31 タイヨウの未来
◆1◆
その日の夜、〈踊り場〉に降り立ったレインは必死でタイヨウの夢を探した。
一時間ほど探してようやく見つけると、彼女は小躍りした。
「子どもですか……」
「ディーヴァ!お前この玉を本当に食べられるんだよな!?」
「ええ、センパイがタイヨウさんに何をしようと、私のお腹に入れば本人の記憶には残りません」
レインは下卑た笑みを浮かべ、抱えた玉をディーヴァの前に置いた。
ディーヴァは呆れつつも、レインの手をとって玉の中へ導いた。
混濁した意識から晴れた二人が目にしたのは教室の黒板だった。
両者は生徒として、机に座っていた。
「ここがタイヨウさんの夢の中です」
ディーヴァはレインに言った。
「嘘だ……」
レインは震えていた。
「どうしました?」
「い、いい!ディーヴァ!今日は……今日はやめよう!帰ろう!」
あわてた様子で言った。
「いいですけど?なぜ?」
「いいから」
レインは立ち上がり、教室出口をめざし駆けていった。
しかし彼女が開ける前に、引き戸がガラガラと開いた。
「ちょっと!何してるの?席について」
タイヨウだった。
「タイヨウ……おまえ……なんて夢を……」
わなつくレインにタイヨウは冷たく、
「席につきなさい。先生の言うことが聞けないの」
と指示した。
そしてレインを席につかせた後、教壇に上がってこう言った。
「日直!号令!」
教壇の上に立つタイヨウはレインと目を合わせた。
「号令じゃねえ!タイヨウ!なんて夢を見てるんだ!?」
「はやく、号令。先生の言うことを聞けないの?」
「タイヨウは先生じゃないだろ!?〈アイドル〉だ。目を覚ませッ!!」
レインは席を立ちタイヨウは詰め寄った。
その勢いに押されたタイヨウは顔をそむけた。
「目を覚ませって…………。そっか、ここは夢の中……」
「そうだ!」
「だったら、なおさら放っておいてくれない。せっかく先生になった夢を見てるんだし」
「タイヨウは先生になりたかったのか……?」
「先生になりたいとか、〈アイドル〉を辞めたいとか、そういうのじゃないの。ただね。私は〈アイドル〉を引退することになる。そのあとに、〈アキバ学園〉の教師になる。これは変えられない未来なのよ。だから夢でシミュレーションするくらい、いいじゃん」
「引退が変えられない未来……?まだ時間はあるだろ……」
「……。いいわ。これから起こる未来について、先生が丁寧に教えてあげる」
そう言うとタイヨウは白いチョークをつまみ、黒板にカツカツと大きく文字を書き始めた。
「じゃあレイン、読みあげて」
「一、サブ職業:〈銀河系アイドル〉の取得
二、〈アキバ・アイドル・アリーナ〉の優勝」
「そう、正解よ。これが私が〈アイドル〉を続けるために達成すべき〈クエスト〉」
「ど、どこに諦める要素があるんだ……?」
「まずサブ職〈銀河系アイドル〉について。全国に散らばる〈お立ち台〉を見つけて、踊る。これを百ヶ所制覇すれば達成だけど、ぶっちゃけ無理」
「あと二ヶ所だろ?余裕じゃん」
「どこと、どこだか分かってる?」
「えっと、どこだ?」
「ひとつは〈コーラク・ドーム〉」
「〈アキバ・アイドル・アリーナ〉の会場じゃないか!つまり本番で踊れば自動で達成されるわけだな。残り一ヶ所は?」
タイヨウは心底呆れた顔で
「〈アラガミ闘技場遺跡〉」
と答えた。
「忘れたの?レイン、あなたを〈アイドル〉にしたら、そのお礼として〈お立ち台〉をクリアさせてくれるっていう約束だったでしょ?」
「あ、あぁ……。じゃあ!明日にでも行こう!我が死ねばいいんだよな。動かないようにするから、その間に攻撃してくれ!」
「できるかぁッ!!」
タイヨウは教卓を叩き叫んだ。
たじろぐレイン。
「大切な友だちを殺せるわけないでしょ!?」
「かッかまわんッ!今まで何百回と倒されてきたんだ、一回くらい……」
「ゲーム時代と今では、事情が違うのよ。〈天泣ノ蒼龍〉を倒して、復活したとして、その子が"レイン"である保証なんてどこにもないわ」
「きっと復活できるって」
「レインの命を奪ってまで、そんな称号欲しくない」
挙動不審で優柔不断のくせに、こうやって否定するときだけは強情だからしょうがない。
あくまで拒むのであれば、龍となって無理矢理拉致してでも〈アラガミ闘技場遺跡〉連れて行き、〈お立ち台〉に上げてやろうか。
レインは画策した。
たしかに困った事態ではあるが、残りは実質一ヶ所だけなのだ。
色々方法はあるだろう。
「二つ目は〈アキバ・アイドル・アリーナ〉優勝。こっちも無理」
タイヨウは言い切った。
「おい!我らを信用してないのか?」
「してる。レインもクモリさんも才能あると思う。けど、私がいる限り優勝はできないわ」
「はぁ?」
「悪徳PKKギルド〈天衝〉の幹部タイヨウ。この肩書きがある限り私は冒険者の前には出れないの。品性下劣な外道と会ったんでしょ。あいつは私の仲間なのよ。つまり同類」
「過去は関係ないだろ……」
「あんたに何が分かるのよ!?」
タイヨウは恫喝した。
たしかにレインにはタイヨウの過去の行いなど分からない。
おそらく彼女は、仲間とともに冒険者を相手に戦っていたのだろう。
しかし、それがどれだけ恐ろしいことなのか、レイドボス〈天泣ノ蒼龍〉には理解できなかった。
「今更どうにもならないだろ?恨まれてるとは限らないし。タイヨウはかわいい。歌も踊りもうまい。勇気を出して前に出よう。絶対優勝できるはずだ」
タイヨウに共感できない自分を悔いつつ、レインは慰めた。
「…………」
タイヨウは肩を落とし、教卓に手をついた。
「たしかに、レインの言うことは正論よ」
「だろ?」
「勇気を出して友だちを殺して、勇気を出して冒険者たちの前に出て、勇気を出して歌って……踊って……。そうすれば〈アイドル〉を引退しなくてもよくなるかもしれない」
「だから諦めずに勇気を出せ!」
「…………」
「タイヨウッ!!」
「勇気、出さなきゃダメ……?」
「ああ!」
「なんで……?」
「なんでって……」
「どうして苦しんで、危険を冒してまで〈アイドル〉を続けなきゃいけないの?」
タイヨウは赤い頬を濡らし、訴えた。
「レイン、私は、あなたが思ってるほどすごい人間じゃないのよ?普通の、十六歳の女子高生なの。どうしてドラゴンを倒さなきゃいけないの?なんで?」
「それは、冒険者だから……」
「私は冒険者じゃない!人間!ただ、ゲームをしてただけの女子高生ッ!!なのに突然こんなところに連れて来られて……」
タイヨウの言葉の意味を、レインは理解することはできなかった。
ただその嘆きは嘘偽りのない、本心から生じたものであることは分かる。
「私ね。クモリさんの館の行ったとき、ファンの人たちを殺しちゃったの」
「ナンバたちか?気に病むな。あいつらはむしろ救ってくれたと感謝してたぞ」
「けど、ファンを殺すなんてありえないでしょ?もう私に〈アイドル〉を続ける資格はないのよ」
彼女は両手で顔を覆った。
「資格とか、運営の方針とはかどうでもいい。我はタイヨウの気持ちを知りたい」
「それは……」
「教えてくれ。タイヨウは、〈アイドル〉を続けたくないのか?」
彼女は口をつぐんだ。
そして教卓につっぷし、たまご色の髪の毛をかきむしった。
「…………」
「我はタイヨウのことが好きだ。だから、力になりたい」
レインは机を離れ、彼女を背中から抱いた。
「わかんない……」
タイヨウはそう言って鼻水をすすった。
結局、回答はそれだけだった。
「あの、センパイ」
居心地の悪さに耐えかねたディーヴァが口を開いた。
「あぁ、悪い……。ディーヴァ、この夢、食べてくれないか?」
「いいんですか?」
「タイヨウを泣かせたんだ。身勝手は承知だけど、無かったことにしたい」
◆2◆
レインは冒険者が好きだ。
彼らはたかが一万程度の、吹けば飛ぶような体力と、ほんの少しの火力しか持っていない。
しかし、そんなことは関係ないとばかりに果敢に挑んでくる。
周りが倒れ伏そうと、あきらめずに立ち上がり続ける。
そして戦いの中で成長を遂げ、最終的には自分を倒してしまう。
この過程を見るのがレインの生き甲斐であった。
彼女にとって、自身の"死亡"は、一つの物語の完成であり、至福の瞬間だった。
一方で、諦める冒険者は大嫌いであった。
勝手に未来を決めつけて、勝手にあきらめ、勝手に自分に対し責任をなすりつけてくる。
己の身ばかりを案じ、仲間を信用しない。
残念ながら、タイヨウは後者に該当するようだ。
しかしレインの想いに変化はなかった。
「ほらッ!ボーッとしない!」
河原の向こう岸を眺めるレインを、タイヨウはしかった。
「休憩時間はとっくに終わってるから。次、アイソレーションいくよ」
「あ、あぁ……」
タイヨウは昨日と変わらない笑顔で教えてくれた。
夢の中の出来事はすべて〈夢魔〉が消化してくれたのだから当たり前だ。
しかしタイヨウが夢の中で吐露した感情は、彼女の奥底で灯っているはずだ。
諦めてもいい。
逃げてもいい。
自分がそう声をかければ、彼女は今すぐ〈アイドル〉を引退してしまうのだろうか。
レインの心にできたしこりが、レッスンへの集中を妨げる。
「だいぶ動けるようになったじゃん。歌なんてもう、レインの方が上だし、あれ?私もういらなくない?」
彼女は冗談めかして言ったが、レインは眉間にしわを刻み否定した。
実際問題、タイヨウはすでに〈アイドル〉を続けることを諦めているのだろう。
レインは友だちとして、決心できるよう背中を押すべきなのだろう。
それがタイヨウにとって、一番幸せな結末なのだろう。
レインは考えたが、実行には移せなかった。
タイヨウが引退すれば、自分は〈白筆〉の召還獣となってしまう。
それだけはイヤだ。
これからもずっとタイヨウのそばにいたい。
訳の分からない、顔も知らない奴の所有物にはなりたくない。
「何か悩みでもあるのか?」
同じく早朝レッスンに参加していたクモリが言った。
「い、いや、なんでもない」
「そうか。なぁ、たまには一緒に昼食でもどうだ?」
◆3◆
レッスンの後、二人は〈天下王将〉に足を運んだ。
店は昼時で繁盛していた。
「手伝わなくていいのか?」
クモリは軽い口調で言った。
「ディーヴァがいるから大丈夫」
レインは答え、そのディーヴァ本人を呼んでこってりを二つ頼んだ。
両者の親しげな様子を見て、クモリは安堵した。
「後輩と仲直りしたようでよかった」
「まぁ、うん」
「しかし、ラーメン屋とは思えない軍事力だな。まち一つ滅ぼせるドラゴンと、まち一つ乗っ取れる悪魔がアルバイトか。それだけ心強い用心棒を二人も抱えてるなら、〈天下王将〉も安泰だろう」
「正直、用心棒すらいらないかもしれん。クモリが僧兵の意気を挫いてくれたおかげでな」
「ああそれか。レインには感謝してる。おかげで〈アイドル〉修行に専念できそうだ」
「感謝するなら、我ではなく冒険者たちにしてくれ」
二人は六月中、冒険者たちに対しひとつの〈クエスト〉を発注した。
すなわち"〈キモン山〉襲撃作戦"である。
襲撃と言っても僧兵退治ではなく、彼らが所有する武器プラントの破壊を目的とした作戦だ。
〈クエスト〉は勇敢な冒険者たちにより見事完遂され、〈キョウの都〉にひとまずの平穏が訪れたのである。
「あとは大会に向けてレッスンに力を入れるだけだ。ところでレイン、悩みがあるんだろ。私に教えてくれないか?」
「う……。クモリだけだぞ。誰にも言うなよ」
レインは身を乗り出し、〈白筆〉との契約について耳打ちした。
「はぁ!!!???」
クモリが急に叫んだものだから、騒がしい店内が一瞬静まりかえった。
「お、おい……」
「すまん」
クモリがレインと、まわりの客にあやまると再び店内に喧噪が戻った。
「マジか。お前、行ったのか。しかも部屋の鍵、開いてたのか。そして〈白筆〉に会ったのか」
クモリは小声で言った。
「〈白筆〉の〈召還獣〉経由だけどな」
「やはりあのとき止めておくべきだったか……」
クモリは両手で顔を覆い、後悔のため息をついた。
「すまん……」
レインは頭を深く垂れた。
「いや、その契約が無かったらタイヨウは引退してたわけだしな。むしろ大手柄だ」
「う、うん……」
タイヨウの涙のシーンがレインの脳内でフラッシュバックする。
「タイヨウの〈アイドルクエスト〉を成功させれば問題ないわけだが……正攻法だけでは危険すぎるな」
「そうなんだ。だから〈契約〉を破棄する方法はないかなって」
「これはさすがに……ヤマセとイタチにも相談した方がいい」
「や、やっぱりか?」
その夜二人はプロデューサーのヤマセと、マネージャーのイタチを河原に呼び出した。
レインの契約を伝えた瞬間、ヤマセは青ざめた。
「世界の終わりだぁ……」
「そこまでのことッスか?」
オーバーリアクションだとイタチは諫めたが、
「全然オーバーじゃないですッ!〈白筆〉がドラゴンを手にするなんて、虎に翼を授けるようなもの、あぁ恐ろしい!」
「うちのGMってそんなヤバいんスか?プロデューサーは直接見たことないんでしょ?」
「あの人の二つ名知ってます?〈強欲で貪欲で金満な壺〉ですよ?きっとレインさんを酷使して大金を稼いで、土地を買いまくり、自分の帝国を創りあげるつもりですよ」
「大魔王かなにか?」
慌てふためくヤマセに対し、申し訳なく感じたレインは低い声で謝った。
「本当にすまない……。説得して撤回できないかな?」
「前にも言いましたけど、無理です。〈白筆〉はレインさんが欲しいからこんな契約を結んだわけですし、手放しません」
ヤマセは言った。
「燃やすしかないな。〈契約書〉はどこにある?」
とクモリ。
「わからん……。〈白筆〉の家とかかな」
レインは自信なさげに返した。
「たとえ〈契約書〉を燃やしても、その行為が見つかれば即座にアイドル企画は打ち切りになるわけだ。なかなか難しい任務だな」
クモリは言った。
「とにかく〈白筆〉の居場所を突き止めましょう。〈契約書〉の処分法を考えるのは、そこからでも遅くありません」
ヤマセは震え声で言った。
「〈契約書〉は私たちで何とかするから、レインは練習に打ち込んどけ」
クモリ、ヤマセ、イタチの三人はレインを一様に慰めた。
レインは繰り返し、繰り返し、感謝の言葉を述べた。




