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レイドボス、アイドルになる  作者: こくそ
メインストーリー
34/40

34 巨龍覚醒

◆1◆


少女の頭上を瑠璃色の巨龍が渦巻いていた。

二対四枚の翼をはためかす〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉は、怒りの矛先を探るように不規則な軌道をたどっていた。

雷気をまとうその様は天井に描かれた龍よりも流麗であり、クモリはみとれていた。

これからその身を捧げ、怒りを沈めなければならないのに、である。

彼女はハッとし、左手に携えた〈神剣ーアメノムラクモ〉を強く握った。

そしてレインに向け、フッと横に一閃、宙を斬った。

刃先から白い、半月状の衝撃波が放たれる。

刀身の三倍はあろうかというそれは、空を裂き〈天泣ノ蒼龍〉に直撃した。

龍は低くうめき、眼下を見下ろした。


「レインッ!!」


ライバルの呼びかけに何を思ったか、〈天泣ノ蒼龍〉は身体をひるがえし、地上に向け突進した。

クモリは横っ飛びして避ける。

龍はやみくもに突進を繰り返した。

クモリは危なげなく避けた。

最後の突進の際には、〈天泣ノ蒼龍〉は曲がりきれず壁に激突した。

えぐれた壁から崩れ落ちる瓦礫を頭に受けた彼女を見て、クモリは啖呵をきる。


「どうした!?それでも誇り高い真龍か!」


伝わったか、伝わらないか、〈天泣ノ蒼龍〉は中央上空に竜巻めいた姿で静止した。

そして(ほほ)を膨らませた。

キバの隙間から漏れ出る炎で、次の行動は容易に推測できた。


「ッ!!」


クモリは〈伽羅倶利鍵縄其二(フックロープ)〉を射出し、龍の足に巻き付けると、空中へ避難した。

下を向けば炎の海が広がっていた。

熱気が彼女の白い身体を包む。

クモリはひるむことなく、目の前の鱗を見据えた。


「〈アクセルファング〉ッ!」


かつて龍を斬ったという、その切っ先が〈天泣ノ蒼龍〉の鱗にあてがわれた。

金斬り音とともに、白い飛沫がはじけた。

衝撃を受け、クモリも吹き飛ばされる。

地面に投げ出された彼女は受け身をなんとか成功させ、体勢を立て直した。

元のままの蒼い龍が飛んでいた。

瑠璃ガラスを想起させる身は傷一つない。

残り体力を確認する。


一億九九九九万六五三○。


あと何時間戦えば、私は勝てるのだろうか。

あるいは、レインの怒りが収まるのだろうか。

レベル六十の自分ができることは。


「本気が出せなくて辛いか!?」


クモリは剣をかかげ、雲を呼び出した。

はからずも〈アラガミ闘技場遺跡〉と同様、渦巻いた円盤状の雲だった。

意を察したか〈天泣ノ蒼龍〉は即座に雨を降らせた。


白ノ雨(シロノウ)〉。


彼女が用いる〈雨〉の中でも、最もシンプルでかつ、冒険者のヘイトを集めた魔法である。

どしゃぶりの雨が視界を奪い、床に貯まった水が足を引っ張る。

何の効果もない、ただの雨だが、挑戦者たちにとっては大きな障害である。

仰げば雲の表面に雷が走っていた。

即座にクモリは〈伽羅倶利鍵縄其二(フックロープ)〉を射ちだした。


天ノ御光(アメノミヒカリ)


雲から無数の白い筋が床めがけ降り落ち、水を穿(うが)った。

砂礫を含んだ黄色い水を伝い、フィールド全体に雷光が走る。

雷は轟音をあげ間断なく降り注いだ。

豪雨で白んだ空間に、白い稲妻が飛び跳ねる空間はおよそピラミッドの一空間とは思えない。

この大災害のさなか、クモリは必死に龍のしっぽに喰らいついていた。

鍵縄が二三周巻き付いただけのたよりない命綱をたぐり、どうにか龍の胴体にたどり着くことができた。

クモリは頭を目指し龍の背の上をにじりよった。

彼女をふりほどこうと、〈天泣ノ蒼龍〉は縦横に大きく蛇行し飛行した。

が、少女は落ちなかった。

落ちれば死ぬしかない状況である。

龍はそれでもなお、少女を落とそうと努めた。

しまいには壁に、天井に、身体をぶつけ引き剥がそうとした。


「…………ッ!」


何度となく落ちそうになりながらも、クモリは頭部までたどり着くことができた。


「レイン!聞こえてるか!?」


クモリは呼びかけたが、龍は雄叫びを上げるばかりで答えてくれない。

それどころか、天井への突進を繰り返し、クモリを振り落とすことに注力した。

そのたびに壁はえぐられ、瓦礫が水面に落ちていった。


「そうだ!こんあくだらない"落書き"!そのままぶち壊せッ!!」


呼応するように、力の限り龍は天井に突っ込んだ。

龍を描いたヒエログリフは直径十メートルのクレーターに変化する。

剥がれ落ちた天井が二つに割れ、二つが三つに、三つが四つに割れて落ちていった。

それら巨石は少女にも容赦無く襲い掛かる。


「それでいい……!そのまま怒りを発散しきれ……!!」


クモリは限界に達していた。

龍の胴体を伝う雷気に常にさらされる彼女の体力は百も残っていない。

このまま龍の頭上で果てるか。

雷の海に落ちるか。

紫電に裂かれるか。

〈黄ノ雨〉に溶かされるか。

選択肢を増やそうとしても、彼女は死ぬ以外の結末を浮かべられなかった。


「レインッ!!」


龍の耳元で、クモリは精一杯の声を上げた。

直後、クモリの真横に雷撃が走る。


「……ッ!!」


少女の視界が白に染まった。

音と感触も消し飛んだ。

しかし意識は、まだある。

クモリは最後の言葉を残した。


「タイヨウを頼んだッ!!!」


◆2◆


羊水につかる赤子のような、暖かい感触が自身を包み込む。

シノビとして生を受けた身だ。

ろくな死に方はしないだろうと思っていたが、存外悪くないなと、クモリは思った。


いや、待て。


私は〈アイドル〉にならねばならん。

故郷を説得しなければならん。

こんなところで死んでどうする。

勢いに任せてレインに挑んだが、もっと別の方法があったはずだ。

あぁ……。

こんなところで死ぬとは……。

〈冒険者〉になりたかった。

あいつらは蘇るからいい。

私はこのまま……。

タイヨウがいれば、あるいは蘇生してくれたかもしれない。


「結局、タイヨウ頼みかぁ」


クモリはつぶやいた。


「あたりまえだろ」


返答。

レインの声だ。


「我らはタイヨウがいないと何もできないんだ」


「さすがにそこまでではない」


「そこまでだろ」


「まぁ、否定はできん。レインこそ、どうして〈冒険者〉を慕うんだ?」


「別に我は〈冒険者〉なんて慕ってないぞ。嫌いな〈冒険者〉だっているしな。ただ我はタイヨウを"推し"てるだけだけだ」


「どうして?」


「ふふふ。よくぞ聞いてくれた」


「やっぱ説明いい」


「おいッ!」


「もういい疲れた。つづきは来世で聞く……」


「逝くな。来世にタイヨウはいないぞ」


「逝くなって……お前が私を殺したんだろ」


「じゃあ回復してやる」


レインに蹴られたような感触がした。

最期までムカつくガキである。


「ウルァッ!!」


横腹をけっ飛ばされた感触がした。


「これでもかッ!!」


顔面を踏まれる感触。


「どうだぁッ!!」


クモリはレインの脚をつかんだ。


「おい」


「回復中だ。邪魔するな」


目を開けると、レインが不満げな表情を浮かべているのが見えた。

直後雨粒が目に入り、レインの輪郭がボヤけた。


「ぐぅ……!」


ひっきりなしに来るレインの足蹴に嫌気がさしたクモリは上体を起こし、手を闇雲にぶんぶんと振りまわした。


「フゥ!」


レインの〈通常武器攻撃〉がクモリを襲う。

クモリは舌打ちし、カウンターを顔面に喰らわせた。


「ぐわぁッ!」


「なにをする、レイン」


「それはこっちの台詞だ!せっかく回復してやってたのに!」


「回復ゥ……?蹴る殴るのどこが……」


クモリはここでようやく自分が瓦礫の上に横たわっていることを自覚した。


「ここは、ピラミッドの中?」


〈秘宝殿〉は変わり果てていた。

えぐられた壁、天井。

荘厳なヒエログリフはすべて灰燼に帰し、床に貯まった水の下に沈み落ちてしまったらしい。

戦闘中降っていた〈雨〉は未だやんではいなかったが、勢いはだいぶ弱まっていた。


「緑色の……雨……」


「〈緑ノ雨(リョクノウ)〉な」


ダメージと回復効果を反転させる〈雨〉だ。

レインはクモリを殴った。

クモリの体力が三、回復した。


「おま……」


「我はいい奴だなあ」


「怒ってるのか?」


クモリはレインに確かめた。


「いや」


レインはゆっくりと首を横に振った。


「憎くないのか?私たち人間はお前の民にひどいことをしたんだぞ?」


「あー、〈フレーバーテキスト〉ってやつだろ。消したから大丈夫」


消した?

クモリが部屋のステータスを確認すると、確かに白紙化していた。


「どうやって……」


「クモリの言うとおり、部屋を壊したんだ。そしてらなんかすっきりした」


天井を見上げると、龍とアルヴの歴史を刻んだヒエログリフは跡形もなく崩落していた。


(出典が消えたから、〈物語(フレーバーテキスト)〉も消えた……?)


クモリは理解しようとしたが、今となっては原理もわからない。


「じゃあ、もう人間を憎んでいないんだな?」


「人間とか、そうやって主語をでかくするのはクモリの悪いところだぞ」


レインから怒気は感じられなかった。


「人間だって色々いる。タイヨウは好きだし、イタチもやさしいから好きだ。ナンバたちも面白いから好き。店長も、まぁ嫌いではない。だが、プロデューサーは知らん」


「私は?」


「大好きだぞ。だから回復してやる」


レインはクモリのモモ裏を足蹴した。


「そうか。私もレインのことが好きだ」


クモリはレイン腹部を殴った。


「まて!我はすでに全回してるーー」


「遠慮するな」


クモリは指を鳴らし、にじり寄った。


「クソがァッ!相手になってやる!」


十分後、二人は仰向けになって緑色の〈雨〉を全身に受けていた。

両者とも激しく息をきらせていたが、体力は百パーセントまで回復していた。


「ハァ……ハァ、レイン、とりあえず、現状をまとめるぞ」


「そうだな。まずは……ハァ……タイヨウはかわいい……」


「そうだけど……ハ、ハァ……違う」


「いいや違わない。タイヨウはかわいい。タイヨウは我らの〈アイドル〉だ。しかし〈白筆〉が活動を邪魔しようとしている」


「それはそう……」


「そして我は〈白筆〉が嫌いだ」


「同意」


「嫌いな奴が、好きな人を脅かしている」


「そうだな」


「ならば、やることは一つだよな?」


「〈白筆〉をぶっ潰す」


「ふふふ。我と敵対したこと、後悔させてやる。ケチョンケチョンのグチャングチャンにのしてくれる」


「倒すのか?相手は冒険者だぞ。復活するだけだ」


「殺す以外にもギャフンといわす方法はある。例えば、契約を達成してしまうとかな」


「成功すると思うか?」


「三人で協力すれば達成できないことはない」


自信満々なレインをよそに、クモリは眉尻を下げ、うつむいた。


「しかしな、レイン。タイヨウは……その……あきらめてるだろ?」


「タイヨウの気持ちはこの際、無視だ」


「お前自分勝手だな」


「我はレイドボスだからな。久々に大暴れして、思い出した」


怒りを鎮めるためとはいえ、挑発し彼女の血をたぎらせてしまった。

これは余計なことを思い出させてしまったとクモリは反省した。

しかし手遅れである。


「だいたいなぁ、人を沼に引きずり込んでおいて勝手に引退するとかヒドいぞ。こうなりゃ無理やりにでもトップアイドルにしてやる」


レインは鼻息をフンフンと荒げた。


「ならばどうやってタイヨウを〈銀河系アイドル〉にする?どうやって大会優勝させる?」


クモリは問うた。


「我らの実力を上げる。いっぱい練習するんだ」


「やはり、それしかないか」


「いや……もう一つ」


レインは腕を組み、唇を真一文字に堅く結んだ後、重々しく開いた。


「〈白筆〉は嫌いだが、あいつがいいことを教えてくれたんだ」


やめろ、あんなやつの言うことを聞くな。


「おいレイン」


レインは"秘策"をクモリに伝えた。

クモリは逡巡した後、確認するように小さく言った。


「正気か?」

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