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レイドボス、アイドルになる  作者: こくそ
メインストーリー
33/40

33 欲望

◆1◆


イズモ地方を覆う〈ロンガ砂漠〉。

東西六十キロにもおよぶ広大な砂漠もかつては樹々が茂っていた。

〈古アルヴ〉はかの地を開拓し、巨大な工場群を作り出した。

ペット工場である。

時計仕掛け(クロックワークス)〉と称される自立行動可能な動物機械を、彼らは開発していた。

〈時計仕掛けの猫〉〈時計仕掛けのポメラニアン〉〈時計仕掛けのインコ〉。

次第にペットだけでなく、従者としても使えるモデルが生み出された。

身の回りの世話を一手に引き受けてくれる〈時計仕掛け〉の従者たちは、すぐに〈アルヴ族〉とっての必需品となった。

しかし生産にあたっては大量の鋼材や水が必要となる。

魔法だけでは素材の必要数をまかなえないため、彼らは木を切り、河川から水を引いた。

焼却に用いるべき炎すら生産にまわし、廃棄物はないがしろにされた。

美しい森は枯れ、十年と経たず砂塵に帰した。

困り果てた〈アルヴ族〉は一柱の龍を頼った。

天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉である。

〈ウェストランデ皇王朝〉の都〈ヨシノ〉に鎮座する神殿〈ミズハの深き渠〉の主であった彼女に〈アルヴ族〉は目を付け、雨降らしの能力を利用しようと画策した。

彼らにとって幸運だったのは、会話の通じる相手だったことである。

神殿に捕らわれ、孤独にさいなまれた彼女を〈アルヴ族〉は厚くもてなした。

従者を差し出し機嫌をとらせた。

それでも足りなければ〈時計仕掛け〉を奉り、まだ足りなければ自らの子息を献じた。

よろこんだ龍は砂漠に雨を降らせた。

古の伝えによれば、瞬く間に緑が戻り、もとあったような豊かな大地を取り戻したという。

いつしか龍は〈アルヴの守り手〉として神格化された。

面白くないのは〈皇王朝〉だ。

都は慢性的な水不足に悩まされていた。

原因が雨龍の喪失にあることが分かると、すぐさま〈天泣ノ蒼龍〉の奪還計画が立てられ、〈皇王〉の第二王子〈タケル〉がその任を仰せつかった。

彼は〈アルヴ族〉と〈時計仕掛け〉を相手どり、勝った。

本来は勝ち目のない戦だった。

実際当初は連戦連敗であった。

〈アルヴ族〉には〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉がついていたからだ。

まだ歳の若かった彼は龍の奪還という目的を忘れ、戦争に勝つことだけを追い求めた。

そこでタケルは〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉に接近し、懐に入り、友人となった。

ある日タケルは龍を〈アラガミ闘技場〉へと誘い出した。

そして〈神剣ーアメノムラクモ〉を掲げ、雲でふたをし、その場を後にした。

タケルは龍を〈闘技場〉に封じたのだ。

天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉を失った〈アルヴ族〉を彼は討ち滅ぼした。

勅命を果たしたタケルは〈ヨシノ〉に帰参し、戦勝を高らかに報告した。

皇王は叱責した。

龍神奪還を果たせなかったからだ。

彼は再び〈ロンガ〉に遣わされた。

しかし戦う気も失せていたタケルは、〈ロンガ〉の地に留まり王国を築いた。

皇王は激怒したが、峻険で旨味の無い〈ロンガ〉の地に禁軍が差し向けられることはなかった。

数百年もの安定期の中で、タケルは砂漠の砂と、削った山肌をもって防壁を築いた。

その過程で得た貴重な鉱石を輸出し、富を築いた。

金襴豪華な、平和の保たれた王国だった。

しかし食料の問題は常につきまとった。

雨などめったに降らぬ〈ロンガ〉の地は、常に飢饉のさなかにあった。

〈アラガミ闘技場〉に捕らわれた〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉を解放すれば状況は改善する。

()の望みを抱き封を開けようとした国民は少なくなかった。

しかしそれらすべては捕らえられ鉱山に送られた。

タケルは、崇敬と恐怖をもって王国に君臨し続けたのだ。


◆2◆


「これが天井画の意味するところだよ」


〈白筆〉は〈ダイセンの大ピラミッド〉最深部、〈秘宝殿〉の天井を仰いだ。


「フレーバーテキストか」


クモリは冷静に返した。

以前であればこの話をうけて、レインに対する見かたも変わったのかもしれない。

しかし今となっては作り話にしか聞こえなかった。


「違うよ。説明書きなんかじゃない。それ以下の存在さ。ただの演出。雰囲気を出すための、色付けしたテクスチャー……」


〈白筆〉はそう言って、壁画に軽くなでた。


「もちろんさっき話だって、あくまで僕のこの絵に対する解釈にすぎない。フレーバーテキストと違って確実な正解はないんだ。ひょっとすると、クモリくんならばこの龍を〈天泣ノ蒼龍〉とは別のレイドボスとして認識したかもしれないね」


「そんな不確かな妄想を聞かせるために私たちをここまで連れてきたんですか?」


「その目……クモリくん。君は無駄骨を折らされたと感じてるようだけど、彼女はそうでもないようだよ」


〈白筆〉は目を細め、あごをしゃくった。

クモリが隣を見ると、レインが頭をおさえうずくまっていた。

彼女は小刻みに震え、短く、不規則な呼吸を繰り返していた。


「どうした?」


レインは顔を床に向けたままうめいていた。


「作ったんだ。フレーバーテキスト」


クモリは言われるがまま、〈ダイセンの大ピラミッド〉のステータス画面を確かめた。

そこには、先ほど〈白筆〉が述べた作り話が打ち込まれていた。


「どうやって……」


「ピラミッドを買ったんだ。所有者欄に〈ヒヨリ〉って書いてあるだろう?」


「ダンジョンを、買った?」


彼の言うことに嘘偽りが無いことは、クモリのかけたメガネ上に映し出されたピラミッドのステータス画面から分かる。


「所有者だからといって、フレーバーテキストを書き足すなんて……そんな勝手なこと」


「いや、勝手にゼロから生み出したわけじゃないからね。ちゃんと出典がある」


〈白筆〉は両手を大袈裟に広げた。


「"フレーバーテキスト"は〈セルデシア〉の環境すべてに影響を与える。もちろん〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉にも。彼女は今アップデート中なんだ。そっとしておきなよ」


「レインは……どうなるんですか?」


「さぁ?」


「無責任なッ!なぜこんなことをする!?」


「だって面白そうじゃん」


当然といった態度だった。


「インストールに時間がかかっているみたいだし、世間話でもしようよ」


「おいレイン、帰るぞ」


クモリはレインの手を引いたが、少女の小さな身体に反してビクとも動かなかった。


「僕はね、自分の名前が嫌いなんだ」


レインを介抱しようとするクモリを〈白筆〉は見下ろし、かまわずひとり話を継続した。


「〈ヒヨリ〉だって。のほほんとした言葉だ。糞くらえだよね」


「黙ってろ」


「冒険者ってさ、見た目はいじくれても、名前は無理なんだよねぇ。変えられるなら"ヤマセ"でも"黄砂(コーサ)"でも、いいかんじの名前に変えてやりたいんだけど」


「うるさいッ!」


「もっと怒ってよ。負の感情が世界を動かすんだ」


「人の不幸がそんなにおもしろいか!?」


「うん」


〈白筆〉は笑顔でうなずいた。


「僕はジャーナリストだ。知ってる?ジャーナリスト」


クモリにとっては聞いたことのない職業である。


「目の前に、崖につかまって今にも落ちそうな人がいたとしたら、どうする?」


「どうでもいいッ!はやくレインを助けるのを手伝えッ!〈幻想回復ファンタズマル・ヒール〉を……!」


影を落としたクモリの顔面を、〈白筆〉は懐から取り出した〈思い出の水晶玉(カメラ)〉で撮った。


「正解は、撮影する、だよ。望みを失い藁にもすがる姿を世界に伝える。それが我々の役割なんだ」


〈白筆〉は水晶玉をくるっと半回転させ、不安をにじませたクモリの顔を本人に見せた。


「怖いなぁ。こうなりたくないなぁ。よかったぁ。自分はまだマシなんだぁ。気をつけよぉ。わかるかい?ひとりの不幸は、みんなを幸せにするんだ」


「そんなくだらないことをするために、お前はこのダンジョンを買ったのか……?」


「うん。高かった。貯金全部使い果たしちゃった。維持費もばかにならないし、明日には手放すつもりなんだけどね」


「私の顔を写して、満足したか?」


「全然!さっき言ったよね?〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉を使って、みんなをびっくりさせたいんだ」


〈白筆〉は無邪気に顔を近づけた。

クモリはこの冒険者を止めなければならなかった。

しかし少女は止め方を知らなかった。

逃避の二字が浮かんだところで、クモリは足首をつかまれた感触を得た。


「大丈夫……」


「レイン!」


彼女は長い呼吸を繰り返していた。


「し、〈白筆〉。絶対お前の言いなりには、ならん……」


抵抗の言葉を絞った。

〈白筆〉はレインの言葉を聞くや目を開き、小躍りした。


「はいはい!そっちかぁ!耐えたんだね!」


ぐしゃぐしゃになったレインの顔を狂ったように撮影し続けた。


「……?」


「どう?どんな気持ち?人間への思いは変わった?」


〈白筆〉は羽ペンの先をレインに突き付けた。


「人間……」


レインは〈白筆〉の口元を見つめた。


「復讐、したいよね。アルヴの民を虐殺したんだよ?ね?〈イズモ〉で見たでしょ?彼ら〈廃棄児〉の多くは〈ハーフアルヴ〉。アルヴの末裔さ。今も人間たちはハーフアルヴを差別してるんだ」


「我は…………」


「憎いでしょ?滅ぼしたいでしょ?」


「嫌いだ……」


「でしょ!でしょ!」


「お前が……嫌いだッ!!」


レインは立ち上がりしなに〈白筆〉の頬を思いっきり、殴った。

骨の軋む音がが石造りの〈秘宝殿〉に反響する。

不意をつかれた〈白筆〉は横転し、身を投げ出した。


「レインッ!」


駆け寄ろうとするクモリをレインは手をつきだして制止した。


「や、やめろ……来るな……!」


レインは片手で顔を押さえた。

指の隙間からは赤く染まった目が覗いていた。


「一応、フレーバーテキスとの効果は出ているみたいだね。よかった」


〈白筆〉はレインに近寄ると、彼女の手を無理矢理はずし、その崩れた表情を水晶玉に納めた。


「い〜顔、撮れた。ありがとう!そうだ!インタビューのお礼に、いいこと教えてあげる」


そして〈白筆〉はレインに耳打ちした。

彼女は痙攣してうずくまり、再び動悸を激しくした。


「じゃあどうも!二人とも期待してるからね!」


「おいッ!何を吹き込んだ……!」


クモリが追求しようとするも、〈白筆〉は〈従者位置転換呪文(キャスリング)〉を唱え、ピラミッドから姿を消してしまった。


◆3◆


「レイン?」


クモリがうずくまるレインを起こそうと寄った直後、彼女は起き上がりクモリを押し倒した。

荒い息がクモリの鼻頭をなでる。


「だよな」


クモリは優しく言葉をかけた。

今更〈ヤマト〉の歴史を信じるわけではないが、人間を憎む心は少数種族の彼女にもよく理解できた。

だからこそ彼女はレインを受け入れた。

打ち込まれる拳を、抵抗もせずに受け入れた。


「どうした?」


仰向けになったクモリは、レインに言った。


「人間への憎しみはそんなもんじゃないだろ?」


レインは収縮した瞳孔でクモリを見つめた。


「ぶつけろ」


拳をかかげ、クモリの顔めがけ振り下ろした。

少女は避けなかった。

避けるまでもない、弱々しい攻撃だった。


「その程度か?」


クモリはレインの腹をけっ飛ばして、起きあがった。


「"真竜"なんだろ?」


床に突っ伏したレインに問いかける。


「幾百、幾千の冒険者を葬ってきたんだろ?」


レイン寝返りを打ち、クモリに背を向けた。


「〈D.D.D〉を、〈黒剣騎士団〉を、〈放蕩者の茶会〉を、洗い流してきたんだろ?」


「うるさい……」


「全力を出せ。そうしなきゃ怒りも収まるまい」


「黙れッ!人間……!!」


立ち上がったレインは掌を合わせた。


◆4◆


〈秘宝殿〉の天井画に浮かぶ龍。

蒼穹に描かれた円をなぞるように、〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉は飛翔していた。

神話世界が実体化したその身体をとりまくように、雷が走る。

レベル九十、フルレイドランクのドラゴン。

これをひとりで倒した冒険者は存在しない。

クモリは鼻から大きく深呼吸をすると、腰にさした剣を引き抜いた。


「侮るなよ。私はお前のライバルだ」

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