年前の記録。『牙の者どもの常套手段は三つ。第一、経済で魔物の長を懐柔する。第二、同盟内に離反者を作り、内側から崩す。第三、架け橋の力そのものを奪う薬を用いる』」


 広間が静まった。


 ゴルドの骨飾りが揺れた。ボルガの拳が白くなった。ファングの金色の目が細くなった。


【経済で懐柔、か】


 ゴルドが呟いた。自分に向けて。骨飾りを握る手が震えている。


「ゴルド。あんたが商団の香辛料を受け取ったことを責めてるんじゃない。あの香辛料は本物だし、子供たちが喜んだのも本当だ。だが商団は、それを計算してやっている」


【わかっておるわ】


 ゴルドの声が低くなった。長老の威厳が戻っている。


【ワシは長老じゃ。部族を率いる者じゃ。甘い餌に釣られて部族を危険に晒すわけにはいかん。だがナギよ、お前の言う通りにするなら、代わりに何を差し出す。商団を追い出した後、鉄はどこから手に入れる。香辛料はどうする】


「それは俺が考える。別の交易路を探す。ハグレ村を経由して、中部の商人と直接取引する道がある」


【時間がかかるじゃろう】


「かかる。だが毒を飲まされるよりはましだ」


 ファングが立ち上がった。


【ナギ。俺は最初からあの商人を信用していない。追い出すなら今だ。群れは準備できている】


「待ってくれ。今すぐ追い出すのは得策じゃない。北方に別の部隊がいる。商団を追い出した瞬間に、そいつらが動く可能性がある」


 スライムが脈動した。


【補足情報。北方の移動体は昨夜から移動を停止している。推定位置は北方四キロ地点。森の中で待機中と推定。規模は群体知性の探知範囲では確定できないが、複数の生体反応を検出している】


「複数? 何体だ」


【最低でも十体。蟲人族と推定される】


 広間に緊張が走った。蟲人族が十体以上。商団の護衛は四体だけだと思っていた。北方に控えている本隊がいる。


 ボルガが立ち上がった。


【十体以上か。戦えば勝てるが、里に被害が出る】


「だから戦わない。追い出さない。泳がせながら、こちらの守りを固める」


【守りとは具体的に何じゃ】


「三つだ。第一に、井戸と水源の監視をスライムに任せる。毒の投入を防ぐ。第二に、ファングの群れで里の周囲を常時哨戒する。北方の部隊が近づいたら即座に警報を出す。第三に、グリムとの交渉を続ける。泳がせながら、相手の計画を引き出す」


 四者の視線がナギに集まった。


 ゴルドが骨飾りを離した。


【ナギ。ワシはお前を信用しておる。じゃが今回は、お前の交渉だけでは足りぬかもしれんぞ】


「わかってる。だからお前たち全員の力がいる」


【ふむ。ワシに何をさせたい】


「ゴルド。ゴブリンの子供たちに、商団の護衛に近づかないよう言い聞かせてくれ。蟲人族が子供を使って何か仕掛ける可能性がある」


【承った。ボルガよ、お前は】


 ボルガが顎を引いた。


【鉄はもう十分にある。追加の取引はしない。鍛冶場に商人を入れたのは浅慮だった】


 ボルガがそう言ったことに、ナギは少し驚いた。寡黙なオークが自分の判断を振り返っている。


「ありがとう。ファング」


【群れは動く。今日から夜間の哨戒を倍にする。北方の部隊が動いたら、真っ先にお前に知らせる】


「頼む」


 四者会議は終わった。だが一枚岩には程遠い。ゴルドもボルガも協力を約束したが、目に迷いが残っている。商団がもたらした利益は本物だった。その甘さを断ち切るのは容易ではない。


 セリアがナギの横に来た。


「うまくいった?」


「半分だけ。全員が協力するとは言ったが、本心かどうかはわからない」


「五分ね」


「スライムと同じことを言うな」


 セリアが小さく笑った。


 リーナが手記を抱えて近づいてきた。顔が青い。


「ナギさん。手記の続きが読めました。さっきの会議では出さなかった部分です」


「何があった」


 リーナが声を落とした。


「イルザの記録です。『牙の者どもの最終手段。経済も離間も失敗した場合、彼らは架け橋を直接狙う。魔素侵食の毒は二つの目的を持つ。一つは魔物の体内魔素を侵食すること。もう一つは、架け橋の魔物語の回路を永久に焼くこと。この毒は、魔物に使うものとは別の調合が必要だ。蟲人族の毒腺を基にした、架け橋専用の毒が存在する』」


 ナギの手が止まった。


 毒は二つある。魔物用と、架け橋用と。


 馬車の二重底に隠されている毒は、魔物用だけではないかもしれない。


「リーナ。その架け橋用の毒。どうやって使う」


「手記には『食事に混ぜる。無味無臭。服用後三日で魔物語の回路が崩壊する。一度壊れた回路は修復できない』とあります」


 永久に。魔物語を永久に失う。


 ナギは腰の短剣に手を触れた。イルザの紋章。架け橋の証。


 千年前から繰り返されてきた手口が、今、自分に向けられている。


 窓の外で、ファングの群れが一斉に吠えた。哨戒の開始を告げる声。


 ナギは拳を握った。守りを固める。毒を見つける。そして、グリムの本当の目的を暴く。


 時間はない。商団が里にいるうちに、全てを終わらせなければ。

※別作『鑑定士は触れずにいられない』第2章「偽りの秩序」完結しました。

ぜひ読んでみてください。→ https://ncode.syosetu.com/n9391lw/

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