37 私は
◆1◆
七月末。
〈アキバ〉大通り大交差点にタイヨウは立っていた。
半身を崩した夕日が、苔蒸したコンクリートを照らす時分。
ビルの谷間にたまる熱気がアスファルトを揺らしていた。
特設ステージの鉄骨につけられたライトから、七色の光線放たれ、彼女を照らした。
万雷の拍手がアリーナにこだまする。
豪雨にも似た、けたたましい音だ。
期待を含んだその音はタイヨウの脳髄を洗い流した。
彼女は今、自分が何をすべきか分からなかった。
視界を埋め尽くす冒険者たちは私に何を求めているのか。
彼女は天井の照明を見上げ、頭をフル回転させた。
しかし、まったく分からない。
私は何者なんだ。
フッと、"前世"の記憶が浮かぶ。
〈天衝〉特攻隊長。
評判の悪いPKKギルドの幹部としての姿だ。
勝手気ままに相手を"悪"と認定し、襲う〈悪徳ギルド〉。
タイヨウはギルドの綱紀粛正をGMから任せられつつも、達成できなかった。
私のせいだ。
「タイヨウちゃん!!!」
下から声がした。
見下げると、アリーナ席最前列にナンバがいた。
両隣にはマルとソノが立ち、飛び跳ねていた。
手には〈蛍火刀〉が握られている。
(来てくれたんだ……)
彼らの狂乱を一秒ボッと眺めたところで、彼女は思い出した。
(あれ……)
彼女の脳裏にようやく現世の記憶。
(やっべぇえ!!今ライブ中じゃん!!)
すぐさまタイヨウは杖を取り出すと、
「み、みなさんこんにちはッ!!」
と観衆に呼び掛けた。
登場から何秒たった?
何十秒?
「え、えと……」
何を言えばいい?
とりあえず、来てくれた人に言葉を……。
「あ、ありがとうございますッ!!突然のライブなのにこんなに来てもらって、えと……」
会場がどよめく。
観衆同士互い顔を見合わせ、自分に指差している。
とりわけ前列からは「タイヨウ」というワードが耳を突いた。
(な、なんで……?名乗ってないのに……)
ステージに近い彼らは、タイヨウのステータス画面を確認することができる。
だから、知っていてもおかしくはないが……。
(〈天衝〉のこと……)
こみあげる恐怖がノドの奥から這い上がる。
冷静さを欠いた彼女は自己紹介も忘れ、
「じゃあ一曲目!」
と宣言し左手を高く掲げた。
緊張で胸が張り裂けそうだった。
事前に伝えられていたであろうセットリストもまたタイヨウは失念していた。
もはや流れてきた曲を歌い踊るしかない。
会場のスピーカーから流れたのは、〈Last☆Shine〉だった。
「事故になってないッスよね?」
舞台袖、機材をいじくりながらイタチが不安気に確認した。
ヤマセは
「事故ですよ。五秒無言は事故です」
と答えた。
「そんなこと言わない!」
「自分から聞いたくせに……大丈夫です。少なくともあの時よりは」
伝説的アイドルグループ〈キラキラ☆十ニ星〉の代表曲〈Last☆Shine〉は、タイヨウがデビューした時に歌った曲でもあった。
披露したのは一年前、〈アキバ〉近郊にある大地人の村〈ワラビ村〉でのことだ。
それはもうヒドい出来だった。
噛むわ転ぶわ、ライブと言うよりは公開処刑である。
当然盛り上がらなかった。
村の人たちはライブ終わり、感謝の言葉をかけてくれたが、それは行方不明の村の女の子を助けたからに過ぎない。
悔しかった。
アイドル活動はヤマセに半強制的にさせられたようなものである。
ちょっとでもできそうにないと感じたらすぐにあきらめるつもりだった。
しかしあきらめるどころか、即日タイヨウのやる気に火がついた。
放心してようが、惑乱してようが、この曲は歌えるし踊れる。
それだけの自信が今のタイヨウにはあった。
何千回と練習したのだから、動きは身体が覚えている。
「〈オーロラヒール〉ッ!!」
光魔法の演出として、観衆の頭上二十メートルに天の川銀河が展開された。
オーロラではなく、天の川だ。
デビュー当時はオーロラしかでなかったし、そもそもがそういう技である。
しかし練習を重ねるうちに、いつしか天蓋を展開できるようになっていた。
見た目が違うだけで回復量に影響はなかったが、舞台演出としてはこれ以上なく効果的だった。
「〈コメットレイル〉ッ!!」
本来であれば、はるか上空から超小型流星群を降らす範囲魔法だが、タイヨウの使い方は違った。
展開した天の川に帚星が流れ出す。
それらは宇宙に光の線を引き、星座を映し出した。
〈織り姫〉と〈彦星〉だ。
夏夜の物語は〈Last☆Shine〉の歌詞とシンクロし、会場の観衆を別世界に誘った。
星のまたたくステージの中心で、タイヨウは輝き回っていた。
ドワーフ族特有の小柄さをフルに生かしたかわいらしさを振りまき、思いっきり飛び跳ねるその姿は、ド派手な演出にまったく負けていなかった。
まちがいなくこの場の主役は彼女である。
何百もの観衆が共有する意識であり、それを反映するように、彼女の動きに全視線が集まっていた。
蛍火は揺らぐ。
歓声はあがる。
しかし、彼らの目に狂喜は宿っていない。
タイヨウはほてる身体の奥の奥で、静かに考えた。
どうすればこの場をもっと燃やせるのか。
観衆は〈ワラビ村〉の大地人と同じ目をしていた。
曲が終わり、スピーカーからはキーン……というノイズ音がか弱く、途切れ途切れに響いた。
熱気を一気に冷まし、観衆の目を覚ます。
タイヨウにとって好まざる音だった。
冷された何百もの視線は、もちろんタイヨウひとりに集まる。
ひときわ見やすい位置に立つ、奇異なる存在の発言と挙動を観察するために。
タイヨウはここで太陽にならねばならない。
光り輝き、温め、観衆の視力を奪い、狂わせねばならない。
二曲目に移るまでのわずかなMCパート、わずか三分足らずのこの時間がライブ全体を左右する。
「みなさんッ!!盛り上がってますかぁッ!!?」
少女は小さなノドをちぎれんばかりに引き絞り、観衆に呼び掛けた。
声は数十倍に膨らみ、タイヨウのもとに返ってきた。
さすがに現代人、ライブノリがいい。
「タイヨウちゃぁん!!」
声援に混じり、自分を呼ぶ声が聞こえる。
何百回聞いても忘れない、ファンのひとりであるソノの声だ。
タイヨウはここで初めて、自分が一度も名乗っていないことに気づいた。
「は、はじめましてッ!!冒険者アイドルのタイヨウです!!」
タイヨウは勢いよく礼をした。
会場全体がふたたびどよめく。
「一曲目は〈Last☆Shine〉!いかがでしでしたか!?」
最高だったという返しが最前列のファン三人と、その横に立つクモリから返されるが、それ以外の観衆はドヨドヨと相互で会話をつづけていた。
「〈キラキラ☆十ニ星〉が歌った伝説の曲です!知ってる人も多いと思いますが、実は私が初めて歌わせていただいた曲でもあるんです!」
タイヨウは話を続けた。
しかし観衆の話すベクトル、視線のベクトルは乱れるばかりで秩序を失っていた。
未だアイドルと観衆との結びつきはなされていない。
◆2◆
「まずい……」
クモリは弱音をはいた。
「なにが」
隣に立つナンバはひとりごとのように声を発した。
「タイヨウの身元が明らかになっているようだが……」
「有名人やからな」
「それは〈天衝〉の……」
「ちゃう。伝説の〈アイドル〉としてや」
ナンバは会話しながらもしっかりタイヨウを見据え、声援を送った。
他方、タイヨウは彼らの熱意に声と身振りで応えつつ、自己紹介を続けた。
「私が初めて披露した曲がこの〈Last☆Shine〉なんです!」
ステージ上のタイヨウは言った。
彼女のデビューはクモリもよく知るエピソードである。
五年に一度、〈ワラビ村〉で盛大に行われる祭祀〈ワラビトリ〉。
〈アキバ新聞〉記者ヤマセはその取材のために村を訪れた。
当初は素朴な村祭りかと思われた。
しかしヤマセは取材を進めるうちに、冒険者を生け贄に捧げる儀式であることに気づいた。
自身に危機が迫っていることを知った彼は、偶然村に居合わせた冒険者タイヨウを騙し、彼女に生け贄役を押しつけた。
気づけば彼女は村の中央広場に置かれた〈お立ち台〉の中央で縛り付けられていた。
絶体絶命の窮地。
しかしヤマセが元凶〈悪司祭〉の屋敷を駆けめぐり、フラグを回収したおかげでタイヨウ生存ルートに突入することができた。
すなわち、身代わりとして司祭の愛娘が犠牲となる物語に。
悪司祭に洗脳され正気を失した村人が"娘"に殺到する中、タイヨウは唐突に踊り出した。
NPCは放っておいて、さっさと逃げましょうと言い張るヤマセにビンタをかました後、タイヨウは歌い踊り衆目を集めたのである。
本来であれば無駄な行為だった。
"ゲーム時代"、当該展開はムービーシーンであり冒険者は動けなかった。
それに、なまじ動けたとしても"娘"は強制的に"ヘイトトップ"になるよう設定されている。
冒険者では群衆による雪崩の方向を変えることはできない。
しかし、〈お立ち台〉の上で踊ったタイヨウは事情が違った。
"ライブ中のみ強制的にヘイトトップになる"という台の効果を活かし、彼女は群衆の足を止めることに成功した。
ヘイトトップとヘイトトップに挟まれ足踏みする彼らにタイヨウは精一杯の熱を送った。
そのかいあって、彼女は"設定"を超えた。
強制ヘイトトップであるはずの"娘"をさしおき、タイヨウは単独ヘイトトップとなったのである。
そしてタイヨウはそのまま生け贄として犠牲となった。
それら一部始終を見届けたヤマセ曰く、その後村人は正気に戻り〈悪司祭〉を村から追放したという。
この〈ワラビ村殺人未遂事件〉は新聞紙面を大きく飾った。
なぜなら上記イベントは〈エルダーテイル〉有数の"胸クソクエスト"として名を馳せていた。
自分が助かるために罪なき大地人少女を犠牲にする。
そんなバッドエンドを無理矢理ハッピーエンドに変えた。
しかも、〈アイドル〉のライブによって。
〈大災害〉後の変化を示す一つの例として大きな話題となった事件だった。
無論、人を避け、新聞もろくに読まず生きてきたタイヨウには預かり知らぬことであるが。
「次の曲!……あー。そう!これ!私が二回目のライブで歌った曲!!」
タイヨウは歌い踊った。
クモリはここでヤマセの設定したセットリストの順番を察っした。
二曲目は〈ヒロセ神殿街壊滅未遂事件〉の時に披露した〈直列恋心〉。
三曲目は〈ルドルフ爺さん、"血断"未遂事件〉の〈ホシゾラ≠バケイション〉。
四曲目はーー。
セットリストは〈アキバ新聞〉本社で読んだアイドルタイヨウの紀行文をなぞっていた。
悪名高いバッドエンドクエストを、ライブの力によってグッドエンドに変えていく、〈伝説のアイドル〉タイヨウ。
その物語を追体験できる内容だ。
彼女の快進撃と比例するように、会場の熱はあがっていった。
「盛り上がってるゥ!?」
目の前の人物が何者か完全に理解した観衆は、タイヨウに精一杯のエールを贈った。
「心配する必要なんかなかったやろ?」
ナンバはクモリに言った。
「あ、ああ……」
「なんや、まだ不安なんか」
クモリはナンバと目を合わせようとしなかった。
「〈天衝〉か?」
「タイヨウは不安がっているが、どうなんだ……?」
「そら、ワシかて最初は思うところはあったで。でもな、今となっちゃぁ関係あらへん」
ナンバは言い切った。
「目の前にいるのは誰や?」
「それは……その、タイヨウ」
「何をした人物や?」
「〈アイドル〉としてライブをした……」
「それだけか?」
「たくさんの人を、救った……私のことも……」
「せや。で、ジブン、なんの心配をしてるって?」
その言葉で、クモリの目は晴れた気がした。
みんな、全部知っているのだ。
目の前のタイヨウが今まで何をしてきたのか。
人々に対し、どんなことをしてきたのか。
彼女は小さい体をちぎれんばかり動かし、金色の髪をふり乱しながら、観衆の心をどこまでも拡張していった。
◆3◆
真っ白だったタイヨウの心も、十曲目に入る頃には多くの思い出が刻まれていた。
それらはすべて彼女が一年間に経験してきた冒険譚である。
〈ワラビ村〉では操られた村人の心を動かせず、そのまま圧殺されてしまった。
その悔しさをバネに彼女は練習を重ねた。
基礎体力を上げるためにレベル上げを繰り返し、活動する〈アイドル〉がいると聞きつければ盗み見に行った。
〈ヒロセ神殿街壊滅未遂事件〉では、どうにか一曲通して踊れるようになった。
おかげでライブを通じ、悪教祖から信者を切り離すこともできた。
今度は自分が教祖扱いを受けることになって大変だったが。
〈ルドルフ爺さん、"血断"未遂事件〉では初めて観衆を喜ばすことができた。
孫息子ひとりだけだったが。
旅を重ねるごとに一歩一歩、成長を実感できた。
それは全国の〈お立ち台〉を巡り、サブ職レベルを上げる作業よりもタイヨウに充実感を与えた。
沸かした観衆はひとりから家族、集落、村、町へと膨れ上がっていった。
陰の濃い高校生から冒険者になったタイヨウは、秋頃になると完全に〈冒険者アイドル〉としての姿を得ていた。
〈アキバ新聞〉の都合で西に舞台を移した冬。
〈アイドル〉文化未開拓の地で彼女は好き勝手暴れ回った。
冒険者でなければ誰の前でも踊った。
〈エルフ〉、〈ドワーフ〉、〈法儀族〉、〈ウフソーリング〉、〈羅刹〉。
ある者は喜び、ある者は怒り、またある者は対抗心を燃やし踊り合った。
ライブ中死ぬことだってあった。
やる気の灯火が消えかけたことはその倍あった。
そしてそれと同じ数だけ思いとどまった。
すべて観衆の熱意のおかげである。
ちょうど今、タイヨウの前に、同種の熱意が広がっていた。
それは光の波となり、彼女の網膜に焼き付いていた。
◆4◆
毛先からしたたる汗を振り払い、タイヨウは正面を見た。
そして自信に満ちた笑みを浮かべた。
直後、夏の熱気をふきとばす拍手が鳴り響いた。
大雨のような音を周囲に受け、タイヨウは姿勢を戻す。
夜の闇からでもはっきりと分かる、色鮮やかな装備を身につけた冒険者たちがタイヨウに目の焦点を合わせている。
タイヨウはもう引き下がらなかった。
万物を照らす太陽のように、〈アイドル〉として冒険者とも向き合わなければならない。
(…………)
観衆をよく見れば、知る顔もいた。
〈ゲーム時代〉に臨時パーティを組んだ冒険者や〈天衝〉の仲間、そして今の仲間もいた。
冒険者だけではない。
大地人もたくさんいた。
〈ワラビ村〉の娘の姿もあった。
唯一いなかったのはーー。
タイヨウはステージの縁まで歩み寄った。
そしてピョイと、アリーナ席に降りた。
観衆からはどよめきが上がる。
最前列の客は、彼女の半径三メートル以内に入るまいと後ずさりした。
タイヨウはただひとりその場で静止していたクモリに手を伸ばした。
彼女はキョトンとしながらもその手をつかんだ。
そして二人は壇上に上がった。
「重・大・発・表!」
タイヨウは叫んだ。
意図を把握できていない観衆は皆、あっけにとられた顔して無言で立っていた。
「私、冒険者タイヨウは〈ヤマト〉中を巡り、色々な人と出会いました!」
タイヨウの隣に立つクモリは居心地悪そうに下を向いていた。
その姿勢を正すかのごとく、タイヨウはクモリの腰を叩いた。
彼女の姿勢が大きく後ろに反る。
「そしてたくさんの仲間を得ることができましたッ!そのひとりがこのクモリちゃんですッ!!」
タイヨウはクモリに目配せした。
彼女はぎこちなく礼をした。
「新聞で見てくれた人もいると思います!彼女は故郷を救うために、私たちの仲間になりましたッ!!」
タイヨウはクモリの手を再びギュッと握った。
「そのためにも!私たちはユニットを組み、二週間後〈アキバ・アイドル・アリーナ〉でデビューしますッ!!」
その言葉を言い終えるが早いか、観衆による光の海からは一斉に歓声が上がり、大きく波立った。
「そして!仲間はもうひとり!その名は〈天泣ノ蒼龍〉!」
観衆からは待ってましたと声が出た。
しかし、彼女の姿は無論現れない。
どういうことだと静まりかえる会場。
タイヨウは一呼吸置いてから、口を開いた。
「レインは今、〈アラガミ闘技場遺跡〉にいます」
彼女はクモリの握る力が強まるのを感じた。
タイヨウは任せろと握り返した。
「彼女は私に挑戦状を叩きつけました」
するとクモリも声を上げた。
「ぃ、曰くッ!我は強い者が好きだッ」
〈ダイセンの大ピラミッド〉にて、レインから託された言葉である。
「私は、見てのとおり弱いです。〈施療神官〉としても半人前、そしてサブ職も、〈銀河系アイドル〉ではありません」
「我を仲間にしたくば、最強になれッ」
「だから、みんな……私を、最強の冒険者アイドルにしてくださいッ!!」
「すなわち、我を倒し、〈銀河系アイドル〉となるのだッ」
「レインと、本当の意味で友だちになるために……力を貸してくださいッ!!!」
タイヨウは声を枯らし、叫んだ。
礼はしない。
クモリとともに、ファンたちをジッと見つめた。
もはや逃げる選択肢はない。
タイヨウは正直に彼らと向き合った。
そしてタイヨウは気づいた。
自分の顔がこわばっていることに。
(私は……アイドル!)
心に決めた彼女は正直に、今の気持ちを表に出した。
白い歯をのぞかせた満面の笑みを、観衆に向けたのである。
数秒の沈黙の後、最初の声が最前列中央から生じた。
ナンバである。
彼を起点として、声は波状に広がった。
喝采の音と、淡く黄色い光が連鎖する。
それらはいつまでも、タイヨウとクモリを照らし続けたのである。
二人は顔を見合わせた。
そして笑顔で小さくうなずくと前を向き、深く、深く礼をした。




