21 シノビの決意
◆1◆
ピピピとアラーム音が聞こえる。
ヤマセは布団から手を出し、スマートフォンを探した。
しかし、どれだけバタつかせても見つからない。
(今……何時……?学校……)
いつまでたっても畳の感触しかしない自身の手のひらにイラだった彼は、布団から半目をのぞかせた。
そこは自分の部屋ではなかった。
四方をふすまに囲まれた、畳敷きの六畳間。
窓から差し込む朝日の筋もなければ、頼んでもいないのに口やかましくおこしに来る母親の姿もない。
「そうだよ……。僕がいるのは〈セルデシア〉。実家はないし、スマホもない……この音だって……」
ヤマセは、ステータス画面を開き〈応答〉コマンドを叩いた。
「やっと出た!ごめんプロデューサー!昨日念話もらってたの気づかなくて。てか寝てた?」
「あなた今どこにいます?」
「やっぱ怒ってるよね?」
「いえ、低血圧なだけです。タイヨウさんが返信遅いのはいつものことですし」
「ごめんて。私、今〈イズ〉にいるの」
「そうですか。どこでもいいですけど、早く〈アキバ〉に戻ってレインさん回収してきてください」
「あー……、イタチからも聞いた。やっぱりそれって、私じゃなきゃダメだよね」
「タイヨウさんしか手があいてないんです。ボクは今〈イガ〉にあるクモリさんの実家にいて、今日は里の取材で手が離せない。で、イタチさんは〈キョウの都〉。タイヨウさんなら〈アキバ〉なんて〈帰還呪文〉であっという間じゃないですか。それとも何か行けない理由でも?」
「いや、なんていうかさ、気まずいっていうか。それにどうしても外せない用事もあって。〈アキバ新聞〉の方で二日くらいかくまってもらえたりしない?」
「〈イズ〉に何の用が……〈イズ〉?ちょっと待ってください、それってーー」
そう言い掛けたところで念話が突然切れてしまった。
「〈イズ〉にタイヨウさんはマズい……非常にマズい……」
あわててかけ直すヤマセ。
しかしどうしたことか〈念話不可エリア〉の警告がポップアップしてしまう。
「なぜ?」
電波の問題だろうかと思い、ふすまを開け外に出ようとする。
しかしびくとも動かない。
「いやな予感……」
ヤマセは大目玉覚悟で〈雷撃魔法〉を繰り出し、ふすまを破ろうとしたが建物の〈設定〉はそれを許さなかった。
「あれぇ〜?」
◆2◆
「あいかわらずツメが甘い。クモリよ、念話も禁じておくよう伝えたはずではないか」
クモリの父にして〈イガの隠れ里〉三上忍の一角である〈霧のナガト〉は娘を注意した。
五十代半ば、初老にさしかかった顔にはシワが深く刻まれており、黒髪のところどころに筋として流れる白髪の数も一層増えていた。
「父上こそ、どういうおつもりですか?冒険者を監禁するなど」
「里の方針だ。"侵入した冒険者はすべて捕らえよ"とな」
「そんな……。しかし、彼らを捕らえてはウーデル公爵からの命を果たせません」
「そんなものに従う必要などない」
「は?なぜ?」
クモリはキョトンとした。
父から最も多く聞かされた言葉は「主家への恩を果たせ」だった。
なぜ今になって真反対のことを言うのか。
「なぜだと?逆に問う。なぜ、我々は奴に従わねばならぬのだ?」
「それはつまり、我らの先祖が理不尽な迫害を受け根絶やしにされそうになっていたところを〈執政公爵家〉にお救いいただいたからです」
「それは、すべて、作り話だ」
クモリは父が何を言っているのか、理解できなかった。
いや、意味は分かる。
分かるが、理解したくなかった。
「父上……なにを……ご乱心を……」
「インティクスめが教えてくれたわ。〈執政家の大恩〉など、すべて〈フレーバーテキスト〉であると。そんなものに我らは縛られ、数百、数千もの命が投じられてきたのだ」
クモリは父の肩をつかみ、訴えかけた。
「冒険者の言うことを真に受けてはなりませんっ!」
「ではクモリ、〈執政家の大恩〉が仮に本当だとして、それが"いつ"起きたのか、言えるか?」
「それは……」
「答えられぬか。当然だ。拙者にも分からん。どこで起きたか、誰が起こしたのか、それも知らぬ。これを史実として仰いできたのだ。口惜しきことよ……かような作り話のせいで……クモツ……」
父は嫡子の名を漏らした。
クモリも敬愛していた彼は昨年十月、〈執政公爵家〉の政敵の暗殺任務に従事が、道中捕縛され拷問の末獄死したと聞いている。
「もっと早く気づいていれば」
初めて目の当たりにした父の涙に、クモリは言葉をつまらせた。
「我ら〈イガのシノビ〉は〈執政公爵家〉の支配から独立する。そして、大地人傭兵同士で新たな組織を立ち上げ、冒険者と対等に渡り合える勢力を作り上げる。かような事情だ。分かってくれるか?クモリ」
「それでは〈元老院〉と敵対することになりますが……」
「老いた烏どもなど恐るるに足りん」
「…………。里の方針に異論を挟むつもりはありません」
娘の返答を聞いて、ナガトの顔はようやく晴れた。
クモリにとって、あまりにも急な出来事であったため、執政家との絆が果たして嘘であったのか未だ判別はついていない。
しかし今、ここにある"家族の愛"は、まぎれもなく本物であるはず。
どちらを選ぶべきか、迷いは無かった。
「父上……それで、ヤマセたちの処遇は?」
「然るべき教育を施し、我らの"手駒"とする」
「どうやって……奴らは従えるにはあまりにも頑強です」
「"外"はな。しかし"内"はもろい」
そう言ってナガトは竹筒を取り出した。
「薬は〈イガのシノビ〉の秘伝。こればかりは冒険者にも真似できん」
「その竹筒……。"こってり"……?」
「知っておるか」
「〈キモンの山岳寺院〉の僧兵の中に、〈変化の術〉を使う者がいたと聞きましたが、やはり」
「左様。大地人同士で手を取り合い錬成した薬だ。摂取した者は我らの指示を全て忠実に実行する犬となる」
ナガトは口角をひきつらせ、黄ばんだ歯を大きくのぞかせた。
寡黙で厳格な父のイメージからはあまりにも乖離した表情である。
「クモリもつらかったろう。ウーデルのことなど忘れ、ずっとここにいるといい。これからは自分に対し正直に生きるのだ」
父上はこんな人物では無かった。
いや、もしかすると、ずっと隠していた本性がこれなのかもしれない。
「首輪が外され、新たな道を踏み出したお前に、贈り物がある。ついて来い」
父は立ち上がり、クモリを館の外へと連れ出した。
◆3◆
ナガト家が治める霧深い森の中央に鎮座する〈饗久爾の社〉。
〈イガのシノビ〉にとって禁忌とされる、木造高床式の本殿にクモリは足を踏み入れた。
本来であれば、年に一度の祭りの時のみ、頭領である上忍が入ることを許された空間である。
「父上、あの、今ここに入っては……」
「しきたりや掟など気にするな。あれも、作り話だ」
「では我々は一体何者なのです!?」
「何者……なのだろうな……我々〈大地人〉は。誰のために生み出され、誰のために働くべきなのか。分からぬ。分からぬからこそ、拙者は家族にのみ尽くそうと思っておる。少なくとも、家族には支えられた恩があるからな」
ナガトは扉の前で合い言葉を示すと、クモリを蔵の内に引き入れた。
壁という壁におびただしい数のアイテムがかけられている。
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〈ホルスの眼帯〉
蒼穹を支配するホルスの両目を象った眼帯。装備した者は陽光の知恵と月光の再生力を宿すという。
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〈神喰刀・無腑〉
乱零した刃を携えた妖刀。古今闘争で用いられ数多の英雄の魂を喰らってきた。血に飢えた刃は持ち主にすら牙をむくとされる。
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〈神刀・時ノ荒凪〉
忠義に厚い武士の信念が宿る刀。達人が使えばいかなる技をもさばき、敵を打ち払う"荒ぶる凪"を呼び出せる。
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〈大局を見る目〉
いかなる戦況をも俯瞰できるモノクル。戦闘において致命的な事象を捕捉した時、片目の視力と引き替えに時間を少しだけ巻き戻すことができる。
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いずれも幻想級に相当する武具であり、里の誕生以来、国を守らんがため蒐集してきた品々と聞く。
「すでに持ち出してしまった物もあるが、おおよその品は残しておる。いくらでも自分の物にするがよい」
父は言った。
「そんな……」
誕生祝いでもあるまいに。
先人たちが多大な犠牲を払い、封印・管理してきた至宝に対する無礼な扱いはクモリの不信感をあおった。
父はどうかしてしまったのだろうか。
あるいは、その"先人たち"すら、架空の存在であるというのか。
クモリはこの瞬間初めて、自分が祖父の名前を知らぬことに気づいた。
「父上……」
「選べ」
ナガトはクモリに決断を迫った。
クモリは躊躇しながらも、眼前に架かる〈封刀-天叢雲〉を手にした。
彼女にとって思い出深いアイテムだ。
かつてレインがレギオンレイドボス〈ヤマタノオロチ〉を雨殺した際に、ドロップした幻想級の刀。
刃渡り一メートルあまりの白く輝く七支刀は、無銘の小刀しか使ってこなかった彼女にとって手に余る品である。
しかしレインと初めて出会ったあの思い出が、彼女のたおやかな指をゆっくりと動かした。
「よい選択だ。装備するための練度も足りておる。攻撃力も申し分ない。小刀よりも手数は減る以上、鍛錬の内容も変えねばならぬが、お前であればすぐに慣れよう」
父にとっては、この宝刀に刻まれた由緒書きも〈虚構〉にしか見えていないのだろう。
そしてその父の判断は、正しいのだろう。
「他にも持って行くといい。鎧、具足。冒険者に対抗するためには良い武具を身に着けねばならん。どうせ残りは里の衆らに配ってやるのだ。今の内にとっておけ」
「宝物庫を解放し、何をなされるつもりです?父上」
「戦だ」
「東との、ですか」
「そうだ。遠からず国土を巻き込む争乱が起こるだろう。我ら大地人傭兵はその戦場にて旗を揚げ、しかるべき地位を得る。クモリ、期待しておるぞ」
「承知しました……。私も、家族のために尽くします……」
クモリは答えたが、その声は父ではなく、床に向けて発せられた。
「拙者も孝行娘を持ったものだ。誇らしいぞ。よし、後日クモマも連れて来い。あやつにも贈らねばな」
「クモマに武具を贈る?弟まで戦に出すおつもりで……?」
◆4◆
ヤマセは途方に暮れていた。
畳をはがしても、はがした畳をふすまにぶつけても、何一つ変化は起きなかった。
出られない。
事故の可能性もあるが、閉じこめられたと考える方が自然だろう。
「ボクが何をしたっていうんですか」
一体自分を捕らえて何をするつもりなのだろうか。
〈イガのシノビ〉といえば特殊な毒や薬。
披験体にでもさせられるのだろうか。
とにかく、ろくな目に遭わないことはたしかだろう。
クモリの実家ということで油断していたが、普通に考えれば想定できたことだろうに。
取材の提案者である上司に文句のひとつでも言ってやりたかったが、彼女は別の部屋にいる。
おそらくコーサもまた監禁されているのだろう。
それか、彼女なら脱出法も思いつき、〈アキバ〉に戻れているのかもしれない。
であるとすれば救助も、
「来ないよなぁ。里に入るための合い言葉も結局聞けなかったし」
特技も使えず、自傷もできない。
死に戻りするためには餓死するほかない状況だ。
「たしか人間って、飲まず食わずでも一週間くらいは持つんだっけ……」
そしたら〈大神殿〉に送られ、ここを抜け出せる。
素直に餓死させてくれれば、の話だが。
ヤマセが悲嘆に暮れていると、突如爆発音が響き、彼の身体は煙に包み込まれた。
「!?」
部屋の角まで這い這いになって回避する。
しかし換気扇もないこの部屋に逃げ場などあるはずもなく、ヤマセはただせき込みながら煙の晴れるのを待つしかなかった。
数分経って、どうにか煙は晴れた。
当初は敵襲かと思っていたが、特に攻撃された気配も無い。
唯一の変化として、布団の上にひとつ〈どんぶり〉が置かれていた。
アイテム名にはこう書かれていた。
〈天下王将-こってり(原液)〉
※今回掲載した幻想級アイテムのアイデアを提供くださった方々に、この場を借りてあらためてお礼申し上げます!




