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レイドボス、アイドルになる  作者: こくそ
メインストーリー
26/40

26 〈アキバ新聞〉の流儀

◆1◆


ライブの後、クモリは弟とともに里を抜けた。

最後にみた父ナガトの顔は死ぬまで忘れられないだろう。

眉をつり下げた失望の顔。

彼の目には、クモリが家族を見捨てたように映っただ。

違う。

捨てたのではない。

〈大災害〉の波に飲み込まれつつある〈イガの隠れ里〉を救うため、クモリは出奔したのだ。

冒険者を憎み、あまつさえ戦に手を出そうとしている父を、いや里全体を説得することは、今のクモリにはとうてい不可能だ。

だからこそ〈アイドル〉として、里と冒険者との間に立ち、双方の架け橋となる。

彼女は自身にその使命を課したのである。


「もっと笑顔ッ!そうッ!はぃッかわいい!もっとおっぱい強調してッ!!」


「不安になってきた……」


自分を中心に周回しつつパシャパシャと〈思い出の水晶球(カメラ)〉のシャッターを切る記者を見て、クモリはため息をもらした。


「だめだめクモリちゃん!アイドルなんだから笑顔笑顔ッ!」


ユキヒョウの〈猫人族〉カメラマンであるフブキは、口角の端を指でつり上げてみせた。

猫が笑う様はいかにもおかしかったため、クモリはつられて吹き出した。


「OK!いい笑顔いただきました!じゃあ次、レインちゃんいこうか!」


〈アキバ新聞〉のたくましさにはあきれるばかりである。

所属記者を襲った〈イガのシノビ〉に対して、このような態度は普通とれないだろう。


「レインちゃん笑顔がカタいな〜。もっと自然に!」


「笑顔?」


「こうッ!レインちゃん、口角上げてッ!」


「こう?」


「ダメダメッ!歯を見せすぎ!獲物を見つけたモンスターみたいな顔になってる!」


レインもまた苦戦してるようだった。

彼女はドラゴン。

笑顔とは縁遠い存在なのだから当たり前である。

傭兵の私が言えたことではないが、よくもまぁ〈アイドル〉をめざそうと思ったものである。


「宣材写真撮ってるの?」


振り返るとそこにはタイヨウがいた。


「タイヨウ!」


クモリより先にその存在に気づいたレインが感嘆の声をはり上げた。


「はいッありがとう!最高の笑顔いただきましたッ!」


撮影から解放されたレインは一目散にタイヨウに抱きついた。

お前は犬かと呆れつつクモリは、


(あるじ)も撮影に来たのか?」


とタイヨウに聞いた。


「いや二人を呼びに来たんだけど……"(あるじ)"はよしてよ」


「不満か?」


「アイドルに(あるじ)はないでしょ?気軽に"タイヨウちゃん"とかでいいよ」


「それは私が呼びにくい」


「じゃあ(あいだ)をとって"タイヨウ"で」


「いいのか?ならば、よろしく頼む。タイヨウ」


クモリは手を差し出すと、タイヨウは握り返した。


「これでクモリも本格的にアイドルをめざすわけか」


「ああ。レインも頼む」


「ふふん。我はクモリの先輩ってわけだな。まぁ、気軽に"真竜さま"とでも呼ぶがよいぞ」


「じゃあ、間をとって"クソガキ"って呼ぶわ」


「なにとの間!?」


◆2◆


クモリとレイン、タイヨウの三人は応接室に通された。

先日の、内装の豪華な方の応接室である。

そこにはコーサが座っていた。

クモリは彼女の姿を見るなり、我らシノビは取り返しのつかないことをしたと深々謝罪した。

コーサは微笑して、


「いいのよ。気にしないで。被害者だってナンバくんたち三人だけでしょ?本人たちの記憶も曖昧みたいだし」


と手をヒラヒラさせながら言った。

いいわけない。

倫理観どうなってんだ。


「我らが与えてしまった害は、私が必ず報います」


「本当に大丈夫なのよ。お土産だって、いっぱいもらっちゃったし」


「お土産?コーサ殿は屋敷を脱した後にどこかへ行かれたのですか?」


クモリが聞くと、


「もちろん。取材に来たんですもの。おかげでスクープいっぱい手に入れちゃった。〈イガの里〉の闇って思ったより深いのね」


クモリは言葉を失った。

部下が囚われているというのに、見捨てて取材を続行したのである。

プロ根性と言うべきか、人でなしと言うべきか。

いや本人の精神などどうでもよい。

問題は里の失態を知られたことである。

自業自得なのは無論であるが、里の実状を新聞で大々的に報じられてしまえば冒険者との友好関係構築の夢は霧散してしまう。


「監禁の件をバラされたらマズいって顔してるわね?」


「う」


「安心して。報じないから」


「本当ですか?」


「当たり前じゃない。クモリちゃんが悲しむ顔なんて見たくないわ」


「感謝します」


するとコーサはクモリのほほに手を当て、


「私たち、もう仲間でしょ?一緒にがんばりましょうね」


「え、いや、私はタイヨウの……」


「タイヨウちゃんをプロデュースしてるのは私たちよ。だからあなたも実質〈アキバ新聞〉所属ってわけ」


「な、なるほど……?」


「ね?"大切な仲間"の不祥事を報じるわけないでしょ?」


「それは……つまり……仲間じゃなくなったら……」


「ふふふ」


コーサは一文字に結んだ目をわずかに開き、


「大変だったのよ。白筆(GM)を説得するの。でも安心して。別のお土産を差し出したら満足してくれたから」


「別のお土産?」


コーサは数枚の紙をクモリに示した。

〈雇用契約書〉と題されたきらびやかなデザインの用紙だった。


「トビ丸……真太郎……ナ兵衛まで……これは?」


「新しい仲間たちよ」


「里から引き抜いた?」


「ま、そうね。シノビさんたちにこういう道もあるって伝えたら、喜んでいてきてくれたわ」


「一応確認しますが、その契約書は本物ですよね?」


「もちろん。疑うなら本人を呼んできてもいいけど、あいにく今はいないの。トビ丸くんだっけ、さっそく貴族に化けてもらって、ダルテ侯の屋敷に潜入してもらってるんだけど」


クモリはコーサを里に入れたことをひどく後悔した。

里の闇を知られた上に人材まで抜かれたのだ。

恐ろしい女性である。

いや、ヤマセの例をみるに、組織全体がこうなのだろう。


◆3◆


「ヤマセはどこに?」


思い出したようにクモリが聞くと、


「おしおき中よ」


とコーサは答えた。


「おしおき?〈白筆〉殿は拷問をするのですか?」


「ひょっとしてうちのこと、野蛮なギルドだと思ってる?違うわ。もっと別のこわい人からおしおきされてるの」


コーサが言い終えるとドアが開いた。

そこにはキタカゼが立っていた。


「お姉さま!」


タイヨウはイスから立ち上がり黄色い声を上げた。

キタカゼは黙ってタイヨウの足下を指さす。

下を向くと、ヤマセがうずくまっていた。

いや、これは、土下座だ。


「すみませんでしたぁッ!!!!」


「P!いつのまに!?」


「親愛なるタイヨウ様にご無礼を働いたことを深く反省するとともにッ!今後ともこのようなことがないよう、再発防止策の徹底に努めッ!アイドルとしてますますご清栄極まるようーー」


内容はともかく、声量は今までにない大きさである。

必死さはひしひしと伝わってくる。

タイヨウがどれだけ怒ろうと、彼にここまでの声を引き出すことはできないだろう。

実の姉だからこそなせる業なのかもしれない。

いや、先日の洗脳されてた時なら私でも、と思いかけたところでタイヨウは自身の額を叩き記憶を消去しようとした。


「数々の失言につきましても撤回しーー」


失言とはおそらく、先日の言い争いの時に言われた、才能ないだの暗いだのアレのことを言っているのだろう。

撤回するもなにも、事実である。

タイヨウは思った。

彼女はしゃがみ込み、ヤマセの両脇に手を入れてヒョイと持ち上げ、立ち上がらせた。


「プロデューサー。ありがと」


「へ?」


「おかげでお姉さまに会うことができたし」


「いや、その、ボクは姉さんの居場所を最初から知ってて……」


「あー……じゃあ、ま、まぁ、レインにも会えたし?」


タイヨウはレインを呼び寄せ両肩をつかんだ。


「我をついでみたく言うなよ」


「と、とにかく!私は満足してるから、謝らなくて大丈夫だから」


「タイヨウさん……」


ヤマセは瞳を波打たせながらジッとタイヨウの目を見た。


「タイヨウさぁん!」


彼は救世主でも見つけたかのごとく、タイヨウにすがりつこうとした。


「〈天ノ磐船(アメノイワフネ)〉ェッ!」


そうさせまいと彼をブロックするレイン。

直線上の敵を一掃する突進技である。

もっとも少女姿の今のレインではただのタックルにしかならない。


「〈アイドル〉に気安くふれんじゃねぇ!」


「ひ、ひどい……自分のことは棚に上げて……」


「そうよプロデューサー。私は〈アイドル〉なんだから、丁重に扱ってもらわないと」


「〈アイドル〉……いいんですか?タイヨウさん、目的達成したのに……」


「達成?まだ〈クエスト〉は全然残ってるじゃない?」


タイヨウはそう言って空中を指さした。


「クエストリスト表示してるんですか?それ、第三者には見えない仕様です」


「あぁ〜。の、残りのクエストは三件!レインを〈アイドル)にするのがひとつ!クモリさんを〈アイドル)にするのがふたつ!」


「いつのまにクモリさんから〈クエスト〉受けてたんですか」


「そして最後に!〈アキバ・アイドル・アリーナ〉優勝!もちろん〈銀河系アイドル〉としてね!こうなったのも全部Pの責任だから、しっかり果たしてもらうから覚悟しなさい!!」


タイヨウは渾身の決め顔でヤマセに啖呵を切った。

しかし彼は口を結んだまま、タイヨウから視線をそらした。


「あの、タイヨウさん、その件でちょっとお話が」


「ちょっと!?そこは"はい!"でしょ!?」


「いいから……」


◆4◆


タイヨウとヤマセは別室に移動した。

コンクリートで囲まれた窓のない部屋だった。


「なにこの部屋」


「密談室です」


「〈アキバ新聞〉って絶対にヤバい組織だよね」


「なにを今更」


「もう縁を切っちゃおうかな」


ヤマセは少しの沈黙を置いて話し始めた。


「率直に申し上げます。アイドル企画は打ち切りになりました」


「へ?」


「本当に申し訳ありません。〈白筆(GM)〉から言われてしまいまして」


「いやいやちょっと、大会までまだ三ヶ月あるでしょッ!?」


「その、優勝への勝ち筋がなくなったということで……損切りは早い方がいいと……」


「勝ち筋ィ!?」


「〈執政公爵家〉ですよ。クモリさん、というか〈イガのシノビ〉が執政家から独立してしまったものですから、もう彼らの協力はあおげません」


「さ、〈斎宮家〉は?」


「権威はあっても権力が……。例えばあの方々が変な気でも起こして〈アキバ〉に新政府でも創りだせたら、ワンチャンあるかもですが」


「ないかぁ……えぇ……マジでぇ……打ち切りぃ……大会がんばるから、待ってくれない?」


「無理ですよ。大会優勝以前に、〈銀河系アイドル〉だって達成不可能ですし。タイヨウさん、レインさんを倒せます?」


「ぐ……む……うぅ……」


タイヨウは首を縦横に傾けながらうめいた。


「…………」


「申し訳ないです。ボクの力不足で」


「しょ、しょがないかぁ」


タイヨウは深いため息をもらした後、


「まぁ、〈アイドル〉ならひとりでも勝手にできるしね」


と自分に言い聞かせた。


「タイヨウさん、めっちゃ言いにくいんですけど、アイドル活動はもうできないと思います」


「え?なんで?〈アキバ新聞〉から縁を切るのに許可いるの?指詰め?」


「あぁいえ、抜けるのはいいんですけど、その場合タイヨウさんは"身内"でなくなるので……好き勝手報道できるようになっちゃうんですよね」


「な!?私にスキャンダルなんてないでしょ?」


「タイヨウさんは何もしてないでしょうけど、お仲間がね」


「〈天衝(てんつく)〉のこと!?お姉さまたちが何をしたってーー」


「〈大災害〉以前にいっぱいしてたでしょ。誤PKとか一部メンバーによる過剰な誹謗中傷とか」


「う、それは……そう」


「悪名高い巨大PKKギルド〈天衝〉に関する報道がこれまでなされなかったのは、身内にタイヨウさん(元メンバー)がいたからです」


「つまり報道をとめたければこのまま〈アキバ新聞〉に残らなきゃいけないってこと?」


「はい。タイヨウさんの戦闘能力であれば、記者の用心棒として継続雇用してもらえるとは思います」


「いや私、〈アイドル〉なんですけど」


「アイドル活動を継続したければ、うちから離れるしかないですね……。ただそうなると、遠からず新聞一面に〈アキバ初の学校、運営母体は有名暴力ギルドか!?〉の一文が載ってしまいます」


「そんなことされたら学校潰れるじゃん……すでに通ってる子たちだっているのに」


なんとしてもそれだけは避けなければならない。


「わかった……〈アイドル〉はやめる」


「申し訳ないです」


「でもレインたちに踊りとか教えるくらいならいいでしょ?」


「おそらく」


「なにそれ、不安なんだけど」


「すべてはボク力不足です」


タイヨウは嘆くヤマセに寄り添い、


「力不足なのは私の方だから」


と慰めた。

もちろん本心からの言葉である。

しかし彼は否定し、自責を重ねた。

彼なりに思うところはあるのだろう。

タイヨウを〈アイドル〉に誘ったのは他ならぬ彼である。

歌と振り付けを用意し、ライブの営業をかけ、グッズをつくり、タイヨウのご機嫌とりをした。

一年間、休みなくで働いたのだ。

その結果がこれだ。

その無念さは推し量るべくもない。

ヤマセは声を上げて泣いた。

強がりを捨て、自分のすべてをさらけ出して泣いた。

タイヨウはそのすべてを受け止め、ねぎらった。


(アイドルプロデューサーが"夢"だって言ってたものね)


ひとしきり泣いた後、彼は長い時間沈黙した。


「プロデューサー……」


「すみません……。もう大丈夫です。タイヨウさん、来週のライブですけど、MCの時にお願いしてもいいですか?」


「なんのお願い?」


「引退のお知らせ……」

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