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レイドボス、アイドルになる  作者: こくそ
メインストーリー
32/40

32 刻まれた歴史

◆1◆


〈アキバ新聞〉社屋の中でも、ヤニで黄ばんだ休憩室はヤマセにとって最も近寄りがたい場所だった。

彼は口呼吸で侵入した。

そこにはタバコをふかす男女が二人おり、世間話に興じていた。

片方は黒髪の長身女性、ヤマセの上司コーサだ。

もう片方は体格のがっちりとしたオールバックの中年男性、編集局長のカミトケだった。

彼はコーサをつかまえて尋ねた。


「〈白筆〉がどんな人かですって?」


「えぇ。興味がありまして」


「さぁ?」


「コーサさんも会ったことないんですか?」


「ないわ。上からの指示は局長経由で来るから、会う必要ないし」


するとカミトケ局長が話に割って入ってきた。


「あんまり探るものではないよ、ヤマセくん。呪われてしまう」


彼は紳士的な低い声で言った。


「局長は〈白筆〉についてご存じですか?」


「いかにも」


「じゃあ紹介してください」


「無鉄砲な好奇心、ジャーナリストとしていかにも感心。しかしその興味は外に向けるべきだろう」


「なんで隠そうとするんですか?GMはシャイなんですか?」


「いかにも」


「新聞ギルドのトップなのに?」


「だからさ。汚い部分を見てきたのだろう。さぁ、外に出て、スクープをとってきたまえ。そうすればそのうち会えるかもしれんよ」


カミトケはククク笑い、懐から新しい葉巻を取り出し一本加えた。

コーサはすかさず〈サラマンダー〉を召還しタバコに火をつけた。


(とりつく島もない)


〈アキバ新聞〉は中小ギルドだけあり、組織図は簡潔であった。

GM〈白筆〉を頂点に、局長が三人、さらに下に部長の〈赤筆〉、一番下に記者〈黒筆〉という構造である。

しかし〈白筆〉と話ができるのは局長クラスまでであり、彼らも口を容易に開こうとしなかった。

後日、ヤマセは〈アキバ〉の廃ビル屋上でクモリと合流した。


「〈白筆〉さんは人見知りらしいです」


「それだけ?〈契約書〉のありかも不明となると、どうするか」


するとヤマセは一枚の書類を示した。


「〈契約書〉の写しを持ってきました。ここから契約の穴を探ってみましょう」


「どうやって手に入れた?」


「レインさんから借りてきました」



挿絵(By みてみん)



「あらためて見るとひどい条件だな」


「結んだ当初はそんな"失敗条件"が加わるとは思いませんでしたからね。適当に契約結んじゃいました」


「軽率な」


「どうしてもアイドルをプロデュースしたかったもんで。期間も一年ありましたしね。どうとでもなるだろうと」


「これ、燃やせば契約無効になったりしないのか?」


「なります。二通とも燃やせばの話ですが。もう一通は〈白筆〉が持っているので、こっちだけ燃やしても意味はありません」


「もういっそ、この事情を〈円卓会議〉に伝えて、〈白筆〉を説得してもらってはどうだろうか」


「行政の介入は難しいと思います。一応、双方の合意のもとに結ばれた契約ですからね。まだ〈白筆〉がレインさんを悪用すると決まった訳じゃないし」


「むー」


クモリは上唇を噛んだ。

そして欄干にもたれかかり、遠く〈コウラクドーム〉の方向を眺めた。

ビルの間に巨大な野球ドームの廃墟がわずかに見える。


「〈銀河系アイドル〉はまだいいとして、大会優勝をどうクリアするか、ですね。大会運営の買収も不可能、かといって正攻法での優勝は危険すぎる」


「雨降らして大会ごと消し飛ばすか。いや、会場はドームだ。天候で中止にはならないな」


「豪雨災害を起こして、いや、やめておきましょう……」


両者は日が暮れるまで解決策を模索したが、何の成果も出せずに終わってしまった。


◆2◆


同日夜、レインは下宿近くの河原で自主練に励もうとしていた。

新人バイトのディーヴァが大量のシフト希望を出すせいもあり、彼女は時間に余裕があった。

本日のメニューはランニングだ。

しかしどうにもやる気が起きない。

今日だけではない最近はずっとこうである。

なすべきことはあるが、どうにも始める気が起こらない。

結果として彼女は石切りをしていた。

川に向かって、サイドスローで石を投げていた。

石はタッタッと二回跳ね、ポチャンと沈んだ。

昨月三人で遊んだ時はタイヨウが三回、クモリが十二回跳ねさすことに成功した。

自分は一回も跳ねなかった。

その頃と比べれば器用になったものだ。

それでもまだ二人には及ばない。


「この差はなんなんだろうな」


レインはボヤいた。


「こっちの平たい石の方がいいですよ」


横から青年の声がした。


「あれ?ドラゴンさんじゃないですか」


背丈は一六〇センチくらい、年齢は十代後半くらいだろうか。

黒髪総髪の青年だった。


「斎宮家の〈星詠み〉で〈ヒヨリ〉と申します。覚えてないと思いますけど、ほら、〈夢の妖精郷〉の時のライブで」


「あー」


〈星詠み〉が〈夢魔(インプ)〉の巣くう〈妖精郷〉に心奪われた事件のことを言っているのだろう。

あの時、ディーヴァに(たぶら)かされた彼らを、クモリと協力しライブを開いて救ったのである。

しかしレインはステージ裏でクモリの動きに合わせ歌を歌う役だったため、彼らの顔をよく見ていなかった。

なのでヒヨリと名乗るこの青年のことも覚えていなかった。

しかしクモマと似た、白い狩衣風の衣装を着ているのだから〈星詠み〉なのは確かなのだろう。


「ライブ楽しみにしてます!」


彼は握手を求めてきたため、


「応援してくれよ!」


と笑顔で応じた。

ファンとの交流は何よりも大切にしなければならない。

タイヨウの教えのもと、彼女は彼と談笑した。

あの動きがよかった、歌のあのシーンがエモかったetc.

細かくライブの感想を伝えてくれた。

レインのファンというのは本当らしい。


「何か私にお手伝いできることがあれば言ってください!」


「ありがとうな!」


その時レインはひらめいた。

空を見上げると、天の川が流れている。


「〈星詠み〉の力で〈白筆〉の居場所が分かったりしないか?」


「〈白筆〉ですか?えっと、それは……」


「〈アキバ新聞〉のGMでな、探してるんだが、見つからなくて」


「わかりました。探してみましょう」


彼は二つ返事で快諾した。

そして肩掛け鞄から〈時計仕掛けの星観筒クロックワークス・ホロスコープ〉を取り出し、設置した。

くすんだ銅色の歯車が目を引く大型の望遠鏡だ。

ヒヨリはブツブツなにかを唱えながら、五分ほど星を観続けた。

クモマのやりかたと違い、MPの消費は認められなかった。

しかしこちらの方が仰々しく、儀式らしい厳かな雰囲気を放っていた。


「分かりました」


「おお!〈白筆〉はどこに!」


「〈ダイセンの大ピラミッド〉にいるようです」


「〈イズモ〉の?どうしてそんなところに?」


「理由まではちょっと……」


「そうかー……。助かったぞ!」


念願の手がかりを得たレインは、意気揚々と下宿に向かって走り出した。

後ろを振り返ると、ヒヨリは少しうつむいて小さく手を振っていた。


◆3◆


二日後、レインはクモリとともに〈ダイセンの大ピラミッド〉の内部を進んでいた。

〈ロンガ砂漠〉に鎮座する巨大ピラミッドの内部は全体がレイドエリア化されていた。

クリアレベルは九十。

〈アラガミ闘技場遺跡〉と並ぶ〈イズモ地方〉きっての高難易度レイドだ。

まともにレイドパーティを編成する余裕もないため、潜入に長けたクモリのみを誘ったのである。


「本当にこんなところに〈白筆〉がいるのか?」


「我のファンの言葉を信じろ」


「ファンって、いつのまに作ったんだ」


「前にクモリと二人羽織でライブしただろ」


「あぁ、あの時の……」


「実質クモリのファンでもあるんだから、信じようぜ」


「心得た」


彼女たちはピラミッドを突き進んだ。

極彩色のヒエログリフがびっしり刻まれた内部は迷路のようになっており、複雑に枝分かれしていた。

通常であれば〈大王蠍〉(キングスコーピオン)や〈包帯戦士(マミー)〉、スフィンクス型〈時計仕掛け〉モンスターが侵入者を阻むところだが、クモリは高度な隠密技術により、レインは自身もまた同類(モンスター)という特性により危なげなくかいくぐれた。

ヒエログリフを解き明かすことで開く扉も、〈イガのシノビ〉の開錠秘伝により無理矢理こじあけた。

縦幅数十メートルの広い通路を通り、かがまなければ通れないような狭路をくぐり、二人は半日もたたずして最後の扉まで到達した。


「この奥に〈白筆〉がいるのか?」


巨大な扉を見上げ、レインは言った。

表面には森の上を飛ぶ巨大な龍が描かれていた。


「そうらしい。地図を信じろ」


クモリはフロア図を確認した。

これは冒険者から提供してもらった品だ。

〈斎宮家〉の補佐官として最近就任した人物らしく、トウリお墨付きの冒険者である。


「クモリ、この扉はどうやって開けるんだ?」


扉の前には高さ一メートルほどの柱が六本並んでいた。

柱の上面には魔法陣が展開されており、それぞれに数字の「0」が示されていた。

スワイプすることで「1」「2」とその数字を切り替えることができる仕組みになっている。


「これは、暗証番号を打ち込めということか。面倒だな……」


「シノビの術でも開けられないのか?」


「手がかりがないと厳しいな」


「こんなことなら〈星詠み〉連れてくればよかったな、ヒヨリとか」


「ここじゃ星が見えないから意味ないぞ。あとヒヨリって誰だ?」


「〈斎宮家〉の〈星詠み〉だ」


「ヒヨリ、、、そんなやついたか?」


「本人が言ってたぞ」


「新入りか……」


「はい。新入りです」


ヒヨリは答えた。

レインとクモリは同時に振り返り、彼を瞳に収めた。


「その扉の暗証番号は"283947"ですよ」


ヒヨリは自ら六つの魔法陣の数字を切り換えていった。


「お前……いつから……」


「ビックリしました?ごめんなさい。跡をつけさせてもらいました」


レインはともかく、シノビであるクモリにも気づかれずつけてきたという。

一介の大地人青年にそんなことができるのか、二人は怪訝に思った。


「さ、開きましたよ。行きましょう!」


ヒヨリは躊躇なくレイドボスの間へと進入した。


「お、おい……危ないぞ」


二人は急ぎ彼の後を追った。

扉の先はひときわ巨大な"玉座の間"だった。

五段ほど築かれた階段を挟んだ奥に玉座が置かれ、ファラオらしき人物が座っていた。

高さ五メートルほど、金色の包帯で全身を巻かれた彼こそが、〈ダイセンの大ピラミッド〉を支配するレイドボス〈ファラオ・タケル〉である。

HP一億、MP八億、レベル九十のフルレイドランクエネミーだ。


「おいレイン、〈白筆〉の姿がないぞ」


「いますよ」


答えたのはレインではなく、ヒヨリだった。


「まずボスを倒してください。そしたら奥の〈秘宝殿〉が開きます。〈白筆〉はそこにいるはずです」


〈ファラオ・タケル〉は座ったまま右手を挙げた。

王として、侵入者を除くよう配下に宣下したのである。

呼応して石の床をつきやぶり〈墓守りの近衛兵インペリアルガードナー〉がわき出した。

黄金に輝く鎧で身を固めたミイラ戦士だ。

剣・盾を携えた"騎士型"、後方から弓を放つ"射手型"、毒を仕込んだ短剣で奇襲する"刺客型"など多様な兵種が一斉にプレイヤーめがけ襲いかかる。

彼ら護衛を先に倒さなければ〈ファラオ・タケル〉に触れられない。

現時点でボスに攻撃を加えたところで、玉座の周りを覆う〈三角錐結界(ピラミッドパワー)〉に阻まれるからだ。

そのため序盤は、ボスから放たれる全体魔法をしのぎつつ、召還される近衛兵を倒していかなければならない。


「おいヒヨリといったか、お前、私たちに勝機があると思って、倒せって言ってるんだよな?」


クモリは聞いた。

少女二人で十体以上もの敵を掃討しろというのである。

傍目からみれば正気でない発言だ。


「もちろん」


彼はよどみなく答えた。


◆4◆


龍化の詠唱には十分な広さだった。

天井付近では〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉が旋回していた。

龍の背に乗ったクモリは〈神剣-アメノムラクモ〉をまっすぐに突き立て、雲を召還した。

天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉はすかさず〈黄ノ雨(きのう)〉を降らし、攻撃を始めた。

クモリはヒヨリとともに、濡れる近衛兵たちを見下ろす。

攻撃対象を失った兵士たちはただウロウロとやみくもに歩き回っていた。

そして数分経った後、一斉に光の泡と化した。

召還されては雨で一掃を繰り返し、三十分とたたずに最後の剣・鏡・勾玉を各々装備した三体の近衛隊長をしとめた。

三角錐結界(ピラミッドパワー)〉は力を失い〈ファラオタケル〉の身体がむき出しとなる。

黄金に輝くレイドボスは剣を抜き、大仰な台詞を述べながら階段を降った。

本来であればそのままレイドパーティに襲いかかるところだが、攻撃を加えるターゲット見失ったボスはその場をウロウロし続けた。

そして哀れなことに〈黄ノ雨〉に打たれた〈ファラオタケル〉は四億のHPを瞬時に失い、天へと昇華してしまった。


「なんというか、申し訳ないな……」


クモリはぼやいた。


「ズルしてる感がすごいもんな。やっぱ壊すか、そのどこでも雲出し剣」


少女化の詠唱を終えたレインが言った。


「それを壊すなんてとんでもない」


すかさずヒヨリが制止した。


「さすがドラゴンさんは強いなあ。このレイドエリア、結構難しいんですよ」


「まぁな。しかし、何のつもりだ?どうしてここに我らを招いた?〈白筆〉」


レインはヒヨリに言った。

彼は何も答えず、ボス撃破と同時に開いた〈秘宝殿〉に向かって歩き出した。


「おい、さすがに気づくぞ。気持ちの悪い奴だな」


レインが言うと、ヒヨリは「ふふふ」と笑った。


「サブ職は〈筆写師〉と聞いていてが、〈星詠み〉だったんだな」


「転職しました。〈筆写師〉なんて簡単に再取得できますからね」


彼は簡単に言ったが、一度転職してしまえば元のサブ職に復帰したとしてもレベルはリセットされてしまう。


「クモリさんはいいですよね。(チート)使ってステータス画面を偽装できるから。冒険者は大変ですよ。嘘がつけない。せっかくカンストてたサブ職を手放すハメになりました」


「偽装のためだけに転職したのか……」


「僕はみんなをびっくりさせるためなら何でもやりますよ」


本人からの明確はないものの、会話の内容からしてヒヨリと名乗るこの青年が〈白筆〉であることは確からしい。

クモリは彼の姿をあらためてよく観察した。

黒髪の青年であり、それ以上でもそれ以下でもない。

正体を目の当たりにした今となっては、不気味さすら感じられなかった。

ただの冒険者である。

我々の背後に急に現れたのは驚いたが、おおかた〈従者位置交換魔法(キャスリング)〉でも使ったのだろう。

馬鹿らしい子どもだましだ。


「ここに我らを呼んだのも、びっくりさせるためか?」


「いやいや、レインさんにどうしてもお見せたいものがありましてね」


三人が〈秘宝殿〉に入ったところで〈白筆(ヒヨリ)〉は上方向を指し示した。

レイン・クモリが見上げると、天井いっぱいにヒエログリフが描かれていた。


「レインさんのフレーバーテキストについて、前に執務室でちょっと話しましたけど、あの時はピンときてませんでしたよね」


「レインのフレーバーテキスト?そんなもの、無いと聞きましたが」


クモリは〈イガの隠れ里〉においてフレーバーテキストの現実化の脅威を、身にしみて理解した。

だからこそ〈天泣ノ蒼龍〉に危険な設定がついていないかも当然チェックしていた。

書籍をあさったり、ナンバなどレイド経験者に聞いたりしたが、心配するような一文は見あたらなかった。

"〈アラガミ闘技場遺跡〉に封印されたドラゴン"。

それ以外に設定らしい設定は無かった。


「情報が十分に伝わってないのは新聞屋の僕には到底耐えられません。だから丁寧に、わかりやすく、教えてあげようと思いましてね。ほら、あれですよ」


「…?」


彼は再び天井画を指さした。


「あそこに描かれているのは、あなたの封印までの歴史です。まだ〈フレーバーテキスト化〉されてない裏設定ですが、お伝えしましょう」


描かれたヒエログリフの題材は、〈ファラオタケル〉と人間と、雨をもたらす龍だった。

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