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魔物交渉者 〜「気味が悪い」と追放された斥候は、魔物と交渉するだけで最強の領地を築き上げる〜  作者: 景都 (けいと)
裏切りの牙

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毒の取引

「ヴェルク。辺境監視官に任命する」


 ガレス将軍の声が、書斎の空気を裂いた。


 ヴェルクは直立不動のまま、拳を握りしめていた。辺境監視官。それは事実上の左遷だ。王都から追い出され、自分が追放した男の集落を見張る任務。屈辱以外の何物でもない。


「光栄であります」


 声が掠れた。自分でもわかるほどに。


「光栄には聞こえんな」


 将軍の鷹のような目がヴェルクを射抜いた。白髪交じりの短髪。この男の前では嘘がつけない。


「率直に聞こう。お前はあの追放者と対峙した。100名の部隊を率いて行って、交渉で返された。その時、何を感じた」


「自分の判断力の不足を痛感しました」


「嘘をつくな」


 将軍が机を指で叩いた。


「お前はあの男に負けた。戦闘ではなく、交渉で。剣を抜く前に決着がついた。それが悔しいのか。それとも、あの男の方が正しかったと認めたくないのか」


 ヴェルクは黙った。答えが見つからないのではない。答えを口にする覚悟がなかった。


「まあいい。辺境に行け。橋守の里を監視し、牙の商団の動向を報告しろ。それがお前の任務だ」


「了解しました」


 ヴェルクは一礼して書斎を出た。廊下の冷たい石畳を歩きながら、奥歯を噛んだ。


 追放した男を監視する仕事。笑い話にもならない。


* * *


 橋守の里。深夜。


 ナギは砦の自室で、ファングの言葉を反芻していた。


 「取引の目的が嘘だ」。


 品物は本物。だが目的が偽り。ならば何が本当の目的か。ヴァルナザドールの言葉と重ねれば、答えは二つに絞られる。殺すか、利用するか。


 だが急いで暴けば、商団は逃げる。証拠を掴まなければならない。


「スライム」


 壁の隙間に膜を這わせているスライムの出張所に触れた。冷たい概念が指先から流れ込む。


【待機中。報告がある】


「聞く」


【商団の馬車を群体知性で継続監視した。夜間、護衛の蟲人族が就寝した後の時間帯に、馬車の床板下部の温度変化を検出。密閉容器内の物質が微量の熱を発している。化学反応が進行中と推定される】


「何の反応だ」


【魔素侵食反応。魔力を持つ生物の細胞膜を溶解する毒素の生成過程と推定される。群体知性の記録に類似の化学パターンがある。かつて北東部の蟲人族が使用した生物兵器の一種】


 ナギの指が震えた。


「スライムにとっても危険か」


【致命的。この濃度の魔素侵食毒が散布された場合、群体知性の細胞膜が2時間以内に崩壊する。ゴブリン、オーク、森狼族の体内魔素にも干渉する。五族同盟の全構成種族に対して有効な毒だ】


 五族全てに効く毒。それが積荷の下に隠されている。


「具体的にどう使う想定だ」


【水源への投入が最も効率的。里の井戸水に混入すれば、3日以内に全魔物種族の体内魔素が侵食される。人間には即効性がないが、魔物語のスキルに必要な魔素回路にも影響する可能性がある】


 ナギの背筋に氷が這った。魔物だけでなく、自分の魔物語まで封じられる。五族同盟の経済基盤どころか、存在基盤を崩壊させる毒だ。


「スライム。この情報の確度は」


【馬車の外殻越しの間接分析。確度は7割。直接接触すれば9割5分まで上げられるが、接触した個体は失われる】


「犠牲を出すわけにはいかない。7割で十分だ」


【了解。追加情報がある】


「何だ」


【本日21時頃、蟲人族の護衛四体のうち一体が馬車を離れた。北の森の方角へ単独で移動中。群体知性の末端が追跡している】


 ナギは立ち上がった。壁にかけていた外套を掴み、腰にイルザの短剣を差した。


 蟲人族が夜中に単独で森へ。報告か。それとも別の目的か。


 自室を出て、砦の裏口に向かった。セリアの部屋の前を通りかかった時、扉が開いた。


「どこ行くの」


 セリアが弓を手にしていた。寝間着ではなく、革の胸当てをつけている。起きていたのだ。


「北の森だ。蟲人族が一体、馬車を離れた」


「一人で行くつもり?」


「音を立てたくない。一人の方がいい」


 セリアの緑の目が細くなった。


「嘘。一人の方が危ないから、あたしを巻き込みたくないだけでしょ」


 否定できなかった。セリアは肩をすくめ、矢筒を背負った。


「あたしの足音は、あんたより静かよ。猟師だから」


 反論の余地がなかった。二人で裏口から出た。


 月が雲に隠れている。星明かりだけの夜。ナギの目が暗闇に慣れるまで少しかかった。セリアはもう森の入り口を見つめている。猟師の目だ。


「あそこ。木の間に動くものが見える」


 セリアが指差した。北の森の縁。黒い影が木立の間を滑るように移動していた。蟲人族の護衛だ。人間の三倍の速さで枝を伝っている。


 ナギはセリアの後について、音を殺して森に入った。足元の枯れ葉を避け、根を踏み、木の幹に身を隠しながら追う。セリアの足運びは確かだった。猟師は獣を追う。その技術が今、蟲人族の追跡に活きている。


 蟲人族の影が止まった。森の北端。開けた場所。古い切り株が並ぶ伐採跡地だ。


 ナギとセリアは茂みに伏せた。十歩先に、蟲人族の護衛が立っている。


 触角を立てた。先端が月明かりの中で微かに震えている。


 そして、触角の先端が発光した。


 淡い青緑色の光。点滅している。規則的なパターン。長い光、短い光、間隔。信号だ。


 ナギはセリアの耳元に囁いた。


「光通信だ。誰かに信号を送っている」


 北の闇の中から、応答があった。遠く、森の向こう。同じ青緑色の光が点滅している。距離は数百歩か。もっと遠いかもしれない。


 蟲人族の触角がさらに激しく明滅した。送信が続いている。


 ナギは腰の革袋に手を入れた。スライムの小瓶を取り出す。群体知性の分体を封じた携帯用の接続端末。瓶の中でスライムが脈動していた。


 蓋を開け、指先を浸した。冷たい概念が流れ込む。


「スライム。あの光のパターンを記録できるか」


【記録中。光の周波数と点滅間隔を数値化している。パターンの解析には時間を要するが、記録は可能】


 光通信は続いた。三分ほど。やがて蟲人族の触角の光が消え、護衛は身を翻して里の方角へ戻っていった。


 ナギとセリアは茂みの中で動かなかった。蟲人族が十分に離れるまで待った。


「何を送ってたの」


 セリアが小声で訊いた。


「わからない。だがスライムが光のパターンを記録した。解析すれば中身がわかるかもしれない」


 ナギは小瓶のスライムに触れた。


【解析途中経過。光パターンは二進法に近い符号体系。情報量は多くないが、圧縮された命令文と推定される。現時点で解読できた断片を報告する】


「頼む」


【『女王に報告。繋ぐ者を確認。血統は本物。計画を第二段階に移行。同盟を内部から——』。以降の光パターンは北方からの応答に切り替わったため、送信内容はここで途切れている】


 ナギの全身が凍った。


 繋ぐ者。血統は本物。計画を第二段階に移行。同盟を内部から。


 やはり。商団は最初から五族同盟を壊すために来た。


 セリアがナギの腕を掴んだ。指に力がこもっている。


「ナギ。今の、全部聞こえた?」


「ああ。聞こえた」


「どうするの」


 ナギは立ち上がった。膝が震えていたが、踏みしめた。


「戻る。まず確認しなきゃいけないことがある」


 里に戻ったのは深夜二時を過ぎた頃だった。


 門をくぐった瞬間、ナギは足を止めた。


 広場に松明が灯っていた。その下で、ボルガがグリムと握手していた。片牙のオークと片目の商人。二人の手が離れた時、グリムの顔には満足げな笑みが浮かんでいた。


 広場の反対側で、ゴルドが蟲人族の護衛から小さな袋を受け取っていた。中を覗き、骨飾りを揺らして頷いている。


 ナギの頭を飛び越えて、個別交渉。四者会議を通さず、直接取引を結んでいる。


 ボルガがナギに気づいた。片牙が下がった。ばつの悪い顔だ。


 ゴルドは気づいていないのか、それとも気にしていないのか。袋の中身を手に取り、光にかざして吟味している。


 グリムの片目がナギを捉えた。柔和な笑顔。いつもの、口元だけの笑い。


「おや、ナギ殿。夜の散歩ですか」


 ナギは答えなかった。


 同盟に亀裂が走り始めていた。

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