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レイドボス、アイドルになる  作者: こくそ
メインストーリー
38/40

38 アラガミ闘技場遺跡 

◆1◆


八月初旬。

〈イズモ地方〉は死の暑さに包まれていた。

しかし、渦巻く灰色の雲の蓋された〈アラガミ闘技場遺跡〉最深部は冷たかった。

白亜の彫刻に包まれた石造りの円形闘技場で、レインはタイヨウと対峙していた。

金属鎧を装備したタイヨウと、青いドレスをめかしこんだレイン。

二人が初めて出会った、その時と同じ構図だった。


「よく来たな!冒険者ども!!」


レインは中央の〈お立ち台〉立ち、決まり文句を謳った。

タイヨウは意に介さず、入り口から台の下までツカツカ歩み寄った。

彼女から少し距離を置いた後ろには二十三人の〈冒険者〉が立っていた。

ヤマセ、イタチ、ナンバ、マル、ソノ……

知っている者もいれば、知らぬ者もいる。

驚きはない。

タイヨウであれば仲間集めは成し遂げてくれる確信があった。


「クモリはいないのか?」


「ここにはね。会いたいでしょ?連れて行ってあげる。だからほら」


タイヨウは台の下から手を差し伸べた。

しかしレインは腕を組んだまま、


「やだ。クモリがここに来い」


と言った。


「レイン」


タイヨウは語気を強めた。

彼女は怒っている。

顔つきを見ればよく分かる。

口を歪ませた、レインの最も苦手とする表情である。

さっさと戦闘に移ろう。

レインは詠唱を開始した。


「レインッ!」


怒声をあびたレインは、ビクつき詠唱を中断。

顔をひきつらせタイヨウと目を合わせた。


「大会を襲うのはやめなさい」


「いやだねッ!我は望む!ファンとして、お前を最高の〈アイドル〉にする。襲撃は必要な行為だ」


「そんなことしたら、レインが〈アイドル〉になれなくなるよ?」


「そんなの、どうでもいい……」


「どうでもいいって、そんな……あんなに練習したじゃない」


「我は、レイドボス。己が欲のままに生きる者だ」


レインは心の中でもう一度、そのセリフを唱えた。


「我は誇り高き真竜ッ!〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉!!さぁ、冒険者どもッ!我が野望、止めてみせよ!!!」


◆2◆


「〈白ノ雨(シロノウ)〉発動ッ!〈猛攻のプレリュード〉の唱歌を開始してください!」


アインスは吟遊詩人の冒険者ラニーニャに指示した。


「雨発動からニ十秒後!〈援護歌〉のサビ直前に〈蒼ノ炎〉が来ます!」


声に導かれ、レイドメンバー全員が一カ所に集まる。

その中心にはタイヨウがいた。


「〈属性効果無効呪文(シンボル・オブ・サン)〉ッ!」


絹のベールめいた柔和な光を放つ範囲魔法により総員にバフがかかる。

それを確認したアインスは各部隊に指示を続けた。

円形闘技場を時計にみたて、文字盤の六時の位置に武闘家ナンバひとりを、そして十二時の位置に戦士職で固めた部隊を置いた。


「三……ニ……一……来ますッーー!!」


〈蒼ノ炎〉。


半径三十メートルを包み込む広範囲のブレス攻撃だ。

天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉の喉奥から湧き出る青白い炎は虎男ナンバの身体を貫かんとする。

ヘイトの高低関係なく、レイドメンバー全員を瀕死に追いやる龍の大技も、仕組みを理解すれば大した脅威にならない。

炎はヘイト上位者三人を結んだ三角形の中心に向けて発せられる。

ならば、該当者だけをメンバーから遠く離せばよい。

攻略者の間では常識とされる戦術だ。

対象者はナンバ、イタチ、オバンデガスという三人の〈武闘家〉。

そのうちヘイトトップはナンバ。

彼に任せれば無傷での対処も容易いだろう。

アインスは直感した。


「〈ドーンティング・ポーズ〉ッ!」


範囲攻撃を単体攻撃へと変える武闘家の防御特技だ。

ナンバは身体の正面で腕をぐるりと回し、空中に巨大な太極図描いた。

薄く紅白に発光したそれは炎を飲み込み、"ろうと"の如くひとまとめにすると、二重に螺旋を描く光線へと変換した。

彼は避けるそぶりも見せずに丹田に力を込めた。

光線はナンバのみぞおちを貫く。

下がる体力は残すところ三分のニ程度。


「おぉ……ええやんけぇ……!ぜんぜん効かへん!さすがタイヨウちゃんの技やッ!!」


ナンバはタイヨウの方を振り返り笑顔で手を振った。


「避けろやバカ!!」


オバンデガスはそう言って彼の首もとめがけ延髄切りした。

想定外の強襲だったが、彼は危なげなく身体をひねり避けた。


「タイヨウちゃんの愛に浸ってるいうに、なにすんねん」


「ダメージ計算が狂ったじゃねぇか!キモヲタは部屋の隅にすっこんでろ!!」


彼女はナンバを踏み倒し、見下し、そして詠唱した。


「〈ヘイトエクスチェンジ〉」


オバンデガスが顔を上げると、目線のすぐ先には口を大きくあけた〈天泣ノ蒼龍〉。

身の丈ほどもある龍の牙が少女の小さな身体を食いちぎる。


「〈霧状化(ガシアス・フォーム)〉……」


瞬間、オバンデガスは霧散。


「こっちだ、クソガキ」


龍の尾の先で最凝固したオバンデガスは、手招きした。

誘いを受け龍は翻り、彼女(ヘイトトップ)に突っ込んだ。

極大威力を誇る突進技〈天ノ磐舟(アメノイワフネ)〉を真正面から受けるのは得策ではない。

まだ序盤である。

メイン盾の瀕死は全体の士気にも関わる。

だからこそ、回避力の高い武闘家を前線に差し向ける。

単純な戦術である。

そして単純だからこそ確実だ。

管制塔アインスは味方に矢を注ぎバフをかけながら、かような確信を得た。

武闘家が龍を翻弄する。

その間に攻撃職が間断のなく攻撃を加え続ける。

これでよい。

少なくとも今はこれで。

空中に展開された障壁群を飛び飛びに飛び上がり、一人の青年がは龍に接近する。

つい先週まで、タイヨウとは無関係に生きてきた〈黒剣騎士団〉の冒険者だ。

アキバライブに魅せられた彼もまた、今日、戦場に立っていた。


「〈アサシネイト〉ッッ!!」


最後の龍の腕輪が、一刀に伏した。


◆3◆


戦闘開始から一時間。

二億の体力のうち五千万が削れた。

死亡者はゼロ。


「いけそうッスね!」


豪雨の中、イタチは声を弾ませた。

おそらくは、レイドパーティの半数が同じ心持ちだろう。


「アホゥ!まだ序の口や!気ぃ引き締めんかい!」


ナンバは声を荒げた。

明るいムードに水を注ぐ行為であるが、アインスは喜んだ。

このタイミングはレイド攻略における関門のひとつである。

誰が言ったか"三時のおやつ"。

長時間死なずに生きている。

そしてボスにはダメージを確実に与えられている。

このままいけばレイドはクリアできるだろう。

"だろう"。

そんな根拠のない自信が各人を蝕む。

残り体力の四分の一付近で起こるから、時計に見立て"三時"。

後半の"おやつ"が何を指すかといえば、


「破壊!」


姫騎士吟遊詩人ラニーニャの一閃が、龍の腕輪を砕いた。

豪雨は小雨となり、十秒とたたずに止んだ。

足首をぬらす水がまたたくまに排水され、もとの石床が姿を表す。

その様をタイヨウは想像した。

しかし実際は違かった。

水たまりはいつまでも排水されず、彼女らの足にまとわりつき続けた。


「来ました!第二形態ですッ!」


アインスは叫ぶ。

声の反響が終わらないうちに、貯まった水は不自然な濃い青色に変化した。

そしてタイヨウは足下に不快な感触を得た。

下を見ると、水面に映る"自分"が自分の両足首つかんでいた。

龍の尖兵、〈(アメ)水柱(ミハシラ)〉だ。

水鏡に映える自身の写し身は、水面から這い上がり、四肢に巻きついた。

見た目どころか装備まで完全に再現したそれらは、今まで自分がボスに注いできた攻撃を加えてきた。


「〈ジャッジメントレイ〉」


タイヨウの姿をした〈水柱(ミハシラ)〉は最大火力の魔法を一撃を放つ。

それだけではない。

今、戦場には二十四の柱が立っている。

それらは同時に奥義を繰り出したのである。

龍がこれまで受けてきた技を一挙に跳ね返したような攻撃が、パーティ全体に喰らいついた。

当然予期していた事態である。

メンバー全員に伝えていた。

それでも士気への低下は免れない。

特に後衛への影響は想定外に高かった。

"自分"がまとわりつき、振り払えない状況下で残り体力は半分以下。

次、攻撃を受ければ死ぬ。

死ねば外に戻される。

またやりなおし。

こうした恐怖感を受け入れることこそレイダーの第一歩なのだが、レイド初心者には無理な話である。

まして、向いてる方向がバラバラの混成軍ではよほど難しい。

唐突な異常を前に正常な思考を失い、要の回復職を失う。

アインスが何百回と見てきた光景である。

しかし、彼の顔に陰りはなかった。

問題ない。

私たちは同じ方向を向いた同志たちだ。

事実、二十三人の視線は一人の冒険者に集中していた。


「みんな!私のところに集まって!!」


タイヨウが叫ぶ。

号令をかける彼女は〈お立ち台〉の上にいた。

このレイド、リーダーはアインスではない。

それは本人が一番よく理解していた。

〈ハウリング〉の三獣士から〈天衝〉、大手ギルドから中小ギルドまで様々な冒険者が寄せ集まったこのパーティ。

〈ゲーム時代〉ならまだしも、選挙で負けたばかりの今の求心力では、彼らの上に立つことは不可能だ。

これはむしろ良いことだった。

以前ならすべて自分で背負ってしまっていた。

しかし今は違う。

自分は参謀に徹し、先導は彼女に任せる。

神聖性と卑近性を止揚した彼女に。

なればこそ、このパーティは烏合の衆から脱し、ひとつのチームとなれる。

アインスは中央で輝くタイヨウと、彼女に向かい走り寄る仲間たちの背中を見て思った。

そして彼もまた、〈お立ち台〉に向け水面を蹴った。


◆4◆


二時間経過。

残す体力は半分。

登山で言えば五合目だろうか。

ここからが本番である。

それは誰の目から見ても明らかだった。

空めぐる巨龍は雷気をまとわせ、低くうなり、眼下に狙いを定めていた。

天上で渦巻く雲もまた轟音を発している。


天ノ御光(アメノミヒカリ)


鼓膜が揺れる隙すら与えてくれなかった。

タイヨウの体力ゲージが底をつく。

背中から倒れる浮遊感に包まれた中、鼓膜を裂くほどの音が耳を突き、脳を刺した。

しびれた全身が水面に倒れ込む。

水面の冷たさを感じながら、彼女は立ち上がろうと力を込めた。

しかしまったく動かない。


(マジか……)


話には聞いていたが、甚だ理不尽な攻撃である。

発生するタイミングも、位置も、完全にランダム。

それでいてカンスト冒険者を一撃で戦闘不能に追い込む火力を誇る雷。

それが破壊不可能の〈雲〉(プロップ)から永久に出続ける。

この環境下、あと一億ある体力を奪っていかなければならないのである。

現在戦闘不能。

あと一ダメージでも受ければ死亡。

要するに次の雷までの命だ。

直撃せずとも、フィールドにたまった水たまりを伝わり雷撃ダメージが自身を襲う。

レインも、少しは手加減してくれてもいいじゃないか。

こんなの攻略不可能ではないか。

そもそも、なぜ私たちは戦っているのか。

少し前はあれだけ笑い合っていたのに。

このままレインに殺されるのか。

あるいは生き帰り、この手でレインをーー


「起きろ」


声がする。

タイヨウは反射的に上体を起こした。

そうしなければならない声だったからだ。


「お姉さま……」


見上げると、〈神祇官〉キタカゼがタイヨウに手を差し伸べていた。


「ん」


ぶっきらぼうな声に答えるように、タイヨウはその手をつかみ立ち上がった。


「行けよ」


キタカゼは顎をしゃくって、仲間たちのいる中央を示した。


「ダチを救うんだろ?」


「……はい!」


タイヨウは走り出した。

そして背後のキタカゼに向けて、短く言い放った。


「私についてきてくださいッ!!」


キタカゼはその声を聞くと、一瞬、白い歯を覗かせた。


◆5◆


龍の体力が残り五千万を切った。

脱落者はいない。

雷の走る水面も、落雷も、タイヨウの範囲魔法〈シンボル・オブ・サン〉で軽減された現状況においては脅威ではない。

攻略期待値はかなり高いといえよう。


「〈緑ノ雨(リョクノウ)〉ッ!攻撃職は客席に待避!同士討ちで回復して!それから回復職は龍に〈回復魔法〉を加えてくださいッ!!」


アインスは指示した。


「〈オーロラヒール〉!」


タイヨウはレイド専用ともいえる、空間魔法を展開する。

天の川銀河が闘技場全体を包み込む。

ライブでよく見た景色である。

〈アイドル〉タイヨウの輝きを一層際だたせる、レインにとって一番好きな演出だった。

それが今、彼女の体力を急速に奪っている。

タイヨウは〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉に攻撃を加え、死へと追いやっている。

もう一時間もしない間に、自分は彼女に殺されるのだろう。

〈天泣ノ蒼龍〉は、かつてないほどの満足感を得ていた。

彼女は常に"良き死に様"を求めてきた。

戦闘を通じ冒険者たちに試練を与え、乗り越えた証として自らの死をもって祝福する。

それがレイドボスである自分の役割なのだ。

今日、タイヨウは〈天泣ノ蒼龍〉を屠り、〈銀河系アイドル〉に王手をかける。

そして大会当日、真のトップアイドルとなるのだ。

自らの死が、"推し"の完成に一役買う。

こんなに素晴らしいことがあるだろうか。

おそらく自分は、〈セルデシア〉で最も幸せな"エネミー"なのだ。

龍は思った。


「〈回復呪文(ヒール)〉……ッ!」


タイヨウの詠唱。

レッスンの最初の頃、レインがよくかけてもらっていた、聞き慣れた呪文。

思い出深い一撃により、最後の腕輪が崩れた。

連動して〈雨〉が上がる。


残り体力は約五百万。


「〈天ノ水柱(アメノミハシラ)〉警戒!総員回復は済ませましたね!?中央の台に集合してください!」


アインスの指示に呼応し、タイヨウは〈お立ち台〉の上で杖を掲げ、集うべき場所であることをメンバーに示す。

必要な準備をすべて整えた冒険者たちが彼女のもとへ集まる。

そして彼はタイヨウに伝えた。


「タイヨウさん!エモートをッ!〈ライブ〉を始めてくださいッ!!」


その叫びは〈天泣ノ蒼龍〉にも届いた。

何度観たか分からないタイヨウのライブ。

しかし空から観るのは初めてのことだ。

手を振ってくれるだろうか。

目を合わせてくれるだろうか。

不安と期待に胸膨らませながら、龍は大きく一声、叫んだ。

それは最期のライブに対する、喜びを表す少女の歓声であった。

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