29 夢
◆1◆
梅雨時にしては珍しく日柄に恵まれた六月末日。
〈オカザキ大神殿〉前の広場は人でにぎわっていた。
冒険者はもちろん、大地人貴族から庶民、東西の商人など多様な人物が一堂に会していた。
年齢も身分もバラバラな彼らであるが、狙いは共通している。
味のある料理だ。
〈イースタル〉に比べ悲惨だった西の食事情は今、急速な発展を遂げている。
食欲を紐帯に、老若男女貴賤東西を問わず人々が一つとなって、料理の開発が進められてきた。
現在開催中の〈みやこグルメフェスタ〉はそれら努力の総決算ともいえるイベントだ。
立ち並ぶ出店には
〈カレー〉
〈牛丼〉
〈ナポリタン〉
〈ハンバーガー〉
など、冒険者にとって聞き慣れた看板が掲げられていた。
少なくとも遠巻きに眺めればトキメキやまぬ景色であるが、実際に会場に入って鍋の中身を見ると、著しく幻滅することになる。
なにせ大地人が見よう見まねで開発した料理の数々である。
〈カレー〉と題した液体が紫色の沸騰した液体だったり、〈ナポリタン〉と称した麺がウネウネ動いていたりと、とにかく"地雷"が多い。
もちろんちゃんとした料理もあり、うまさに歓喜する声も上がることはあるのだが、その倍近い量の悲鳴にかき消されてしまっていた。
かような有様にも関わらず、人々は出店から出店へと奔走していた。
それほどまでに〈味のある料理〉が与えたインパクトは大きかったのだ。
食の地雷原と化した〈みやこグルメフェスタ〉。
あらゆる食欲がぶつかり合うこの戦場に、〈天下王将〉もまた参加していた。
「人間は恐ろしい」
〈オカザキ大神殿〉のシンボルである赤い正門の下で、レインはつぶやいた。
手には〈ラーメン交換券〉の束が握られていた。
それを売り切るのが本日の彼女の仕事である。
しかしイベント開始から二時間がたったというのに、束の厚みは一向に変わらなかった。
レインは焦っていた。
いけすかない後輩に格の違いを見せようと勇んでおいて、この成績ではどうしようもない。
「いた!やっとみつけた!」
「タイヨウッ!来てくれたんだな!」
「遅くなってごめん。調子どう?」
タイヨウは聞いたが、レインの持つ大量の束を見ると返事も待たずに「あー」と一言発し言葉を詰まらせた。
「ま、まだこれからだから!」
レインは強がった。
「手伝おうか?」
「大丈夫だ。我ひとりで売らないと」
「後輩と勝負してるんだっけ?」
「そうだ」
「〈交換券〉って売るの難しいよねぇ」
文字だけ"ラーメン"と書かれた券では、それがうまいかどうかの判断もつかない。
「とくに今日は地雷ばっかだから……。さっき〈ハングリーバーガー〉って書いた券買ったんだけど、出店に行ったら大きさが一メートルぐらいあってさ、飛び跳ねてた」
「うちのラーメンはうまいはずなんだがなぁ……このままじゃクビになるぞ」
「あの店長は狂ってるけどやさしいから、クビにはならないって」
タイヨウは笑顔で励まし、券を一枚購入した。
彼女と別れた後もレインはあきらめず券を売り歩いたが、一枚も売れなかった。
会場を一回りして〈オカザキ大神殿〉正門前に戻ると、築地塀に沿って長蛇の列ができていた。
「ディーヴァ?」
列の先頭には後輩がいた。
客に券を販売しているようだが、どうにも雰囲気がおかしい。
レインは物陰に隠れ様子をうかがった。
「あ!また来てくれたんですね!」
「ラーメン食べてきてくれたんですか!?うれしい!感想聞きたいです!」
券を買った客は、ディーヴァと三十秒ほど会話してから、握手をしその場を離れた。
そしてそれら客の大半が、購入後も再び列の最後尾に並び直していた。
「握手券!?」
レインは叫んだ。
「みんなごめんなさい!券が無くなっちゃいました!持ってくるので少し待っててください!」
ディーヴァがそう言って場を離れたところを、レインは捕まえ追求した。
「おいこら、ディーヴァ、こら、お前、おい」
「あ、センパイ。券の売れ行きどうです?って全然売れてないじゃないですか!貸してください!」
「ヤダ!これ我の!」
「あなたのじゃないです。店のです。ワタシぜんぶ売りましたから、センパイのを分けてください」
「ふん!完売自慢か?あんな売り方して!ルール違反だ!ラーメン屋の誇りはどこにある?恥を知れッ!」
「売り切った者が正義です。売り方にルールなんてありません」
「ある!我が考えた!」
「わけてくれないなら、お客さんをセンパイのところに連れてくる係しましょうか?」
「我ひとりで売るから放っておいてくれ!」
「ワガママ言ってないで、協力しましょう。お店が繁盛するための行動を心がけてください」
「お前アルバイトのくせに、いやに店の肩をもつな」
「従業員ですから。お店のことを考えるのは当たり前です」
ディーヴァは大変な努力家であり、店長には従順であった。
怠惰な〈夢魔〉とは思えない性格だ。
やはり裏があるのだろうと、レインは思った。
しびれを切らしたディーヴァはレインから券を借りることをあきらめ、出店に戻った。
そして券を補充した彼女は再びレインのもと寄って
「店長から二人で協力してって言われました」
と告げた。
「てめぇチクリやがったな!」
レインは悪態をついたが、従うしかなかった。
レインもまたディーヴァをならい、客との握手会を試みたがチグハグな会話しかできず失敗した。
最終的は"お話タイム"三十秒を超えた客への"はがし"役としてディーヴァを手伝った。
そうして二人は交換券を売り切った。
「おかげで完売、いや二人とも本当にすごいなぁ!あとでボーナス渡すからね」
店長はほめちぎった。
「ボーナスは結構です。店長の喜ぶ顔が見れただけでよかったです」
ディーヴァは断った。
「「いやいや、そういうわけにはいかない」」
店長とレインは口をそろえて返した。
「それならセンパイにだけ渡してください」
「ディーヴァくんは欲がないなあ。他に何かして欲しいことはある?」
「じゃあ、頭なでてください……」
無欲なんてとんでもない。
こうして店長に取り入り店を乗っ取ろうという算段なのだろう。
しかしこの小さな店を奪って何をするつもりなのか。
レインは思案したが答えは出なかった。
◆2◆
その夜、レインは夢を見た。
野外ステージでのライブ終わりに、握手会を開いている夢だった。
フリル満載、瑠璃色のアイドル衣装をまとったレインを始点に、長い列ができていた。
レインはファンを相手にまくしたてるようにしゃべり、乱暴にブンブンと握手して列をさばいた。
すべてのファンが同じリアクションをとり、同じ歓声をあげるその光景は、夢らしく非現実的で都合のよい内容であったが、レインにとっては快感だった。
だがその心地よさはひとりの悪魔により打ち砕かれた。
列の中にディーヴァがいたのである。
彼女はレインの前に立つと、
「センパイ、それじゃダメです」
と呆れ顔で忠告した。
「ディーヴァ!なんでここに!?」
「一方的過ぎます。コミュニケーションになってません。アイドル失格です」
「うるさい!我の握手会だぞ!出ていけ!」
「このままだと、いつまで経ってもあなたにファンはできません」
「う……」
「バイトとしてもダメです。このままだとセンパイの粗相で店潰れます。コミュニケーションのやり方、教えましょうか?」
「それが先輩に対する態度か!?わかってるんだぞ!お前、店を乗っ取ろうとしてるだろ?」
「そんなことしません」
「じゃあ何が狙いだ?お前は何がしたい?」
「ワタシはただ……」
ディーヴァが答えかけたところでレインは目覚めた。
「夢……か?」
◆3◆
同日、夜のバイトを終えたレインは店長、ディーヴァとともに食卓を囲んでいた。
タイヨウたちがまたも貴族から呼ばれ、緊急でライブを開くことになったため、今レインが二階の下宿部屋に戻っても独りぼっちとなってしまう。
彼らからごちそうになることで孤独を回避しようとしたのだ。
「今日はカニ玉です」
エプロン姿のディーヴァが料理を並べていく。
「なんだ店長、バイトに夕食まで作らせてるのか?」
「ワタシが好きでやってることです。気にしないで」
「食事の世話までしてるのか?ヤバぁ」
店長も良心の呵責があるのか、気まずい顔で三人分のお茶をついでいた。
「ヘンな意味はありません。生きるためにやってます。ワタシが料理を作って、それ店長に食べてもらう。そしたら店長は幸せになります。ワタシはその気持ちを少しだけ食べさせてもらってます」
「まわりくどいくとしてんな」
「〈夢魔〉の食料は人間の"夢や希望"ですから、こうするしかありません」
そうこうしてるうちに一汁三菜が出そろった。
いただきますのあいさつを済ませたレインは白飯の上にカニ玉を乗せ、疑似カニ玉丼をつくりあげると、レンゲですくい口に運んだ。
「うまい!〈夢魔〉は裁縫だけじゃなく料理までできるんだな」
「種族特技とは違います。店長に教えてもらいました」
「え?ズルじゃん。我は教えてもらってないぞ」
レインはそう言って店長にレンゲを向けた。
「僕もサブ職〈料理人〉じゃない人でも料理ができるなんて知らなかったんだよ。簡単な料理なら誰でも作れると料理人仲間から聞いてさ」
「だからワタシお願いしました」
「料理もできるし、裁縫もできる。そして働き者。こんな優秀な人ほかにいないよ」
店長がほめるとディーヴァは少しだけ顔を赤らめた。
「そうだな。他にいないよな」
レインは皮肉を込めて言った。
「いや、もちろんレインくんも優秀だよ。二人が優秀だから今こうやって店が繁盛してるんじゃないか。そうでなきゃこんなダメ人間の店、とっくに潰れてるよ」
「店長はダメ人間じゃないです」
ディーヴァは喰い気味に否定した。
「店長はとてもいい人です。部屋をタダで貸してくれましたし、料理も教えてくれて、あとイヤなお客さんからも守ってくれました」
「ディーヴァくん」
「衣装を作ったとき、かわいいって言ってくれました。あと一緒に買い出し行った時にーー」
ほめ言葉の連撃に耐えかね、店長はホロリと一滴涙をにじませた。
「ど、どうしました?店長」
「ごめん。褒められ慣れてなくてね。今までずっと怒られてきた人生だったから」
「それならもう大丈夫です。ワタシ店長のいいところ、これからもいっぱい見つけます。あなたの夢と希望、ワタシ大好きです」
ディーヴァの言葉を受けて店長は号泣した。
「なぁ、ディーヴァ」
レインが口を挟む。
「なんですか?」
「お前ひょっとして店長のこと好きなの?」
「…………」
ディーヴァはうつむき顔をほてらせた。
「こら、レインくん。人を困らせるようなことを言うんじゃない」
「店長、気づけよ」
「チッ、チガイマス!ソウイウノジャナイデス!」
ディーヴァは顔をもたげたまま手のひらを左右に振った。
「ほら、ディーヴァくんもこう言ってるし」
「キライッ!キライ……デス!」
「え!?キライなの!?あんなに褒めてくれたのに!?」
「ダイキライ!!」
以降ディーヴァは口をつぐんだため、静かな夕食となってしまった。
「「「ごちそうさまでした」」」
レイン、店長、ディーヴァはそろってあいさつした。
「ごちそうさまって……ディーヴァ、お前何か食べてたの?」
レインは不審がった。
「はい。さっきも言ったとおり店長の感情を少し食べました」
「いつのまに……店長の感情って、それ食べて大丈夫なのか?」
「過剰に食べなければまったく問題ありません。ワタシ小食です」
「店長は?どうだ?」
「うん、平気だよ」
「ここは本当にいい環境です。お客さんもいっぱい来ますから。いろんな夢や希望が食べられます。最高です」
「お前、客の感情も食べてんの?」
ディーヴァがうなずくのを見ると店長は血相を変え、
「お客さんはダメだよ!僕だけにしてもらえる?」
と頼んだ。
彼女は再び頬を紅潮させ、
「あ、はい。浮気やめます。店長だけ……」
と言った。
◆4◆
「やっぱあいつ店長にホレてるよな」
「いやだから、本人がキライって言ってたじゃないか。あと僕の布団から出なさい」
「まぁいいじゃないか。襲われたら守ってやるよ」
「ディーヴァくん!ちょっと来て!ドラゴンに襲われそう!」
店長が呼ぶと彼女は乱暴にふすまを開け、血相を変えてレインをつかみ出した。
「店長から離れるです!」
ディーヴァはそのままレインを自室まで引きずっていった。
「お前、〈天下王将〉で寝てるのか」
「あなたどういう神経してるですか!?」
「なんでみんな別々の布団で寝るんだ?一緒に寝た方が安心できるのに」
ディーヴァは黙ってため息をつき、レインを自分の布団に押し込んだ。
まぁ、ひとりでなければ誰と寝ようが構わない。
レインは彼女の隣で仰向けになった。
しかし三十分経っても寝付けなかった。
「……店長……まってください……つかまえ…した……」
(うるせぇな……)
ディーヴァの寝言はうるさかった。
しかし、
「……ちょっとまっ…ください……そろ…ろ……セン……寝た……行って」
という言葉を最後に寝言は止まり、レインはようやくまどろむことができた。
彼女はこの日も夢を見た。
〈アキバ〉を歩く夢だ。
苔蒸したビルの谷間を、ひとりテクテク歩いていた。
すると突如前方から、人だかりが川のように流れて来た。
無言・無表情・無個性な群衆が一方向にレインを押し流した。
彼女がどれだけ叫ぼうと、助けを乞おうと、誰も聞き入れてはくれなかった。
そして彼女は〈アキバ〉の外まで放り出されてしまった。
かと思えば次の瞬間には街の中心まで戻され、集団に囲まれ、流されることを繰り返した。
「助けて!タイヨウ……!」
レインはおぼれる子どものように手を挙げた。
そしてその手を、何者かがつかんだ。
天を仰ぐと、ディーヴァの姿がそこにあった。
彼女はレインを"川"から引き上げると、なおも空高く飛び上がった。
眼下の〈アキバ〉は豆粒のように縮んでゆく。
二人は雲を突き抜けた。
彼方には湾曲した地平線が見える。
対流圏を超え、成層圏も突き破り、ついに二人は〈半地球〉を飛び出した。
しかしそこは、かつてレインがタイヨウから聞いて浮かべたイメージとはまったく異なる世界だった。
四方を闇で囲まれた空間に二人は立っていた。
足下はサッカーボール大の光の玉により埋め尽くされていた。
一個一個を見てみると、一人称視点で様々な景色が映し出されていた。
親と遊ぶ景色、恋人と歩く景色、釣りをする景色……。
「ここは?」
「〈踊り場〉です」
「なにそれ?宇宙じゃないのか?」
「簡単に言えば"夢と夢の狭間"です」
「なるほど、ここは夢の中か。変な夢だな」
「夢ではありません。ある者の夢と、またある者の夢のちょうど中間地点、つまり〈踊り場〉にあたる空間です」
「よくわからん……。何でここに連れてきたんだ?」
「あなた、デリカシー無さすぎです。今まで人間社会で生きてこれていたことが不思議でなりません」
「なんだとぉ!」
「だから、あなたが人間社会で〈アイドル〉として受け入れられるよう、コミュ力を鍛えてあげます」
「偉そうにしやがって、我は先輩だぞ。真竜だぞ。我のが偉いんだ」
「〈現実〉ならばそうかもしれません。でもこの空間の支配権は〈夢魔〉にあります。だから従ってもらいます」
ディーヴァはレインの片腕をひっつかみ、適当な光の玉にダイブした。
「うおおぉ!」
気づけば二人は地表めがけて自由落下していた。
「なにこれ!?ここどこ!?」
「誰かの〈夢〉の中です。〈夢魔〉はこうやって、夢と夢を自由に移動できます」
「お前、ひょっとしてディーヴァ本人なのか!?」
「そうです。ワタシなら自分の夢から抜け出すことも、他人の夢に入り込むことも、人をさらって別の夢に連れて行くことも自由自在です」
「それがお前らの"種族特技"か。〈星詠み〉をさらった時もこの力を使ったわけだな」
「あれは違います。〈星詠み〉たちが勝手に望んで〈妖精郷〉に来ただけです」
「本当かよ……。で、コミュ力なんてどうやって鍛……ヘブッ!!」
レインは地面に激突した。
一方でディーヴァは羽を使い、優雅に着地した。
快晴のもと、ただひたすらに青い草原のみが広がる空間だった。
三百六十度を地平線で囲まれたその世界に、レインとディーヴァ、そしてひとりの青年が立っていた。
「コミュ力を鍛えるなんて簡単です。数をこなせばいいんです。いろんな人の夢に入って、会話してください。そして反応をみて、改善していけばコミュ強になれます」
「そんだけ?現実でもできるじゃん」
「現実ではコミュニケーションに失敗したら後に響きます。夢ならどれだけ失礼を働いても後に響きません。それに、寝てる時間を有効活用できます。練習に最適な空間といえます」
「ふ〜ん。めんどくさ」
「コミュ力は〈アイドル〉になる上でとても大切な要素です。今のままだとあなたはタイヨウさんの足引っ張るだけ」
「うぅむ……。ディーヴァはなんでこんなことをしてくれるんだ?」
「あなたのデリカシーの無さで、店に悪評が立つのをとめたいだけです」
「我が店長にちょっかい出すのをやめさせたいだけじゃないの?」
「分かってるならさっさと行ってきてください!ほら!あそこに"夢主"がいるでしょ!話しかけて!!」
かくしてここに"レインちゃんコミュ力向上トレーニング"の火蓋がきられた。
「"夢主"ね。あいつか。お、知ってる奴だ」
レインは大きな杖を携えた青年に近づいた。
丸メガネをかけた理知的な雰囲気の若者だった。
「よぅシロエ!久しぶり!」




