36 愛ゆえに
◆1◆
レイン失踪の朝。
タイヨウは下宿の同室で寝るイタチを叩き起こし、さらにヤマセを呼び出した。
三人はちゃぶ台を囲み、机上中央に置かれた手紙を注視した。
「〈アラガミ闘技場遺跡〉で待つって、果たし状じゃないんスから」
イタチは言った。
「実際そうなんじゃないですか?」
ヤマセは返した。
両者とも突然のことで緊張は感じられない。
「果たし状って、一体誰宛て?」
タイヨウがぼんやり呟くと、
「タイヨウさん宛てでしょ」
とヤマセは即答した。
「私!?」
「なんかヒドいこと言ったんじゃないですか?」
「いやいやおかしいおかしい」
二人は目を細め疑義のまなざしをタイヨウに注いだ。
彼女は口で否定しながらも、頭の中で該当する出来事がないか探った。
レッスンで厳しく言い過ぎたから?
好物の〈アジャリ・ケーキ〉を勝手に食べてしまったから?
たしかに、昨夜レインは自分に背を向けて寝ていた。
あれは不機嫌を表した行為だったのか。
こまごまとしたレインとの小競り合いエピソードははいくらでも思いつくが、どれも決定打に欠けていた。
三人とも腕組みして頭を傾け考えたが結論は出なかった。
「クモリさんは知らないの?」
タイヨウの提案を受け、ヤマセは彼女に連絡をとった。
「すぐ行くとのことです」
「クモリちゃん〈アキバ〉にいるんじゃないんスか?ここ〈キョウの都〉ッスよ」
「弟さんの力を使えば〈妖精の環〉でどこでもワープ可能ですからね。問題ありません」
「チートの極み」
夜になって早々、クモリは下宿に到着した。
いつもよりずっと顔に影を落とし、大きな白い狐耳も前傾していた。
彼女はレインの書き置きを見るなり
「やったか……」
と小さく漏らした。
「心当たりがあるの?」
タイヨウが聞く。
「レインからタイヨウ宛に言伝を預かっている」
「え、やっぱ私宛なの?」
「曰く、"我を止めてみせよ"」
「止める?」
「あいつは〈アキバ・アイドル・アリーナ〉を襲撃するつもりだ。それを止める」
「ハァ!?襲撃!?なんで!!?」
「タイヨウの引退を阻止するために」
タイヨウはその論理が分からなかったし、イタチも同様だった。
ただ一人、ヤマセは理解できたようだった。
「そうまでしてタイヨウさんを引き止めたいんですか……」
「どういうこと?」
「いいですか、タイヨウさん。あなたの引退条件は、"サブ職〈銀河系アイドル〉の状態で〈アキバ・アイドル・アリーナ〉に出場し優勝する"、このミッションの失敗にあります」
「うん」
「前にもチラッと言いましたけど、契約には大会が中止になった場合の対応がないんですね。つまり、大会が無くなれば条件を満たせなくなり、引退のルートが消滅します」
「うん……?じゃあつまりレインは無理矢理大会をなくすために」
「〈アラガミ闘技場遺跡〉で待機しているみたいです」
「な、なんでそんな突然急に……」
「突然というか、話を聞く限りある程度の計画性を感じますけど。しかし、そんな屁理屈を〈白筆〉が認めてくれるとは思えませんが……」
「認めないもなにも、〈白筆〉の入れ知恵だ」
クモリは苦い顔で言った。
「あぁ禄でもない。本当に禄でもない人……」
ヤマセは机に額をつけた。
「とはいえ、あいつだってバカじゃない。自分で考えた末に実行したんだ。タイヨウの引退回避のためにな」
「ど、どうしてそこまでして」
「それは〈白筆〉とーー」
ヤマセが説明しようとしたが、クモリは手で彼の口をふさいだ。
「〈召喚獣の件〉は言うな」
「しかし……」
「伝えてもタイヨウを萎縮させるだけだ。それにもう、奴との契約なんてレインにとってはどうでもいいことだ」
「……?」
二人のやりとりをタイヨウは怪訝な顔で眺めていた。
ヤマセはごまかすように話を先に進めた。
「とにかく〈アラガミ闘技場遺跡〉まで行かないとですね」
タイヨウはうなずいた。
しかし、クモリは彼の案を否定した。
「我々だけで向かっても意味はない」
「まさかレイドチームを編成しろだなんて言い出さないでしょうね」
タイヨウはおずおず言った。
「そうだ」
「無理ッ!!できるなら最初からしてるしッ!!」
「やるしかなかろう」
「別の方法あるでしょ!説得するとか!」
「聞く耳持つものか」
タイヨウは畳の上で静かに狂った。
「しかし、なんでわざわざ"止めてみせろ"なんて、事前に計画を伝えるマネをしたんですか?黙って実行すればいいのに」
ヤマセはクモリに聞いた。
「あきらめてないからだ。〈銀河系アイドル〉タイヨウの大会優勝をな」
「あぁ、〈銀河系アイドル〉達成のためにはレインさんを倒す必要があるから……」
「いずれにせよ、やるしかない。アキバの平和のためにも、あいつのためにもな」
◆2◆
〈天泣ノ蒼龍〉を倒す。
言うだけなら簡単だが、その壁は厚く高い。
なにせレベル九十を誇るフルレイドランクエネミーである。
まず、冒険者を二十四人集めなければスタートライにも立てない。
「どうやって?」
タイヨウに冒険者のツテがなかったからこそ、四月初旬、彼女たちはたった三人で〈アラガミ闘技場遺跡〉に突入したのである。
結果は惨敗だった。
しかし今は事情が違う。
「頼もしい仲間がいるじゃないですか」
「"姉さんたち"ッスね」
ヤマセとイタチは口々に言った。
翌日、クモリが〈アキバ〉に戻るタイミングでタイヨウ一行も〈妖精の環〉に飛び込んだ。
彼らは菓子折りを携え〈アキバ学園〉を訪ねた。
長机が"コ"の字型に組まれた職員会議室では、校長キタカゼを筆頭に〈天衝〉の旧友たちがそろって座っていた。
タイヨウは冷や汗かきながらも彼らの中央に立ち事情を説明した。
「いいぜ」
キタカゼは答えた。
「よくない」
オバンデガスは返した。
「あ?」
「いやね、校長。かんべんしてくださいよ。レイドなんて、何回死ぬか分かんないですよ」
「分かんねぇなら考えるな」
「いやいや、ちょっと!死ぬと記憶を失うんですよ?レイド終わる頃にはオレら教員全員頭がパッパラパーになってますよ?」
「元からだろ」
「ヒドい」
オバンデガスはなおも異を唱えたが、それらはラニーニャの猛り声とキタカゼ校長の無言の圧とで押し潰されてしまった。
「これで僕らを合わせて十人、確保できましたね」
アキバ大通りで、ヤマセは名簿を見て言った。
レイドメンバーと題された表の枠は二十四。
そのうち空欄は十四。
「全然足りてないじゃん」
タイヨウは狐のフードを深々とかぶり、ため息を漏らした。
「いるでしょ。超強い人が」
「誰それ?」
「タイヨウさんの命令なら何でも聞く人が三人いるでしょう?」
「ナンバくんたちのこと!?ダメッ!!」
タイヨウはフードから目を覗かせ、キッとにらんだ。
「西日本No.1レイドギルド〈ハウリング〉の"三獣士"ですよ。頼りましょうよ」
「ファンを危険な目に遭わすなんて、〈アイドル〉失格じゃん」
「失格って……引退の危機なのに、よく言えますねそんなこと」
「ダメなものはダメッ!!!」
「じゃあどうします?」
「う……。〈アキバ新聞〉から助っ人頼めないの?」
「いません。僕は超ド級生産系ギルドですから。レイドできる人材なんかいません」
「終わりだぁ……」
「タイヨウさん、落ち込むのはまだ早いです。ほら、周りをよく見ましょう」
タイヨウはキョロキョロと周囲を見まわした。
特に代わり映えのない、人と出店でにぎわう〈アキバ〉中央を貫く大通りだった。
「ほら、あの人。〈黒剣騎士団〉の人ですよ」
「だからなに……?」
「あなたの魅力で仲間に引き入れてください」
「無理」
「無理じゃありません。〈アイドル〉始めて一年ちょっと。今こそ実力を発揮する時ですよ。ライブを開き、義勇兵を募るのです」
タイヨウは口をつぐんだ。
冒険者の前でライブとか、絶対にやりたくない。
その想いが彼女の中に未だくすぶっていた。
大地人ならよい。
アイドルへの知識がゼロだから色々ごまかせる。
しかし、目の肥えた現代人を相手にできる度胸はない。
「また黙りですか。〈冒険者〉の目がなんです。そもそも〈アキバ・アイドル・アリーナ〉観衆だって冒険者ですよ?」
ヤマセは叱ったが、タイヨウの頭はそれどころではなかった。
ライブを回避するために、あらゆる選択肢を洗った。
「うー……。えぇと、……あっ!〈斎宮〉様!頼れないの!?」
我ながら名案だと、タイヨウは思った。
しかしヤマセの目は冷たかった。
◆3◆
彼らは即日〈白砂御所〉を訪ねた。
アポなしだったため、門前払いだった。
「もうあきらめよ?ね?」
「一応、もう一回交渉しに行ってきます。どうにか取り次ぎの人に会えればいいのですが」
ヤマセはタイヨウに伝えると再び〈御所〉の門兵のもとへ向かっていった。
その健気な背中を、タイヨウは複雑な思いを抱きつつ見送った。
ここまでがんばることはないのではないか。
相手は〈天泣ノ蒼龍〉。
冒険者がただただ二十四人集まったところで、倒せるわけがない。
タイヨウ自身、レイド経験はある。
〈天衝〉時代、軽い気持ちで何度か挑戦したわけだが、話にならなかった。
即死級の技がとめどなく放たれる空間で、数億の体力を削るなんて不可能だ。
あの後、ネット掲示板の〈天衝〉アンチスレに書き込まれた煽りは今でも鮮明に覚えている。
経験豊富なレイドリーダーがいないのになんで挑んだの?
虫けらが何の考えもなくワラワラと近寄っても踏みつぶされるだけだろ。
たしかにそうだ。
冒険者を率いる"リーダー"がいなければ意味がない。
もうあきらめよう。
レインと話し合おう。
きっと彼女なら分かってくれるはず。
タイヨウは完璧に自分を言いくるめた。
たとえばヤマセがレイドにふさわしい人材でも連れてこなければ、覆すことはできない。
完璧な理論武装である。
「タイヨウさん!吉報です!!アインスさんが加勢してくれるそうです!!!」
◆4◆
アインスはヤマセ・タイヨウ両名を〈御所〉の一室に案内した。
「事情は承知しております。私でよければ協力いたしましょう」
タイヨウは
「え、なんで?」
と聞いた。
「失礼ですよ!せっかく引き受けていだたいたのに!!」
ヤマセは血相を変えて叱った。
別に不満はない。
むしろ適役すぎるだろう。
巨大レイドギルド〈ホネスティ〉のGMアインス様である。
だからこそ本気で分からなかったのだ。
「〈アキバ公爵〉ですよ!アキバの危機に立ち上がるのは当然じゃないですか!」
「いえ、そういうことでは……、〈アキバ〉でなくとも、危険が迫っているなら応対しないと」
アインスは毅然とした態度で答えた。
「いい人。噂とは大違い」
〈アキバ〉では耳をふさぎたくなるような悪口を叩かれていたアインスであったが、タイヨウの目からも、ヤマセの目からも彼は善良な人物に映った。
「アインスさん、〈アラガミ闘技場遺跡〉レイドの経験はありますか?」
「はい。四十七回ほど」
「そんなに挑戦してるんですか!さすが、レイドギルドGMの名は伊達じゃないですね!!」
「あぁ、いえ、クリア回数です。挑戦回数は……五百……」
「聞きました?タイヨウさん、これいけますよ!」
「…………。他の〈ホネスティ〉の人たちは加勢してくれるんですか?」
アインスは申し訳なさそうに首を横に振った。
ゲーム時代ならとにかく、〈ホネスティ〉自体が〈大災害〉以降ずっと実戦から遠ざかっていたのだから無理はない。
レイドチーム結成まであと十三人。
道は遠い。
「で、タイヨウさん、"義勇兵募集ライブ"の件ですが〈アキバ〉で開きましょう」
「やだ」
「拒否権はありません」
「なんでよりにもよって〈アキバ〉で……」
「やはり一回くらい現地でライブをやっといた方がいいと思いましてね」
「はぁ……わかった……。やる……」
見るからに自信の無い返事だった。
レイドへの参加というお願いを成功させるほどの説得力を自分が持っているのかははなはだ疑問である。
何度も自分に言い聞かせたし、クモリもヤマセもイタチも、みんな勇気づけてくれた。
そのかいあり、少なくとも表面上は、できる、やれると思いながら〈アキバ〉大通りに築かれた特設ステージに立つことができた。
目の前には黒山のひとだかり。
そのほとんどが〈冒険者〉である。
彼らをみた直後、タイヨウの頭の中はきれいに漂白されてされてしまった。




